第十二話 おそらく学校一の美少女が俺に興味を持つわけがない
ブランコ園まで来てみると、まだ唯さんの姿があった。
最初に会った時と同じで彼女はブランコに腰かけており、その手には本のようなものがあるのを確認できる。
あれは教科書だろうか?
俺は入り口のところに自転車を停め、彼女のいるブランコの方へと歩きだす。
唯がこちらに気付いているという様子はない。
いっそばれないように近付いて驚かせて見せようか?
いやいや、関わってたった一日しか経っていない俺がそんなことをするのもおかしな話か。
そんなことを思いながら歩いていると、
「お友達はよかったの?」
「えっ」
ある程度近くに寄ったのでそろそろ声をかけようかと思ったその時、教科書に目を向けたままで唯さんが俺に声をかけてきた。
おそらくまだ俺に気付いていないだろうと考えていたために軽く驚いてしまう。
「――気付いていたのなら視線をこちらに向けるとか手を振るとか、そういう素振りを見せて欲しかったなって思います」
「そうは言うけど……あなたそこを自転車で通っていく時にあからさまにこっちを見てたじゃない。 だけど素通りして行ったものだから急に私のことが見えなくでもなったのかと思って」
「そんな突飛なことが起こると思いますか?」
「そうね、起こらなくて良かった」
「あれ、これってそういう話でしたっけ?」
早速話を飄々と躱されてしまった気がする。
語調とは異なって顔は無表情なまま。
これではからかわれているのかさえ怪しく思えてくる。
だが……今の話を聞くと唯もまた梓と並走するこちらの存在に気付いていたということになる。
二日も続けてこのブランコ園にいるこの状況からして、もしかすると俺を待っていたなんてこともあるのだろうか。
俺はそんなことを考えながらそのまま彼女の座るブランコの前まで来ると、その上から読んでいる教科書を覗き込む。
これは……古典の教科書か。
覗いたページには兼好法師の徒然草が載っていた。
今年二年生になった俺は当然ながらまだきちんと授業を受けていない内容だ。
「先輩は文系理系どっちなんですか?」
「見てわからない?」
「見た感じだと文系っぽいですけど、古典は確か文系であれ理系であれ関係なかったと思います」
「へぇ、ちゃんと知っているのね」
「あれ、ひょっとしてなくても俺って馬鹿だと思われてました?」
「そうね、どちらかと言うと」
馬鹿だと思われていたようだ。
出会ってからまだ僅か一日だがこの唯という少女に関しては無感情で淡々とこういうことを言ってくるから難しい。
言っておくが唯はさっき俺がここに来てからというものまだ一度も笑顔を見せていないのだ。
まるで鉄仮面とでも話しているような感覚に陥りそうになる。
ここから察するに最初に考えた妄想は理想に過ぎなかったようだ。
俺を待っていたということでは確実にないだろう。
というか冷静に考えてこんな美少女が俺に僅かでも心を動かしてくれるはずもなかったのだ。
しかし、こうなってくると初日のあの楽しげな姿は一体何だったのかと不思議に思えた。
俺をからかっていちいち笑っていたあの時の唯は一体どこへ行ってしまったのだろう。
「そうね、ちゃんと答えるのなら私は……多分文系だと思う」
「多分って……三年になれば文理でクラスも分かれるわけですし、流石にまだ決めてないってことはないでしょう。 見え見えの冗談は良くないですよ」
「こんな冗談にも突っかかってくると思っていたから」
「ほんとに舐められてますね、俺」
昨日との変化に戸惑わなかったとは言わないが、こういったことを言ってくるあたり別に気にする必要もないのかもしれなかった。
そうして俺が唯の変化に関して考えることを投げるのと同時に、俺は唯に聞かねばならないことがあったのを思い出した。
「あ、そうそう。 一つ聞いておきたいことがあるんです」
「――なに?」
そう、今更なのだが思い出してほしい。
昨日は夢に見た少女が現れたことで驚いていたのでそれどころではなかったのだが、よくよく考えてみると俺は彼女を既に見かけていた可能性があったのだ。
「始業式の翌日……朝のホームルームが始まる前に職員室の近くの廊下にいませんでしたか?」
俺は思い返していた。
新学期二日目の朝に見た背中のことを。
