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第十八話 抜き去った先に


 ペアでの練習時間が終わって男子と女子が二手に分かれる。

 グラウンドを半分に分けて試合をするフィールドを二面作り、それぞれで活動を行うらしい。



 また審判は先生が女子の試合を、たまたまいた見学の山尾が男子の試合を行う。

 因みに山尾というのはサッカー部なのだが部活の練習で足を捻ってしまったようで、渋々見学をすることになったクラスメイトのことだ。

 今もサッカー部仲間である智也と悔しそうに話しているのが見える。



 せっかくの活躍の場をただ見ているというのは辛いものがあるだろうな……と他人事のように見ていたい気はするのだが、実はあまり他人事ではない。

 我がクラスにサッカー部員は四人いるのだが、山尾が見学することになったので三人になってしまったのだ。



 つまりどちらか一方のチームは目に見えて戦力が落ちる。

 そしてそのチームは自分たちなのである。



 別にちゃんとした大会とかではなくただの授業なのだから気にしなくてもいい気はするが、実際に始まって点をバコバコ入れられてしまうといくら「遊びだからこんなの」と言っていた奴でさえも葬式みたいな空気になってしまうことを俺は知っている。



 だが唯一救いであるのはこちらのチームに智也がいるということだろう。

 こいつはサッカー部のエースなのでひょっとすると一人だけでどうにかしてくれる可能性がある。

 俺はそれに賭けることにした。



 どうか穏便に終わらせてください……。



 俺はフィールドの中央でボールを設置している智也を拝んで、それから隣にある女子のグラウンドへと目を向けた。



 目的の人物はすぐに見つかった。

 むしろあの煌びやかな金髪を持っていて目立たない方がおかしい。



 サラは周りが配置についていく中梓と談笑しているようだ。

 梓も笑顔で話していて、これから争い合うことになるとは思えぬ雰囲気……と言いたいところであったが俺は不思議と見えていた。



 二人の目から交わされるバチバチとした電流のようなものが。



 あれだ、アニメとかでよく見るあれ。

 そんなはずないのに俺には何故かそれがお互いの目から発せられているように見えるのだ。



 でも二人は仲が良かったはずだしきっと見間違いだろう。



 ピーッ!



 音に反応して視線をこちら側へ戻すと山尾が試合開始のホイッスルを鳴らしていた。

 ボールが智也の足元にあるのを見るにこちらの攻撃からみたいだ。



 サラがどういったプレーをするのか興味はあったが試合が始まっては流石にずっとあちらを見ているということは出来ない。

 しかし興味には勝てないようで、情けなくも俺は今ちらちらと女子の方を見ながらボールを小走りで追いかけていた。



 たった十五分くらいの間だけではあったが教え子の行く末を見届けるのは師の使命だと思うし、これくらいは許されるべきだろう。



 そうして隣の試合もちらちらと見つつこちらもこちらで迷惑をかけぬよう頑張っていたのだが、遂にその瞬間は訪れた。

 そう――



 「優太、パス!」



 味方である信輝からどうしたことか俺にボールが回ってきたのだ。



 いや俺じゃない俺じゃない!

 ここで見たいのはサラにボールが回ってきて梓と対峙するシーンだろ!



