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第二話 一人間の願いにまで真摯に向き合ってくれる勤勉な神様


 何故か少し元気のない梓と他愛のないやり取りをしながら桜並木を15分程自転車を漕いだのち、俺たちは藤丘ふじおか高校に着いた。

 見れば下駄箱のある入り口付近には大勢の生徒たちがキャッキャウフフと騒いでいる。



 一見それは受験生の入学試験合否発表のようにも見えるのだが、常識的に考えてその線はない。

 ではいったい何事なのか……そう考えて、答えはすぐに浮かんだ。



 「そ、そうよね。今日は新学期だもん。 私たちどのクラスになるんだろ……」



 そう、梓の言う通り始業式ということはつまりクラス替えが行われるということだ。



 昨日はそんなこともあるなと記憶していたのに、今になってすっかり忘れてしまっていた。

 割とこういう、昨日は覚えてたのにってのは、誰しもよくあることのように思う。

 だが、大抵の場合そんな風にして忘れてしまうような物事は、往々にしてその程度のことなのだ。



 しかしそんな俺に対して梓の方はここ数年、特に今年のクラス替えは特に全力だ。



 運任せのこの行事に全力も糞もないと思うのは当然だろうが、この如月梓という人間においてはそうとも言えない。

 下手をすれば世界で一番クラス替えに懸けている人物。

 それこそが如月梓なのではないかと、俺は藤丘高校の教職員一同に進言したいとさえ思うほどだ。



 その証拠に自転車を自転車置き場へと運ぶ最中も、こいつの表情は硬かった。



 今朝のような快活さは既になく、今はただ不安の2文字が頭を駆け回っていそうな、そんな表情。



 正月の参拝では、名も知らぬ神に梓が真剣に拝んでいるところを俺も見ているので、正直俺としても他人事ではなく、もしもあれが少しは下界の一人間の願いにまで真摯しんしに向き合ってくれる勤勉な神なのであれば、是非ともあいつの願いを叶えてやって欲しいものである。



 ちなみに俺は都合の良い時にしか神を信仰していないので、当然参拝には自ら行くわけもなく、梓に半強制的に連行されてしまった。

 よって俺は梓の横で二度とこの場に来なくてもいいように、と願っておいたのだが、これもばっちり叶えていただきたい。



 話はそれたが、ここで思うのは何がそこまで彼女を駆り立てるのか。

 参拝では一体どういった旨のお願いをしていたのか。



 それについてだが、仲の良い友達と一緒のクラスになりたいという極々一般的なものだと聞いている。

 なんでも、もう六年ほどその友達とは同じクラスになっていないらしい。

 別に同じクラスでなくとも仲良くは出来ると思うのだが、梓の中でそれはちょっと違うのだと。



 「気合が入ってるところ悪いんだけどさ、やっぱりその友達と別に同じクラスじゃなくても仲良くはできてるんだろ? だったらそこまで本気になることないんじゃないかと俺は思うんだけど」



