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第三話 届かない背中

  

 ジリリリリリ!


 「うるさ……」



 今日も例外なく鳴り響くやかましい目覚まし時計へと手を伸ばす。

 時刻は当然設定通り六時半。

 つまるところ、無意識のうちに二度寝をかますなんてことはなかったようだ。



 というのも昨日は遅くまで深夜アニメを見ていたため、朝時間通りに起きることができるのか心配だったのだ。



 昨日は始業式ということを踏まえて夜更かしは避けていたが、今日はもう新学年二日目。

 俺が深夜アニメの視聴を我慢する理由などとうに消え失せている。

 なんなら一日でもそこまで気を回してアニメの視聴を断念した俺を褒めてほしいほどだった。



 だがこうして起きられたことをほっとする感情とはまた別に、俺の中にはあることを悔やむ気持ちも混在していた。



 そう、昨日の朝見た少女の夢だ。

 あの夢はどこか不思議な感じがした。

 初めて会ったはずなのに違和感も何も、あたかも彼女がそこにいることが当たり前かのような、そんな奇妙な感覚があったのだ。



 だからなのかあの時は声をかけることが出来なかったがまた夢で会えそうな、そんな有り得ない感覚に俺は浸っていた。

 だがそんな期待もまた裏切られたらしい。

 期待するだなんて俺らしくなかった。



 睡魔でまだぼけている頭を時折揺すりながら俺は今日も部屋で制服を手に取り、一階へと足を向ける。

 そして階段を下りながらくだんのことと、それからやけにうるさい階下の声も重なってうんざりしながらも心の中でこう愚痴るのだ。



 あぁ、勤勉な我らが神よ。

 どうしてあなたは私に朝を寄越すのか、と。



 だがこうも愚痴を垂れていては俺の心は沈んでいくばかり。

 少しは何か楽しめることを設けて安らぎを得てみるというのはどうだろうか。



 よし、であれば今日の食パンにはイチゴを乗っけてその上には更に生クリームを……よしよし。



 気怠さを禁じ得ないこんな朝にも、いろどりが加わることでこの俺も思わずにっこりの朝に。

いやはや素晴らしい朝ではないか。



 しかし、そんな風に弾んでいた俺の心は。



 「あ、やっと起きてきたのね! おはよう、優太」



 ドアを開けた先、手に食パンを持ち、まるで佐藤家の一員であるかのようにして食卓に座す、梓によって打ち砕かれることになるのであった。


 * * * * *


 「な、なにもそんなに落ち込むことないじゃない……たかだか食パン一枚食べられなかったくらいで!」


 「くそぉ……! 俺の朝の彩をお前は……お前は……!」



 桜並木の中を、俺と梓は隣り合って――ということもなく、俺が少し先行する形で自転車を漕いでいた。



 普段なら俺が距離を置こうと自転車を漕ぐのに対して負けじと梓も追走してくるので、いちいち登校するくらいで疲れてしまうというのも馬鹿らしいと、隣り合って登校するのだが、今日はそうもいかない。



 こいつはあろうことか我が家の触れられざる英知の糧さいごのしょくぱんに手を出したのだ。

 しばらく俺と口を利けるとは思わないで欲しい。



 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ねえってば!」


 「聞こえないです!」


 「思いきり聞こえてるじゃない!」



 呼びかけを振り切るのも、申し訳ないという気持ちがないというわけではない。

 だが、こう、なんだろうか。

 謝られてそれで許すというのもなんだか癪じゃないか。



 俺はそんなに簡単な人間ではないんだと、ここで少々主張してみたって別に許されるというものなのではなかろうか。



 「ちょっと……!  はぁ……ほんとに……! ゆうたぁ……!」



 よって、まだ後方から微かに聞こえてくる呼びかけも流して、俺は立ち漕ぎで学校へと向かう。

 まぁ、学校に着いたら許してあげよう。



 よくよく考えると、自分はかなり人としてしょうもないことをしているのではないかと心配になったので、登校中はそれ以上深くは考えないようにした。

 いやはや、今日も桜がきれいである。


 * * * * *


 ガラガラとやや重い扉を開くと、当然だが昨日も来た教室だった。

 そう、二年三組。

 小学校からの友人二人とついでのついでに幼馴染が一人。

 それだけでも十分なのに、それに加えて知った顔も多い。

 なんと恵まれたクラスなのだろうか。



 「あれ、あいつらまだ来てないのか」



 しかしどうやら俺の到着は早すぎたらしく、二人の姿はまだ見えなかった。

 教室にはまだ五人ほどしか来ておらず、閑散としている。

 そうだ、梓を置いてまで学校へ来たのだから、いつも以上に早く着いて当然じゃないか。

 それに朝の楽しみが奪われてしまった俺はやや早めに家を出ていたのだ。



 俺は思わず漏らしてしまった独り言が聞かれていないことを周囲の反応から確認し、自分の席である左から二列目、前から四番目の座る。

佐藤という名前柄、出席番号も十番あたりになることが多い俺は、席についても恵まれている。



 ふと周りを見渡せばその五人のクラスメイト達は見慣れぬ顔ぶれ。



 これから仲良くなっていくことになるのだから大して気にすることでもないとは思うが、その五人がそれぞれ三人と二人とで楽しそうに談笑しているのを見ると、一人で黙って座っている自分がまるで除け者にされているようでどうも居心地が悪かった。



