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第十四話 美人の幽霊がいないなんて誰が言ったんだ


 「先輩ってその……幽霊なんですか?」


 「――それはどういうことかしら?」



 わけのわからない質問をぶつけられた当人、ブランコ園の唯さんは俺の言葉に怒りを見せるといったこともなく、それどころかブランコに揺られながら毅然とした態度で俺の言葉を受け止めた。



 その正面に立つ俺は……今一体どんな顔をしているのだろうか?

 見当もつかなかった。



 というのも、昨日の信輝の話に不安を煽られた俺は心中に留めておけば良かったものを今日訊ねてしまったのだ。

 あなたは幽霊なのか、と。



 一般的に考えれば今の俺はだいぶ頭がおかしいだろうし、間違いなく今目の前の唯さんは「こいつ頭大丈夫か?」という様に思っていることだろう。



 そしてそれを俺は否定できない。

 言っておいてなんだが何でこんなことを聞いてしまったのだろうか? 馬鹿なのだろうか? 信輝なのだろうか?



 ふと、ブランコの揺れるキイキイという音が止む。

 何を言われるかはわからないがきっとろくなことは言われないだろう。



 幾日か話して思ったのだが、この人は思っていることを口にできる人だ。

 これがどういうことかわかるだろうか。

 つまり、俺を気持ち悪いと思えば気持ち悪いと言える人だということ。



 「終わった……」


 「どうしてそう思うの?」



 俺が自らの破滅を予見するのと唯さんが口を開いたのはほとんど同時だった。



 「ええっと……それはどういう?」


 「だから、どうしてあなたは私を幽霊だと思ったのかってこと」


 「なるほどそっちですか」


 「なるほどってそれ以外ないじゃない」



 どうやら俺が終わったと思った理由を訪ねていたわけではなかったらしい。

 むしろこの様子だと俺の呟きは聞こえていなかったと考えていいだろう。

 タイミングもほぼ同時だったわけだし当たり前と言えば当たり前だった。

 それにしても、



 「理由。 理由ですか……」



 いつか今と全く同じようなことがあった気がする。

 これがデジャヴというものか。



 俺はまたしても理由を問われ、弱ってしまう。



 何故って、そもそも唯さんは俺が唯さんのことを知っていると思っている。

 そしてその原因を作ったのは嘘で練り上げられた俺自身だ。



 にも関わらず今になって「俺はあなたを知らないのに夢に出てきた」、「その上現実にも現れた。そんなことが出来るの幽霊じゃないとおかしい」等と言ってみろ。

 二度と口を利いてもらうことは叶わないだろう。



 というか大前提として夢に見たと伝えること自体がアウト。

 気持ち悪いとの罵声を喰らったうえ即レッドカードで退場だ。



 本当に面白いくらいに身から出た錆である。

 しかしあの不思議な状況を乗り切るにはでたらめを言うしかなかったはずだ。

 少なくとも俺は今もそう考えているわけで、だとすればこうして困ることになるのは必然なのであった。



 「答えられない?」


 「いえ、そういうわけでは」


 「何か私について気になることがあったんじゃないの?」


 「それはそうなんですけども……」



 言えない、言えるわけがない。

 夢に現れたあなたに声をかけられなかったのが悔しくて、それからどうしてかあの夢に拘って引き摺ってるなんて言えるわけがない。

 でも、



 「――はぁ。 まぁいいわ、気にはなるけど無理に聞くほどでもないし」

 


 唯さんの表情が曇り、止まっていたブランコは再びキイキイと動き始めた。

 美人はどんな表情も映えるんだな、なんて関心は抱く間もない。



 それ以上にそんな顔にさせている自分が情けなくて仕方がなかった。

 だから何を血迷ったのか俺は、



 「び……」


 「び?」


 「び、美人だから! あんまり美人だから幽霊なんじゃないかと!」


 「――っ!」



 一瞬で場が凍り付いたのがわかる。

 自分が何を言ったのかさえこの一瞬の間はわからなかった。



 だがすぐにこのままわからなくて良かったと思えるほどの羞恥が俺を襲った。



 あああああああああああああ!!



 なんて!? 今なんて言ったんだ俺!

 美人って? 美人って言ったのか俺は! 梓にも言ったことないぞこんなの!