 自転車を停めながら彼女を見て言う。

 これは前にも言ったことだが、もしそのお友達とクラスが離れてしまっていた時のために一応フォローするような言葉はかけておく。



 こいつはなんだかんだ傷つきやすい奴だと、伊達に長々と幼馴染をやっていない俺にはわかる。



 だが、俺の予想に反して当の梓は長い黒髪をなびかせると、



 「別に大丈夫よ。やることはやったし、これでダメでもアンタとは――あっ、えっと……アンタの知らない友達とは嫌でも仲良くするんだから!」



 と、その強張った表情とは異なり、かなり強気なようだった。

 この声量を見ると、心配は特に必要ないのかもしれない。



 「あ、梓ー。 おはよー!」


 「あ、あおいだ。 おはよー」



 自転車を置いて、俺たちも下駄箱のある入り口付近へ新しいクラスの確認に向かっていると、向かいからは中学も同じだった梓の友人が歩み寄ってきた。



 名前を、清水葵。

 彼女と梓はかなり親しく、休日も一緒に遊んだりしていると聞いている。

 中学時代に何度か二人のガールズトークに引きずりこまれ、地獄のようなひとときを過ごしたあの経験が、急ぎ彼女との距離を取れと俺の中で警報を鳴らしている。



 「いよいよだね、梓」


 「うん……。 いっぱいお願いしたもん。きっと大丈夫!」



 よって、俺は二人が話し始めるのを確認してスッとその場から離れた。

 梓の友人も来たのなら、俺はもうこの場には必要あるまい。

 大人しく自分もクラスを確認しに行くことにする。



 着席十分前だというのにその場はやたらと人口密度が高く、人ごみをかき分けて前へと進む。

 人が多い理由は明白で、確認した後にも周りの人間たちとで確認をしあったり、喜びや悲しみを共有しあっているためだろう。

 気持ちはわかるが、これからそれを確認しに行こうとしている俺からすれば、はた迷惑な話だ。

 わいわい騒ぐのは確認を終えた後でこの人ごみを抜け、その後でやってほしいものである。



 そうこう愚痴っていると、ようやく紙に印刷された黒文字がしっかり見える距離まで来ることが出来た。



 さて確認の仕方なのだが、わが校での新クラス発表は、下駄箱のある校舎入り口の窓に張り付けられた紙を見ることで確認することが出来る。

 紙自体のサイズもそこそこに大きいので、ぶっちゃけ二メートル程離れていたとしても視認することは出来るだろう。



 「えーっと、佐藤佐藤佐藤……」



 暑苦しい人ごみからいち早く抜け出すために、いそいそと俺は自分の名前を探す。

 佐藤の「さ」は大体出席番号にすると十番あたりなので、印字された各クラスの十番付近を目で探してーー。



 「おう、優太! 何組だった?」


 「どぅわっ! びっくりした!」



 突然右肩に受けた衝撃に驚いた俺は、すぐに発表用紙から自分の右肩方向へと視線を移す。

 するとそこには、見慣れた顔が二つ。



 一つはおどけた顔をした、一目でお調子者だろうと取れる少年。

 もう一つはただの美形の少年。

 そう、ただの美形だ。

 大して価値はない。



 「なんだ、お前らかよ」



 どうやら自分の名前を探すのに集中していたせいで近付いてくる二人に気付かなかったようだ。

 とは言ってもこの人だかりの中じゃ普通にしていても気が付けなかった可能性もある。



 「お前にクラスを聞いてやるくらいの親しい友人って言ったら、俺たちくらいのもんだろ」


 「それな!」


 「いや確かにその通りだけども」



 最もなことを言う二枚目だが、そんなに瞬時に頭が回るわけもない。

 というかよくもまあそこまで失礼な言葉を吐けたものだ。



 「それで、何組なんだよ優太!」



 かと思えば、何を興奮しているのか三枚目のほうは食い気味に俺にクラスを尋ねてくる。

 そんな鼻の穴開いてまで聞いてくるほどのことなのか?

 と、そこで俺はなんとなく理由に察しがついた。



 「お前らさては同じクラスだったな?」


 「おっ、当たり! よくわかったなー」



 俺が言い当てて見せると、目を見開き、感心したように音もなく手拍子をする三枚目。

 あんな表情をしてるお前を見れば誰でもわかるというツッコミは抑えて、俺は中断されたクラスの確認を再度開始する。

 が、そこに、



 「だけど優太。こいつがキモ顔を晒しているのには、もう一つ大事な理由がある」


 「おい、今キモ顔って言わなかったか?」



 三枚目が横槍を入れてきた。

 なんだ、着席完了時刻が近付いてきているというのに、こいつらは小学校からの友達にクラスの確認すらさせてはくれないのか。



 二人が同じクラスと聞いて感じた疎外感もあってか、少しムッとしそうになった俺だったが、それ以上に先程の俺の予想が少し違っているという事実への興味が、俺の感情の起伏を押さえつけた。



 「なんだよ、大事な理由って」


 「ま、取り敢えず見ろって。 クラス表」


 「お前が二度も邪魔したんだからな!?」



 俺の反応にケラケラと愉快そうに笑う二枚目はもういい。

 こいつに今更何を言ってみたところでなんにもならないことも、既に知っているのだ。



 俺は言われた通りにクラス表に目を通す。

 すると……。



 「おおっ!? 二年三組! 俺もお前らと同じクラスじゃん!」



 マジか、三人揃って同じクラスとかどんな確率だよ!

 クラスは全部で7クラス、一学年は大体240人ほどなのでかなり運がいい。

 神はこんな俺でも見放さなかったようだ。



 驚きと同時にキモ顔がキモ顔をしていた理由がわかった俺は、キモ顔を晒すほどの興奮がこのクラス替えにはあったのだと、キモ顔を許すことにした。

 キモ顔だって好き好んでキモ顔してるわけじゃないし、キモ顔にもキモ顔なりの――



 「優太、今俺に対して有り得ないくらい失礼なこと思ってないか?」


 「いや、あまりの衝撃にキモ顔がゲシュタルト崩壊しててさ」


 「そうか、ならいいんだけどよ」



 あ、いいんだね。



 自覚のない哀れな三枚目は今もそのアホ面で嬉しそうにわちゃわちゃとはしゃいでいる。

 いずれこいつはきちんと山へ還してあげよう。



 ”キーーンコーーンカーーンコーーン”



 そんなこんなとしていると、ついに着席五分前のチャイムが流れた。

 結局は自分も集団から出ることなく喜びを噛み締めてしまっていたみたいで、ついさっきの自分の愚痴を思い出して、自分が恥ずかしくなってくる。



 「ああ、もう! 行こうぜ!」


 「うおっと」


 「おいおい押すなって!」



 だから俺はその厄介な感情を振り切るようにして、二人の肩を教室の方へと押した。



 二年生になったということは今年は二階が俺たちの教室ということになる。

 昨年は一年生ということで三階を使っていたため、上るのも一苦労なうえ時折遅刻しそうになる時もあったことを思うと、かなり楽になったように思う。

 去年との嬉しい変化の一つだ。



 下駄箱に靴を入れ、すぐそばの階段を駆け上がる前に、なんとなく振り返って今しがた通り過ぎた下駄箱の方を見ると、おそらく梓だと思われる小さな背中が、清水さんに抱き着いているのが見えた。

 清水さんが笑顔でポンポンと梓の頭を撫でているあたり、結果は良好だったとみて良さそうだ。

 どうやら神は勤勉であったと見える。



 新学期の初日は、今朝の夢で少女に話しかけることが出来なかったこと以外に関しては、何もかもが順調で、少々出来過ぎているとさえ思えてくる。

 だが、何はともあれこれで今日から俺たちの高校生活、その二年目が幕を開けるのだ。



 俺はこの16年で初めて学校生活に淡い、期待を抱いた。



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