コメディ要素なんてただの一つもない刹那的プロローグ
よろしくお願いします。
大して飾り気もないいつも通りの見慣れた自室のベッドに俺は腰掛けていた。
エアコンはあるが起動させてはいない。
夏の暑さから御身を守ろうと奮闘してくれているのは一台の扇風機と、頼りなく吹いてくる柔らかな風のみだ。
ふと、そのそよいでくる風の方を見やれば、外気に当てられて白いレース状のカーテンがさながら踊り子のように揺れている。
ぼんやりとではあるがこの場からでもそのレース越しに見える空は、夜の帳が落ち切った心地いいくらいの藍色で、一面を黒に塗りつぶされていないのは珍しく綺麗に見えた星明かりのせいであろうことは容易に理解できた。
あぁ、どうしてかうんと気分がいい。
こうして落ち着いた気分でベッドに腰を落としてあろうことか空を見るだなんて、そうあったもんじゃない。
言ってみればちょっと変なくらいだ。
「人を部屋に呼んでおいてまでそんな風に黄昏る必要ってあるの?」
不意に、そんな至って落ち着いていた俺の鼓膜を震わせたのはこの閑静な部屋にはあまり似つかわしくない、凛とした鈴のような声だった。
思わず視線を窓の方から少し左へ。
中学へ入学した際に両親から買い与えられた自分の勉強机のほうへと向ける。
そこにはしなやかな黒髪を肩の少し下くらいまで垂らし、従来の椅子の座り方とは真逆の座り方をする――つまりは胸部を背もたれに当て、そこに腕を回すようにして座っている少女がいた。
豊かな胸部は背もたれと少女との間で窮屈そうに潰れており、傾けられた弾力に心做しか背もたれが悦んでいるようにさえ錯覚する。
しかし当然ながらそんな胸部と背もたれとの事情などつゆ知らