第五話 クラスルーム=リキャプチャー
始業式から一週間遅れてやって来た転校生”サラ・バレンタイン”は、信輝が言っていた通りの、むしろ俺たちの想像を越えるまさに絶世の美女だった。
綺麗な金髪と透き通るような碧眼、ならびに女の子らしい身長と、恵まれたスタイル。
それを一目見ようと、朝のホームルームの後にも多くのクラスメイトと、延いてはほかのクラスの生徒たちまでもが俺たち二年三組の教室に押し寄せた。
その気持ちは大いにわかるので何も言う気はないが、それにしても本来このクラスの人間である俺や智也までもが教室を出なければいけないという状況は流石におかしいと思う。
クラスメイトであるはずの俺でさえはっきりとはその姿を拝めていないというのに。
教室の前の廊下で腕を組む智也は、
「それにしても凄い人気だな、あの子」
等と感心したよう呟く。
どうやら智也からしてもあの子は好感触らしい。
「智也の目からしてもやっぱりあの子は可愛いのか?」
「逆に聞くがお前、俺のことそっち系だとでも思ってるのか?」
質問に質問で返されてしまった。
眉を顰めているあたり本当に嫌そうだ。
「いや、だってこんだけ一緒にいてもお前の浮いた話とか中々聞かないからな。お前と梓の玉砕記録の数ったらもう覚えらんないぞ」
「そんな余計な事覚えるくらいなら英単語でも覚えてろ」
いつも通りため息をこぼす智也。
こいつはもう並の人間が一生で吐く分のため息を既に吐ききってしまっている気がする。
もしため息の数次第で寿命が縮むなんてことがあるなら、大変なことだ。
友人のために優しい俺が今度調べておいてあげよう。
俺がそんなことを考えていると、教室付近を覆う人ごみの中から、苦しそうな顔を浮かべた信輝が現れた。
最初は手先だけが人ごみの中からひょっこり出ていたのだが、全身抜け出せたみたいだった。
それにしてもよくあの中に入っていけたものだ。
相変わらずの野次馬根性に、俺は呆れではなく、かえって微笑ましい光景を見ている気分になる。
そんなお馬鹿な信輝は俺たちのほうへ息を切らしてやってくると、
「やっぱあの子やばいよ、めちゃくちゃ綺麗だ……!」
瞳を輝かせながら面白いものを見つけたという目で俺たちにそう報告してきた。
だから俺たちは躊躇なくこう返す。
「知ってる」
「そうだな、知ってるよ」
「いや、反応薄くないかお前ら!?」
だってさっき少しは見られたし、何より凄く可愛いって事実に関しては、今この目の前の人だかりが証明してくれているのだから当然知り得ている。
俺も智也もその事実だけ知ることができればそれで割と満足ができる人間なので、こいつのようにあんなむさくるしい輪の中に入ってまで見に行こうとは思えないのだ。
むしろ連中は生き急いでいるようにさえ見える。
時間が経てばそのうち人だかりもなしに顔を見る機会なんて幾らでもあるだろうに。
俺たちの思うことが理解ができないという連中に関してはつまらない奴だと好きなだけ罵るといい。
「ほんとつまんないよなお前たち……」
「うるせえ黙れ」
「お前には言われたくない」
「え、何を怒ってんの!?」
もちろん、信輝以外に限定させてもらうが。
さて、信輝は無事に生還したが、問題はこの後である。
次の授業は白水先生の英語。
この人だかりには早く消えてもらわなければ、授業の支度ができない。
「それで、どうだったんだ信輝。あれ、もう解散しそうか?」
そこに智也が、丁度俺が危惧していたことを聞いてくれた。
こいつはおそらく真面目だから授業が遅れることを嫌って気にしているのだろう。
が、俺は職員室から帰ってきた白水先生がこの光景を前におろおろしてしまうのを見越して現状を気にしている。
確かにおろおろする先生は確実に可愛いこと間違いなしだが、俺は先生を困らせたくはないのだ。
――先週の居残りで詰問する信輝を止めなかったじゃないか? ちょっと何言ってるかわかんないです。
とにかく、目的は違えど俺と智也の利害は一致している。
しかし質問を受けた信輝は少し考えたかと思うと、
「無理だろうな」
そう言い切った。
「どうして断言できるのか聞いていいか?」
智也がまた信輝に問いかける。
なんだかんだ言って人だかりの中まで行ってきた信輝の見解は参考になるし、聞くのは当然だろう。
「こういう『転校生が来た』とか、何かしらのイベントが起きた時って、今は特別って気がするだろ? それにこんな大勢で集ってるんだ、先生が来ても五分遅れるくらい許してもらえるだろって心理が働くのさ」
「「……なるほど」」
俺と智也の声が重なる。
日々好きなように生きている恩恵なのか何なのかはわからないが、信輝はこういう考察に関しては時折馬鹿にできない一面を示すことがある。
今のなんかがまさしくそうだ。
「それにほら、見てみろよ」
そう言って信輝は教室のこちら側の窓を指差す。
そこには授業開始二分前となった今もなお沸き立つ生徒たちの姿があった。
椅子に腰掛ける転校生の姿は当然ながら見えない……だが。
「サラちゃんの周囲三十センチくらいだけ、少しスペースが空いてるんだ。 サラちゃんの触れがたい雰囲気がそうさせているような気もするけど、何よりほら、あそこ。見える?」