 心の中で思い切りツッコんだがそうも言っていられない。

 俺はどういうことか流れでつい敵のゴール前まで来てしまっていてシュートが狙える状態だったのだ。

 ――正しくはゴール前で守っているサッカー部の江口を抜けば、の話だが。



 卑怯にも相手チームは前線にサッカー部を一人、もう一人をディフェンスに設置することによって均衡のとれた隙のない配置を行っていたのだ。

 そのうえ――



 「智也は二人にマークされている……」



 こちらの要であり俺と同じくゴール付近にいる智也が警戒されず野放しにされているわけもなく、常に二人がかりで動きを阻まれているという状況。

 普段エースを張っている智也に一矢報いようとしているのかサッカー部の連中は本気で勝ちに来ているようだった。



 あの余裕そうな顔した江口を抜き去ってやりたい。



 一瞬俺の脳裏をそんな考えがよぎったがすぐに頭を振ってその邪念を消去する。

 現役サッカー部を相手にそれは流石に無理だ。



 確かに相手は明らかに油断している様子だし意表はつけるかもしれないが無理な可能性が高い。

 淡い期待を抱くな、こんな時の棚ぼた思想だろ?佐藤優太。

 現実的に考えればここはダメもとで智也にボールを出すべきだろう。



 「智也!」



 俺の出したパスは智也に渡る直前でマークしていた相手チームの一人に取られてしまった。

 予想できた状況だがゴール前に俺と智也しかいなかったわけだし仕方がない。



 相手チームに渡ったボールを追って後退しようとした時。



 偶然にもゴール前で今の俺と同じような状況になっているサラと梓の姿があった。

 ボールはサラが持っていて梓はそれを防ごうとゴール前に立ち塞がっており、その後ろにはキーパーしかいない。

 梓が抜かれればおそらく点が入るであろう。



 それにボールを持つサラの近くには二人味方がいるので、なんならそちらにパスをしてしまえば梓と戦わずしてシュートを打つことが出来る。

 つまりサラのチームが楽に得点できるシーンなわけだ。



 梓と戦わずに済むのは良いがVS梓を想定していたサラからすれば多少残念な気持ちがあるかもしれない。

 しかしひとまずこれでチームに得点は入る。



 だからサラは近くの味方にパスを――しなかった。



 「何やってんだサラ……!」



 サラは味方を見向きもせず梓の方へ駆けあがって行く。

 まさか抜く気なのか?



 明らかに正攻法ではない。

 勝つためには普通に考えてパスをするべきだ。

 その方がずっと楽なはずなのだ。

 それなのに。



 梓とサラとの距離は縮まっていく。

 サラの走りに迷いはなく、それで確信する。

 間違いなく彼女は梓に挑もうとしているのだと。



 行きます、と聞こえた気がした。

 僅かの間にサラは俺の教えたフェイントで器用に梓を躱すとそのままゴールまで走っていき、そしてその勢いのままシュートを放つ。



 ボールの行く末は審判である先生の吹いたホイッスルによってこちらにも伝わった。

 当のサラはと言うとチームの女子と抱き合ってその喜びを露わにしている。



 本当に驚いた瞬間だった。

 サラの力にも、そして梓に挑もうとしたサラ自身にも。

 あの状況ならパスを出す方が確かに賢かったはずなのに、サラはそれを選ばなかったのだ。



 いつしか握りしめていた拳を緩めて肩の力を抜く。



 あの感覚は嘘ではなかったのだ。



 サラが俺の抱える疑問を溶かしてくれるのではないかと、そう感じていたのは間違いではなかったらしい。



 「抜け、優太!」



 試合中であるにもかかわらず立ちすくんでいた俺の足元にボールが渡る。

 こんな棒立ちになっている俺にボールを回して、挙句江口を抜け?

 智也の奴何を言ってるんだ……と、さっきまでの俺なら思っていたかもしれない。

 だが、今は少し違った。



 確かめたかった。

 この答えが本当に正しいのかを。

 サラの見せてくれた答えが俺の唯さんへの答えになるのかを。



 「来いよ佐藤!」


 「――――」



 目の前の江口がしたり顔で俺を挑発する。

 素人相手だし余裕だろ、とか考えているのだろう忌々しいことに。

 そうして舐めているから痛い目を見ることになるのだ。



 「吠え面かくなよ?」


 「――なっ!」



 俺は得意の……というかこれしか出来ないフェイントを使って江口の横をすり抜けた。



 顔は見えないがあの素っ頓狂な声を聞くに江口は焦っているに違いない。

 なにせ素人に抜かれたのと感じているのだ。

 それにこの技は、



 「あいつまだあれ出来たんだな……」



 かつて俺と智也で編み出したフェイントなのだから。

 それと同時に智也が得意としているものでもある。



 こうして試合の結果は3-2で負けてしまったが、案外楽しい試合となった。

 勝ったはずのサッカー部員たちが悔しがっていたのが見ていて気持ち良かった。



 * * * * *


 「あんたサラちゃんに昔のあれ教えたでしょ! びっくりしたんだから!」


 「お前が江口を抜いてくれるとは信じてたけどまさかまだあれを覚えてたとはな……感動したぞ……」


 「やりましたよ佐藤さん! 得点王になれました!」


 「なんかわかんないけど優太かっこよかったぜ!」


 「あーわかったから一人ずつ話してくれ!」



 授業が終わったので上履きへ履き替えようと下駄箱へ向かっているといつもの連中とサラが押し寄せてきた。

 来ることはわかってはいたが暑苦しすぎる。



 それに俺はこれからやることがあるのだ。



 「おい、教室に行くんじゃないのか?」



 俺の向かおうとしている所がみんなと違っていると気付いたのか智也が俺に聞いてきた。

 みんなもキョトンとしている。



 「すまん、ちょっと行かなきゃいけない所があるんだ。 昼休み中には戻れるよう努めるよ」


 「努めるってお前……まあいいか。 行って来いよ」


 「忘れ物でしょどうせ。 だらしないわねほんとに」



 智也は何かを察したのか半ば諦めたような顔で、梓は何もわかっていないので何もわかっていないような顔でそれぞれ俺を送り出してくれる。

 やはり持つべきものは友だ。



 俺は確かな気持ちを胸に駐輪場へ向かい、自転車に跨る。

 目的地はブランコ園。

 そこにあるはずの幻に用がある。



 校門を出た時の俺に、ここ最近の陰鬱な感情はなかった。


 

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