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第七話 嘘から始める青春ラブコメ

 前話で少なくとも一週間以内にと言っていた自分をぶん殴ってやりたい気分です。本当に申し訳ありませんでした。


 まだこちらには気付いてはいない彼女のもとへ、俺は特に意味もなく慎重に歩み寄っていく。



 だがどれだけ抜き足差し足で伸び寄ろうと俺は忍者ではないのでどうしても砂を擦るような微かな音は出てしまうのだが、それでもあちらがこちらに気付いたような素振りはなかった。



 彼女はただブランコに腰掛けて自分の足元を見ているだけだ。



 「――」



 辺り一帯はすっかり仄暗くなっていて、さっきまではちらほらと聞こえていた人の声も鳴りを潜めている。

 これって俺変質者かなんかだと勘違いされそうだな……。



 恥じらいや倫理、あらゆるストッパーが理性として全力で俺にやめろと迫っている。

 しかし妙に気になる彼女に声をかけ、このわだかまりから解放されることこそが今の俺にとっての最重要案件。



 やはり俺は腹をくくってようやっと目の前まで近付いた彼女に声をかけることにした。

 下手に刺激しないよう小動物に語り掛けるような最大限優しい感じを意識して。



 「あ、あのー……」



 ちょっと上擦った声だったかもしれない。

 緊張したんだ、本当に。

 いつも自分から積極的に女子に話しかけることなんてないから余計にだ。



 「――?」



 対して彼女は俺の呼びかけに目線をこちらへと移した。

 しっかり聞こえたみたいだった。



 そしてやっぱりこちらを見据えるその目は俺の心の内まで全てを読んでしまうような澄んだ目をしている。

 夢で見たのと同じ……な気がした。



 彼女はこちらを一度見上げると軽く息を吸ってブランコから立ち上がり、そのまま公園の外へ歩き始めた。

 俺の呼びかけに対する返答をしようとしているようにも思えない。



 それどころかこの公園から出るという有り得ない行動をとっているような気がする。

 目が合ったのに、だぞ?

 普通に考えて有り得ないだろう。



 だから俺はあまりに自然な一連の挙動に少し呆けていて――。



 「いやいやいやいや! ちょっと待って!?」



 俺は心からの声を彼女へとぶつける。

 なんだ!? ひょっとして俺がブランコを変わって欲しがっているとでも思ったのか!?

 梓といいこの人といい一体何なんだ。

 俺がブランコを見てるってだけでそんなにブランコに乗りたがっているように見えるものなのだろうか。



 だが更に文句を言いたいのは俺の今の声に対しても反応を示さない彼女だ。

 ここまで呼んでも口一つ開かないだなんて……まさか無視でもされているのかもしれない。

 もちろん全く無視されるようなことをした記憶はない。



 だがこう考えていても仕方がない。

 俺はもう少しで公園を出るところだった彼女に急いで追いつき、勢いのままに肩をトントンと叩いた。

 肩より少し長い黒髪に出来るだけ触れないようにして。



 「――ッ!」



 流石に驚いたのか触れられた肩をびくんっと振るわせて驚いた表情でこちらを振り返った彼女。

 あまりにも驚いているその顔はあたかも「なんで話しかけてきたの?」とでも言いたげで……。



 「あ、あなたは……どうして?」


 「え? あ、確かに理由らしい理由がないな……建前とかちゃんと考えとくんだった」


 「本人を前に建前とか言って良かったのかしら……?」



 案の定驚いた彼女から発せられたのはどうして声をかけてきたのかという問いかけだった。

 ただそう返されてしまうと思慮の浅はかな俺にはどう返していいのかわからない。



 というか思い返せばこんな見え見えの質問、どうして事前に想定できなかったのかがさっぱりだった。

 衝動というのは本当に恐ろしいものだ。



 「あー、そうだな……理由。 理由かぁ……」



 だから今もこうして思考を巡らせてこそいるが、いい加減怪しまれて――というよりとっくに怪しまれていることだろう。

 だが幾度考えたところで現実味のある言い訳というのが浮かんできてはくれない。



 可愛かったのでつい!――これでは天然たらしだ。

 これ、落としましたよ――何をだ? それ以前に俺が良識を落っことしてしまっている。

 好きです!――これは突っ込むまでもない。



 終わりの見えない自問自答に俺は焦りを禁じ得なかった。

 こうして考えている間にも目の前の彼女は俺のことを不審がっているのだ。

 今も綺麗で大人びた顔を困惑の色に染めてこちらを見ている。



 この際正直に言ったほうがいいのかもしれない。

 気が付くと俺はこのまま彼女の中で変人として存在が刻まれて疎まれてしまうよりも、まだこちらの方が賭けられるのではないかと考えてしまっていた。



 「実は――」


 「あの……」



 以前夢の中で、そう言おうとしていた俺の決意は他でもない彼女の言葉によって遮られた。



 「ひょっとして私を知っています?」



 俺を訝しむような眼をそのままにしてそう俺に訊ねた彼女。

 ずっと俺が黙っていたままだったから痺れを切らしたのか、はたまた沈黙に耐えられなかっただけなのか。

 どちらなのかはわからなかったがとにかく俺が変なことを言ってドン引きされるという最悪の結果は避けられそうだった。



 なにせ俺は取り敢えず彼女が引いてくれたこのレールの上に乗っかればいいだけなのだから。



 「あ、そうなんです。 前に学校の廊下で話したことがあって」



 俺は咄嗟の判断に緊張を悟られないよう落ち着いた声色で彼女にそう話を返す。



 当然彼女は申し訳ないけど俺のことは覚えていない、そう口にするだろう。

 だがこちらはそれで一向に構わない。

 というか実際に声をかけたことなんてないのだから面識があるほうがおかしいのだ。



 ――もちろん罪悪感がないわけではない。

 夢にまで出てきた自分の理想像であるかもしれない彼女に対して、そうでなくとも初対面の相手に嘘を吐くというのは俺の心に多少なりとも打撃を与えていた。



 それでも俺は今立たされている窮地から少しでも良い方へと転がることが出来るのであれば過程なんて気にしてはいられなかった。



 望むのは今後の比較的良好な関係を築くことなのだ。

 完全に計画が薄かった上に軽率だった自分の自業自得であるがゆえに、本当に情けない。



 そんなことを考えていた俺に彼女は当然困り顔で、



 「あぁ、あの時の。 覚えていますよ?」


 「そうですよね。 流石にもう覚えてなんて……あれ?」



 『俺のことを知らない』なんていう目論見通りのことは言ってくれなかった。



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