白水先生に阻まれてしまったあの朝の出来事を。
あの日、あまりの既視感に夢に現れた少女を重ねた俺は思わず追ってしまったのだ。
そして今その存在は目の前にいる……と考えている。
二人が同一人物なのかというのは知ったところで特に意味がないと思われるかもしれないが、しかし二人が異なった人物であるならあの日の廊下で俺が感じた既視感の正体が掴めなくなる。
それではなんだかこう……もやもやしてしまうではないか。
「始業式の翌日の朝……?」
すると意図せずして唯の鉄仮面が剥がれた。
俺の言うことに疑問でも持ったのか顔をしかめてしまっている。
少し前のことだし彼女からすればただ廊下を歩いていただけの記憶。
そう考えると覚えていた方がおかしいのかもしれなかった。
「いや、すいません。 流石にそんな前のことは覚えてないですよね、忘れてください」
「いえ、多分いたわよ。 その時その場所に」
「え」
元々ダメもとで聞いたようなものだったので大した答えは期待しておらずすぐに引き下がった俺であったが、唯はそれを裏切る形で答えてくれた。
「ほんとですか!? じゃあ俺の目は間違ってなかったってことだ!」
「え!? あ、うん。 そうなんじゃない?」
俺の勢いに目に見えて困惑している様子の唯はとっくに教科書から目を離してこっちを見ている。
ついに教科書よりも俺への興味の方が上回ったらしい。
今この瞬間まではそうでなかったことが残念でならないが、それはもういいだろう。
つまりこれで俺が追いかけた背中は唯のものであろうということが定かになったのだ。
パズルのピースが繋がったような心地いい感覚が俺を包む。
「それにしても……聞いておいてなんなんですけどよく覚えてましたね。 特に印象深い出来事というわけでもないでしょうに」
「そう、ね……。 あの日はたまたまあなたが言ってた辺りを散歩してたから……」
「なるほど」
気のせいだろうか。
一瞬、唯の表情がぎこちなく沈んだような気がした。
「それでそれがどうかしたの?」
「あー、いやほんとに些細なことで。 俺がその日に先輩を見かけた気がするっていうただそれだけの話です」
「そんなことであんなに喜んでいたの……?」
唯が信じられない、といった様子で口元に手を当ててこちらを見ている。
自分でも大袈裟だったと思っているのだから何もそんな反応をしないで欲しい、悲しくなるから。
「それはもういいんですよ! それより、また学校で会うようなことがあればよろしくお願いします。 今度はあっちで話でもしましょう」
だから俺は話題を強引に切り替える。
唯がいつもこのブランコ園にいるとは限らないし、というか俺の中でここ数日の夢に関する出来事は収束しつつあったのだ。
俺が感じた「会話が出来なくて残念だった気持ち」も「彼女の正体」も「廊下で見た既視感」のことも全部わかってしまった。
肝心な何故夢に彼女が現れたのかということに関してはまだわからないままだったが、これに関しては日々をのんびり過ごす中で見つかるかもしれない。
少なくとも今何をどうしたところで理解できる気はしなかったのだ。
だから俺は学校でもよろしくしてくれるようお願いしたのだった。
だけど、
「そうね……また会えたのなら話でもしましょうか」
会えたのなら、というところに多少の含みを感じたがそれを口にはしない。
俺にこうさせるのは紛れもなく悲しそうにしている今の彼女の表情のせいだろう。
だから……俺にこれを言わせるのも、こんな気持ちにさせるのも全て彼女のせいだ。
「先輩、明日もここにいますか?」
「えっ?」
つい口を衝いて出た言葉は、日頃の俺からは想像もつかない男子高生のようなセリフだった。
もうこちらから積極的に関わろうという気もなかったというのに、彼女の瞳を見てと鈴のような言葉を聞いて、これでお別れのような気がしてならなかった。
出会って間もないはずの俺がここまで感情に揺さぶられるというのはおかしい。
それはわかっている。
それでも俺にはこれが初めてのようには思えなかったから。
恥ずかしいとか、らしくないとかを思っている暇もなかったのだ。
――取り敢えずやり切った俺は目の前で目を見開いて驚く唯の姿を見てすっきりしたので、今のところ後悔はない。
今後後悔することになるという予定も……今のところはない。




