第九話 運命のペア決め
唯さんとの逢瀬の夜はすぐに明けた。
学生の身である俺があの時の余韻にじっくりと浸る暇などあるはずもなく、今日も梓と自転車でゆったりと藤丘高校へと向かった。
幸か不幸か登校中に梓から昨日のことについて何か不審がられるといったことはなく、それがかえって物悲しい。
現代を生きる高校生が突然ブランコで遊びたがるだなんて普通に考えておかしいはずなんだが……。
考えていても余計悲しくなるだけなので結局俺はそれ以上考えることを止めた。
「ふあぁぁ……」
口元を隠して優美に俺があくびをすると、偶然にもそのタイミングで授業が終わった。
腹時計ならぬあくび時計というやつだろうか。
このチャイムを合図に四限は終わり、待ち侘びていた昼休みが始まるということになる。
「優太ー、一緒に飯食おうぜー」
「おう」
早速やって来た信輝から昼食のお誘いがかかる。
その手には赤い巾着袋が握られていて、中には弁当が入っていることが窺えた。
ちなみに俺も弁当勢で既に机上には黒いザーモズの弁当箱がセッティングされていたりする。
誠に遺憾ではあるのだが見た目が彫刻刀入れのようだと定評のある弁当箱だ。
正直、否定はできない。
だが使用し始めて早二年目となるこれを彫刻刀入れと評されると少しむっと来るものがあるのだ。
だからこのように、
「ぷっ、相変わらず彫刻刀入れみたいだよなお前の弁当ば――」
「ふんっ!」
「ぬああああっぶねえ!!」
馬鹿にしてくる輩は即・殺・断するようにしている。
「お前ほんっとに危ないから止めろよな弁当箱馬鹿にしたら急に手出すの!」
「大丈夫だって。俺が手を出すのはお前だけだし俺の弁当箱を馬鹿にするのもお前くらいしかいない」
「確かに俺にしか危害は加わってないな」
「というか信輝も納得してないでいい加減学んで自粛しろよ……」
俺と信輝がごたごたやっていると、いつの間にかやって来ていた智也が俺の隣の席に座りながら呆れていた。
この件に関してこいつは全面的に俺の味方なのだ。
本当に良い友人を持ったものだぜ……。
「確かに優太の弁当箱はダサいけど、流石にしつこすぎる」
「なあ智也、久々に俺と拳で語り合わねえか?」
訂正。
こいつらは揃って良い友人なんかではない、断じてだ。
「にしても相変わらずの人気だな、転入生のサラちゃん」
「ん?」
先ほど俺の拳を躱そうと身構えていた信輝が席に着きながら言う。
その視線の先を辿ると……おお、転校生を囲って十人程度のコミュニティが構成されているではないか。
それもその面々は早くも我がクラスの中心になりつつあるきらびやかな女子たちだった。
グループの中には梓の姿もある。
転入生の方もどうやら日本語が達者なようで楽し気に言葉を交わしていた。
住んでいた国の違いというのは、引っ越しをすることもなくずっとこの街に住んでいる俺には想像のつかないくらい大きなものだ。
そう思っていた俺からすれば今も楽しそうに笑っている転校生の姿は順調以外の何物でもないように見えた。
「あの集団、取り入るのも早かったしな……。 すぐにあの子の周りはあの面子に囲まれてたし」
「俺も話してみた感じ、はきはきしてていい子だったからな! あれならすぐに梓ちゃんに次ぐくらいの人気者になるぜ?」
なんだかこいつらの話を聞いていると転入生が肉食動物に狙われてる小鹿みたいに思えてくるよな。
実際似たようなもんだとも思うけど。
思うに彼女はクラスにどんなグループがあってそれぞれでどんな話題がよく上がるのか、なんてこともまだ知らずにただ流されるままにあそこのグループに取り込まれようとしているのだ。
そこに彼女の意思というのがあるのかは定かではないが、それでもう他のクラスメイトとあまり接さなくなってしまうというのも時期尚早というやつだろう。
是非とも少しずつこの学校に慣れていって、いずれは良い仲間を見つけて欲しいものだ。
俺は同じクラスであるといえどまず関わりあうことのないであろう転入生に、せめてもの激励の言葉を念に込めて贈っておいた。
* * * * *
「おかしい」
四月といえど暑く感じる日だってある。
今日がちょうどそんな日で、雲一つない空から照り付ける日差しに無風であることとが相まって俺たち藤丘高校二年四組の生徒たちを苦しめていた。
しかし四月の急な暑さなんかに俺が疑問を抱いているわけではない。
「では、佐藤さん。よろしくお願いしますね!」
「は、はぁ……。こちらこそよろしく……?」
問題は俺の前で太陽より輝かしい笑顔を向けてくるサラ・バレンタインにあった。
「よかったです。あのままじゃペアが組めそうになかったので……。それに佐藤さんとはいつか話してみたいなと思っていたので、まさにこれ以上ない機会ですよね!」
「そ、そうっすね!俺もいつか話したいなあと思っていたので丁度良かったなだなんて!あ、あははは……」
俺は出来得る限りの笑顔を向けてみる。
だが、かけた言葉に関してはもちろん社交辞令だ。
いつか話してみたいとは心のどこか奥底で思っていたかもしれないが何もそこまで彼女に興味があったというわけではない。 ――いや、本当に。
そしてそれはきっと彼女も然り。
そもそも普通に考えてほしいのだがクラスのモブ中のモブである俺の存在に対して登校し始めて僅か一週間で興味を示す等ということがあるだろうか。
いや、ない。 断じてない。
モブの存在に「あ、こんな人いたんだ~話しかけてみよ~」となるのは大体クラス替えから一か月くらい経ってからのこと。
ましてや自分から人に絡みにいかずとも周りからグイグイ来られる忙しそうな彼女ともなれば今の段階で俺に興味を示すなんて更に有り得ない。
そんな彼女の心理をしっかりと察していたからこそ俺は彼女の笑顔にも、「いつか話してみたいと思っていた」という思わせぶりな台詞にも容易に耐えることができたのだ。
全く……可愛い女子というのは皆して小悪魔なのだろうか?