 もう温かいはずの春風が冷たく鼻先をなぞる。

 思えばブランコの音も聞こえてこない。



 全身の感覚が研ぎ澄まされている気がしているのはおそらく俺が目を固く瞑っているせいだろう。

 美人だからと言った際に力み過ぎて情けなくも俺の瞳は閉ざされていたのだった。



 俺は凄惨な現場を確認しようと目を開けようとして、



 「開けないで!」


 「えぇっ!?」


 「今目を開けたらブランコを思い切りあなたの顔めがけてぶつけてみせるわ」


 「それはおっかないですね……」



 唯さんの制止によってそれが実現することはなく、今は沈黙が破られたことに対する安堵と緊張の相反する二つの感情を抱いていた。



 正直間違ったことは言っていない。



 元々智也と信輝と話していた中で、唯さんを幽霊だとする理由の一つにあまりにも美人だからというのは確かにあった。

 この発想の起源は俺に関して言えば雪女とかにあると思う。

 女性の幽霊と言われれば口裂け女とかを想像する人も多そうだが、美人の幽霊だっているはずだ。



 話が逸れたがとにかく、嘘を言っているわけではないのだ。

 そういう意味では彼女の問いにはちゃんと答えられていたように思う。

 むしろこれを言えた俺をあいつらには褒めて欲しいくらいだった。



 と、そこに、



 「美人だから幽霊というのは、はっきり言って意味が分からないわ」


 「はい、ほんとその通りですはい」


 「そしてそんな恥ずかしいことを言ってのけるあなたに多少引いてもいる」


 「そろそろ死にたくなるので止めていただけませんか……?」


 「そう。 そのつもりで言ってるから問題ないわね」



 唯さんってこんなにSっ気のある人だっただろうか。

 宣言通り恥ずかしさで俺は今にもあちら側に逝けそうだった。



 「それで。 本当にそれだけなのよね? 私を幽霊だって思ったのは本当にそれが理由?」



 そして次に聞こえてきたのはさっきとは異ってあまり余裕を感じさせない、不安を孕んだ唯さんの声だった。

 顔を見ることが出来ないのでわからないが、少なくとも笑ってはいないだろう。



 どうしてそんなに不安そうなのか俺は疑問を覚えたが、それ以外に話せそうな理由はない。

 だから俺は、



 「そうです。 変なことを言ったと今になって後悔してます」


 「――そう。 あんなに言い渋るわけね」



 また少し嘘を吐いてしまった。

 頭から全身にかけて罪悪感が広がっていく。



 「それと、質問の答えだけど。 多分私は幽霊じゃないわ」


 「はは……そりゃそうですよね。 安心しましたよ」



 求めていた答えはあっさりと告げられたが、それでもまた嘘を吐いてしまった事実が俺を苦しめる。

 そのせいだろう。

 俺はこちらに誰かが近寄ってきていることに気が付けなかった。



 不意にほっそりとした温かな何かが俺の頬に触れたのだ。

 あまり覚えのない感触だ。



 「――ん?」



 何事かとつい目を開けた先では、ブランコから降りた唯さんが俺の頬に右手を伸ばしていた。



 「なっ」



 俺を苛んでいた罪悪感はこの一瞬で真っ白になり、驚きのあまり鼓動が完全に停止してしまったかのように錯覚した。

 明らかに頭が追い付いていない。

 だがそんな俺の都合など関係のない目の前の少女は楽し気に微笑むと、



 「こうして触れられるもの。 そこいらの幽霊にこれは無理ね」



 そう言って唯さんは俺の頬から右手を離した。

 僅かだが左の頬のある一点に温もりが残り、その感覚がやはり今しがたの出来事をより鮮明に俺に刻み付ける。



 「――先輩、それ結構恥ずかしくないですか?」


 「あなたに言われたくはないわ。 それに頬に触れただけでその反応だなんて」


 「余計なお世話です」


 「余計だったかしら」


 「ええ、余計ですとも」



 極めて平静を保って返すが、そろそろ持ちそうになかった。

 今日はもう俺の羞恥のメーターを何度も振り切っているし、とても一日で人間が受けていい負荷ではない。



 「というわけで疑問も解消できたことですし今日はもうおいとまさせていただこうと思います。 また明日!」



 俺は押し付けるように捨てセリフを吐いて、さながらアニメの悪役ばりの速さでブランコ園を後にした。

 あの空気に耐えられるほどに俺は強くない。



 明日の俺は果たして唯さんとまともに喋れるのか、明日の自分に期待するしかなさそうだった。







 * * * * *


 「私が……幽霊……」



 誰もいないブランコ園で、鈴色の声は春の夜に消えた。



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