第十一話 君を好きな人
「今日は本当に素晴らしい一日だった」
「あんたねぇ……ッ! 私が優太のせいでどんな目に遭ったわかって言ってるのそれ!?」
夕暮れ時、部活動を終えて帰路につく俺は自転車を漕ぎながら幸せを噛み締めていた。
隣には同じく自転車を漕いでいる梓がいる。
しかし今の俺とは違い、住宅街に入る少し前くらいから梓の方はかなりご立腹のようだった。
理由は……言うまでもあるまい。
「優太がじゃんけんで負けたせいで私は……池君とペアになる羽目になったのよ……?」
「いいじゃんか。 あいつモテるんだろ?」
「違うわよ! モテてるモテてないとかじゃなくて私はあんたと……! あ、ちがっ! 間違えた!」
「ははは、ほんとに騒がしいよな梓って」
横からまくし立ててくる梓にも慣れている俺は特に気に留めない。
というかじゃんけんなんて結局運要素の塊でしかないのでそれを言われてしまうと俺としてもどうしようもなかった。
大人しく池と仲良くしててくれ。
俺はサラと仲良くなるから。
「と、に、か、く! くれぐれもサラさんに変なことするんじゃないわよ? お触りも厳禁!」
「お触りってお前……」
「そ、それから当然だけど好きになるのも駄目! ちゃんと身の程をわきまえないと」
「なんで俺そんなボロクソに言われてんの!?」
幼馴染が俺に厳しすぎる件について。
「あたりまえじゃない! そもそもあなたに好きになられて喜ぶ人なんて……ひ、ひひ……一人しか知らないわ」
「いやまぁそりゃいないだろうけどさ。 でもそんな言い切られると困るっていうか……って、え? おま! 今なんて!?」
今何か聞き捨てできないことを言われた気がする。
俺に好かれて喜ぶ人が一人って……!
「俺を好きな人がいるのか!? 誰だ! 今すぐ吐かないと明日から毎朝置いていくぞ!」
「ちょっ、なんでそうなるのよ! そんなの自分で探せばいいじゃない!」
「目の前にそれを知ってる奴がいるんだぞ!? そんな回りくどいことしてられるか!」
「うわ、やだ! 押さないでよ! あんまりしつこいと優太のお父さんに言いつけてやるんだから!」
自転車のハンドルから片手を離して梓の肩をあくまでも危なくないくらいの力で押すと、過剰な反応がかえってきた。
別に相手が好きな人であろうがそうでなかろうが、自分を好きだという人のことはやっぱり気になるというもの。
ましてやそれがサラのような良い子だったら俺はきっと昇天すると思う。
「ちっ、まあいいや。 心のどっかに留めとくよ」
「へ、へえ……。 意外と潔いじゃない。 その子のこと知りたくないの?」
「知りたいし気になるわそりゃ! でもどうせお前は教えてくれないだろうし、それに自分で探せってのは一理あると思うから」
「――なによ、もう少し気になりなさいよ……」
そうして話をする俺たちはブランコ園を通り過ぎて互いの家が見えるところまで来た。
何故かふくれっ面の梓はさっきから全く目を合わせてくれず、今日中にご機嫌を取るのは無理なように思える。
明日になれば勝手に忘れているだろう。
「それじゃ、また明日なー」
梓の家の前で俺から梓に声をかける。
依然としてよくわからん表情を浮かべている梓は不機嫌そうにうん、と一言こぼすと家の前の格子を開いて歩いていく。
その後ろ姿まで見送って俺は自分の自転車に跨った。
これから行かなければならない場所があるのだ。
「――優太!」
「ん?」
しかしそれを制止するような形で背後から俺を呼ぶ声がした。
声の主は確認するまでもなく梓だ。
振り返ると胸に右手を当てて必死の形相でこちらを見ている。
何かを俺に言おうとしているというのは火を見るよりも明らかだ。
火といえば、梓の顔が火のように赤らんでいるように見えるのは夕陽のせいだろうか。
「さ、さっきの話……。 優太を好きな人」
「え? あ、おう?」
「一つだけ……ヒントをあげる。 優太を好きな人がどんな人なのか」
「いや、別に大丈夫だって。 ほら、さっきも言ったろ? 俺は自分で見つけるしそれにそういうのは相手側が言って来てくれるのを待つべきもんなんじゃないのか?」
急に態度を変えてきた梓に困惑する俺だったが、きっぱりと提案を断って見せる。
この近道では多分梓の言うその子にも何より俺自身にとっても良くないと思うから。
しかし梓は耐えかねたように、
「違う! だってその子は……その子は自分から言い出せる勇気なんてまるでなくて……だからずっと言えずにいるから。 でも……その子は本当にすっごく優太のことが好きなの! ほんとに、びっくりするくらい! ――それがヒント」
「なんかより現実味がなくなってきたな。 ほんとにそんな子いるのか?」
「いるよ。 だから、優太が見つけてあげて。 私もそれを待ってるから」
少し目を潤ませる梓はそれでも真剣な面持ちでこちらを見据えている。
珍しく激しい主張……いや、珍しかったか?