「そ、そんな……!佐藤さんもそう想っていてくれただなんて……嬉しいです」
しかし目先のサラさんは一瞬面食らったような表情を浮かべると、すぐに恥ずかしくなったのか頬をほんのりと朱色に染めて俺の思ってもいなかった反応を示した。
同時にクラス中の男子の殺意が俺という人間に絞られているのも肌で感じる。
だがその身に余る殺意をものともせずあまりに神々しい、サラ・バレンタインという人間の天使的な姿に俺は――。
「……ッ! い、いや、え? あ、あははははは!」
先までの考えをまるっと忘れ、自分でもわかるくらいにだらしなく頬を緩めてにやにやしてしまっていた。
なんたることだ。
攻略されてしまうのに一分と持たなかったのではないだろうか。
だがそれも仕方がないはずだ。
見て欲しい、この表情を。
持ち前の金髪は太陽に照らされて煌びやかに光り、碧い双眸はアニメでよく見るのとはまた良い意味で異なって澄み切っているし、艶やかな唇も計算された口角も全てが洗練されたまさに完璧な笑顔だった。
――いや、無理やん……。
自然と一切俺と縁もゆかりもない関西弁が出てきてしまうまでにその姿は愛らしかった。
現に視線の端に捉えられた信輝の手には金属のバッドが握られていて――って、待てよ? バッド? 今日野球じゃないよな?
じゃああいつあれ一体何処から……!?
ピーッ!
俺が友人から放たれる妬みの感情に戦慄する前に、体育教師が各自活動開始を促すホイッスルを鳴らした。
どうやら今日の授業では時間丸々準備体操をやるらしい。
しかし何故に今更準備体操を?と思う者もいるかもしれない。
前回も一応体育はあったのだがその時は転校生がおらず、授業の内容もオリエンテーションと称した二年次の体育に関する説明会のようなものだったし、格好も体操着ではなく制服だった。
そのため今日は体を動かすといった意味では初めての体育ということになる。
体育の前に必ず行う準備体操をしっかり学ぶというのは、例え一年の時に体操を山ほどやっていたのだとしてもあながち間違ってはいないのだろう。
だが、それを不満に思う生徒もいる。
俺だって面倒だと思った。
しかしそれを図っていたかのように体育教師はこう発言したのだ。
それではペアで練習をしてもらう、と。
この仕組みが今の幸運――もとい最悪を招くことになる。
このペアというのは一時間目のオリエンテーションの際に組まれた男女二人組のことを指し、どうやら体育の活動を通して練習などは基本ペアで行い、行動するのだそう。
当然男子は大盛り上がり。
女子は……まあ、半々といったところだったか。
しかし日頃そこまで絡むことのない男子との接点として前向きに捉える者が多かった。
だが……というかご察しの通りというかなんというか。
俺はペアが――作れなかったのだ。
待って欲しい!
別に俺がぼっちであるとか女の子に嫌われているとかそういうことでは断じてないのだ!多分だけど!
全ては不幸と偶然が重なりあった結果なんだ!
まずペア決めを宣言された時点で俺の頭には梓の姿が浮かんでいた。
男女といわれた段階で同じクラスのしかも幼馴染が浮かばないわけもなかろう。
実際別の列で体操座りをしていた梓の方もちらちらとこちらを見ていたのでこれに関しては間違いない。
普通にいけば俺たちはペアを組めていたはずなんだ。
――しかし。
「如月さん、俺とペア組もうよ!」
「如月は俺とペアを組みたいよな?」
「俺だ! 如月さんは俺とペアを組むんだ」
「ふざけんじゃねえ俺が!」
「梓ちゃん!ここは優太と仲の良い俺が――!」
若干一名知った顔が紛れていた気がしたが、とにかく男子たちの中で梓を巡る抗争――つまりはじゃんけん大会が行われたのだ。
俺もここまでみんなが必死になるとは俺も思っておらず、渦中の梓もおっかなびっくりの様子でしきりに「私は優太と――!」と言っているのも届いてはいない。
結局当の本人非公式でじゃんけん大会が始まってしまった。
参加者は俺と信輝を含む総勢十一名。
あまりの高倍率に別の女子のもとへと向かった男子もいたが多くは頑として闘うことを望んでいた。
なんと恐ろしい連中だろう。
そしてじゃんけん勢の奥には梓が「こんなはずじゃなかったのに……」と嘆き、その背中をよしよしとさする清水さんの姿が見えた。
しかし梓も清水さんも哀愁を漂わせるにはまだ早い。
言ってしまえばこれは俺がただ勝ってしまえば良いだけの簡単な問題。
十人というクラスの約四分の一程度の敵を倒して一位になればいいだけの話だ。
ともなれば信輝には悪いがここは俺の圧倒的ハンドパワーによって勝利をもぎ取るに他なかった。
「悪いな優太……俺はお前に譲る気はないぜ!」
隣にいた信輝が男衆の熱気の中で俺に語り掛けてくる。
もちろん俺も負ける気はない。
「ふっ……お前に本気になった俺の恐ろしさを見せてやるよ」
「へへっ、覚悟だけは決まってるみたいじゃねえか」
だから戦を目前に俺たちは互いを鼓舞するようにして笑いあった――。
「「「「「「「「「「「じゃーんけーん!」」」」」」」」」」」
半端な終わり方ですみません……。次はサラに戻ります。