 さて、こういう時には特に眠くもないが顔を伏せて眠るというのが最も賢明な打開策である。



 これにおいて大事なのは、「いやいや何勘違いしてるんだ! 俺はあなた達と絡めないとかそんなんじゃないですから。 眠いから寝るってだけですから」、という確固たる姿勢。



 しかしこれから梓がここに来ると思うとなんだか気まずくなりそうなので、これは今回に限ってはボツ。

 結局適当にその辺をうろつくことにした。



 新学期が俺にそうさせようとするのか自分がこれからとる行動に僅かな違和感こそあったが、たまには黄昏ながら廊下を歩いてみるのもいいだろう。

 ――少なくとも教室で仲間はずれで寝ているよりは、だが。



 ちなみに梓のほうは教室に入ってすぐにでもこの五人に受け入れられるだろうから、俺のようなことになるのでは?という心配はしていない。



 あいつはあの清楚な感じと、本人にも自覚のない愛嬌で学級はおろか学年全体に受け入れられているような人間だ。

 この一年で散っていった男子の数は十一だと記憶している。

 俺の幼馴染は、実は戦闘力ならぬ玉砕力において、現環境トップクラスの実力者なのだ。



 さながらゲーム感覚で自らの幼馴染を思い返しつつ戸を開けて教室を出ると、各教室に向かうべく廊下を歩いてくる人間もちらほら。

 ひょっとするとそこまで俺が黄昏ウォーキングにふける時間はないのかもしれない。



 が、取り敢えず俺は昇降口のほうへ向かうための階段がある左側ではなく、右側へと歩き始める。



 特に往く当てがあるわけでもないので、突き当りを曲がった先の美術室まで行って引き返そうと自分の中でプランを立てた。



 美術室に行くまでには途中職員室へと続く曲がり角があり、運悪く担任であり英語を教えている白水しらみず先生とエンカウントしてしまえば、未だ提出できていない課題の件についてお叱りを受けるのは読めていたが、生憎あいにく今は職員会議。

 杞憂というものだろう。



 「それにしても暑くなってきたなぁ」



 歩きながらまたポツリと独り言をこぼす。



 今は四月なわけだが、春と言うよりは感触としては「先走った夏」という感じで、少し暑い。

 本来言葉に漏れるほど暑いというわけではないのかもしれないが、何しろ俺たちは六月になるまでは全員が長袖のシャツを着なければならないのだ。

 非常に嘆かわしい文化である。



 「あれ……?」



 そうして、窓の外を眺めながら歩いていた時だった。

 曲がり角を曲がった先に女の子の姿が見えた。

 髪を肩のあたりまで垂らしてうちの制服を着た、ここからでもしっかりとした印象が伝わってくるような人だった。



 特におかしなことがあるわけではないーーというか、学校に女子がいるという当たり前の事実に疑問を抱くほどに俺は無知であるつもりはなかったが、どうも気にかかることがあった。



 というのも何処かで・・・・見た気がした・・・・・・のだ。



 「――ッ!」



 ただ学校ですれ違ったとかではない。

 もっと深く、それでいて瞬間的に。

 なのに色濃く俺の中に顔も見えない彼女が刻まれている、そんな予感が俺を突き動かさずにはいられなかった。



 遠目から、それも後ろ姿だけしか見えていないにも関わらず、気が付けば俺は廊下を駆け出している。

 自分でもなんで走っているのかはわからない。

 おそらく、理屈じゃないんだ。

 俺をこうさせているのは矛盾だらけで、でもどうしようもない衝動によるもので……。



 彼女が職員室への曲がり角を曲がっていったのが見えた。

 職員室へ向かったのか?

 だが職員室では今絶賛職員会議中で……そうなると職員室付近にも設置されている階段から?



 走りながらも彼女の動向について思索する。

 ここを曲がれば彼女と向き合うことが出来る。

 この湧き上がる衝動に、理由がつけられる。



 そう思うと昂った気持ちは俺の中でとどまることを知らずに、



 「突然ですみません! 名前を……! 名前を聞かせてくれませんか!」



 頭を下げて、こう叫んでしまっていたのだ。



 ーー思えば少し冷静ではなかった俺は、目の前の光景を、場所を、きちんと理解していなかった。

 俺は彼女ときちんと向き合い、目を見て、そして名前を尋ねるべきだったのだ。

 曲がり角のすぐそばにいると、勝手に思い込んだのも悪かった。


 そして最大の誤算は。



 「いいから顔を上げて? 佐藤君」


 「え? なんで俺の名前を?ってことはやっぱり俺が忘れてただけでーー!」


 「私は白水と言います」


 「あ……」



 職員会議がもう始まっていると勘違いしていたことだろう。



 「それから、そうね。 果たして本当に忘れていただけなのか、課題を出していないのはあなたと秋庭君の二人だけよ? 新学期から早速だなんて、ひょっとして私へのあてつけ? ふふふふふ」



 顔を上げた先では眉をピクつかせ、それでもなんとか整った顔をキープしながら、担任の白水が静かに憤っていた。



 対峙してものの数秒で怒らせてしまっている理由に関しては各自で察して欲しい。

 因みに俺は中学の頃から課題というものが大嫌いである。



 瞬時に事の全てを悟った俺の心境はというと思いのほか晴れやかで、きっと今朝見た桜並木のように綺麗なものだろうと思う。

 人間諦めがつくとこんなものなのだ。



 もちろんこの日の放課後は課題を終わらせろとの指示で居残り、あの後ろ姿も追うことが出来なかったというのは言うまでもないだろう。



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