教室の左側に空いたスペースがあるような気がする、というのは感じるが、信輝が指差したのはそのすぐ近く。
そこには血走った眼をした男が人ごみから頭を突き出していた。
「おいおい、誰だよあの不審者まがいの男子はよ……」
身長が相当高いのだろう。
こちらからでも顔が思い切り見えてしまっているので、そのガチな雰囲気に思わずドン引きしてしまう。
隣を見れば智也のほうも顔全体に嫌悪感を滲ませていた。
こいつをここまでの表情に持っていけるのは、俺と信輝の二次元どすけべトークくらいのものだろうと 思っていたので、彼の存在に俺は世界の広さを実感した。
「で、誰なんだよあれ。そしてあいつがどうしたんだ」
智也が嫌々ながらという感じで信輝に訪ねる。
が、俺の方はなんとなく見当がついていた。
なんせついさっき話していたことだ。
「あー、俺なんとなくわかった気がする……」
「お、流石優太! 多分お前の考えてる通りで合ってるぜ」
やっぱりそうなのだろうか。
だとしたらあれはやっぱりヤバい奴のようだ。
「いや、なるほど。 俺もその反応でなんとなく察した…」
どうやら少し考えて智也も気付いたようだ。
彼とは俺も智也も面識はないが、日に焼けた黒い肌と陸上にも向きそうな高身長、そして転校生と関連付けようとすれば、もうそれが誰なのかは大体想像がついてしまう。
「陸上部の坂田だな」
そう、どうやら陸上部の坂田が率先して指揮を執り、サラの安全と訪れた生徒たち一人一人の捌きを行っているようなのだ。
さながら握手会だな。
「実際指揮を執ってる人間がいるおかげでサラちゃんとの触れ合いは今も円滑に進んでいるんだ。それにあの坂田君もサラちゃんの神々しさに自ら不埒な行動に出ることは出来ないでいる」
「ほんと半端ないな転校生」
ということらしい。
だが見るからに陸上部の坂田の目は血走っており、手を出すことはないにしても彼がベストポジションでずっと食い入るように転校生を見ていることは確かだ。
おそらく最初からこれが狙いだったのだろうーーあ、あいつ今ちゃっかり髪の匂い嗅がなかったか!?
陸上部の坂田がやばすぎる話は終わりそうもないのでここで一度決着。
それよりももう授業が始まってしまう。
にも関わらず俺たちの教室は今も他クラスの生徒で賑わっており、解散になる気配はない。
「どうするんだ? もうどうしようもないぞこのままじゃ」
二人に俺は半ば諦めながらも尋ねる。
この状況を鎮めるにはもう白水先生に来てもらうしかないような気がしたからだ。
先生は困惑するだろうけど先生が来たのを見たらみんなも引き返すだろうから。
しかし、智也も信輝もただ教室の方をぼうっと見ているだけで、何もするようには思えない。
こいつらも諦めてしまったのだろうか。
まぁ、それも無理もないだろう--そう納得しかけたその時。
「--ちょっ!? もう時間なのよ!? 何やってるのよみんなして!」
梓がやって来た。
それもぱっちりとした瞳を真ん丸に見開いて、かなり驚いた様子で。
大袈裟に両手まで挙げている。
多分トイレにでも行っていて、この惨状について知らなかったのだろう。
そこからの梓は凄かった。
テキパキと全員をもとの教室へ帰るように促し、持ち前のリーダーシップでギリギリ授業に間に合うところまでこじつけたのだ。
見たところ不服そうな者はおらず、唯一坂田だけが涙を流しながら根性の別れのように教室を出て行った。
あいつはいつか出るところに出るべきだろう。
それにしても見事なリーダーシップだった。
流石は指名でこのクラスの学級委員を務めることになっただけのことはある。
対して男子の学級委員である智也は全く働きを見せなかったのだが。
クラスメイト各々が自分の席へ着いていく中、梓が俺の方へと歩み寄ってきた。
ひょっとしたら「あんたがなんとかしときなさいよねっ!」とかいう無茶を言われてしまうのかもしれない。
と思っていたのは杞憂だったようで、
「私がトイレに……あっ! その辺を散歩してる間に大変だったみたいね!」
「いや、お前今トイレって」
「はあっ!? い、いい言ってないから! いちいちめんどくさいわね!」
「はいはい」
トイレ程度でわざわざここまで狼狽える必要があるのだろうか。
昔のアイドルじゃあるまいしトイレくらい普通に行けばいいのに……。
梓は顔を赤く染めたままで、目も合わせずに俺に聞く。
「それで? あんたは行ったの? その……サラちゃんを見に」
「行くわけないだろ。 言っとくけどな、あんな群れに飛び込んだ日には、俺みたいな常人なら五秒で蒸発するんだぞ」
「そ、そうなんだ。 行ってないんだ……。っていうか、ふふふっ。何それ、バカじゃん」
梓はまだ頬は染めたままで、でも楽しそうにケタケタと笑った。
どうやら機嫌を損ねてはいなかったらしく、ひとしきり笑うと「さ、授業始まるわよ」と言って席に向かっていく。
普通の女の子であるはずの梓だが、一体その華奢な体のどこにあれだけの大人数を従えるだけの力があるのか、俺は今日も不思議でならなかった。