よくわからないが梓の話に俺は当然真実なのか疑問を持った。
何を隠そう俺は謙遜とかではなく真剣にモテたことがない。
唯一女子と盛んに交流があった時期を挙げるにしてもそれは幼少時代であろう。
そういう意味では俺の人生のピークは幼稚園時代かもしれなかった。
しかし以上の理由を踏まえてもこれほど気持ちの乗った話を聞いてしまうとどうも冗談と受け流すのは難しい。
友達思いの梓らしい熱弁に事の真偽は置いておいて、俺は心に温もりを感じていた。
今後とも幼馴染として仲良くしていきたいものだ。
「わかった、気にしてみる。 だからさっさと中に入れよ。 もう日も暮れるぞ」
「そ、そうね! もうこんな時間だし。 優太も早く帰りなさいよね!」
「いや、俺は一回ブランコ園に寄っていくわ」
「えぇ……また一人でブランコ?」
「いいだろ別に俺が何したって!」
「何か悩みとかあるのなら言いなさいよ?」
割と本気で心配されたんだけど……。
だが例のごとく俺はブランコに用があるわけではなかった。
というか今どき二日続けてまでブランコにいる高校生がいるもんか。
ここに来るまでの道中で俺はブランコ園の中に一人の女性がいたのを確認していたのだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おう、また明日な」
俺は今度こそ梓の背中を見送ってUターンをした。
ひょっとしたら彼女は俺を待ってくれているのかもしれない。
俺にまた会うためにあの場所へ来てくれているのかもしれない。
そんな淡い淡い期待を抱きかけたが、すんでのところで俺の棚ぼた思想がそれを引き留めてくれる。
勝手に期待して勝手に裏切られるだなんて滑稽でしかない。
俺は賢い男だ。
目的地まで大した距離はなかったが、俺は自転車のギアを二つ上げた。
* * * * *
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今でも心臓がドクドクと激しく音を立てている。
平静を装ってはみたけどこの音は優太に聞こえていなかっただろうか。
「なんであんなこと言っちゃったの?私……」
全く静まってくれない鼓動を抑えるように右手を当てて、今しがた閉じたドアにもたれかかる。
背中から感じるひんやりとしたドアの温度が一緒に私の体温を下げてくれるような気がした。
とんでもないことを言ってしまった。
それだけはわかっている。
でも抑えられなかった。
こんなことは初めてだった。
理由があるとするならきっと今日の体育の時間。
優太とペアになれなかっただけでも悲しかったのに、肝心の優太のペアはなんと転校生のサラさんだったのだ。
綺麗な金色の髪で、綺麗な目をしていて、そして綺麗な心を持っている女の子だ。
何度も話をしてすぐに良い人だと思った。
今でも目を瞑れば思い出せる。
サラさんと楽しそうに話している優太の姿が。
帰り道に幸せそうに微笑む優太の横顔が。
それを思い出すと胸が痛くて苦しくなって、それでつい私は言うつもりのなかったことまで言ってしまった。
だけどあれは恥ずかしいけど紛れもない本心だ。
自分から好きだと言えない意気地なしな私の、紛れもない本心なのだ。
「梓ー、帰ったのー? 晩御飯出来てるから早くしなさーい?」
リビングの方からママの声がしたけど、今行くわけにはいかない。
きっと真っ赤になってるはずの私の顔を見たら私の想いを知っているママはからかうだろうし。
ドアから背中を離す。
取り敢えず顔を洗おうと思った。
今のこんがらがった頭の中や顔を冷やすには冷水がバッチリのはずだ。
「見つけてもらえたらいいな……」
洗面所へ向かう途中で無意識に漏れた声は、台風のように荒れている私の心の内とは違って弾んでいたような気がした。




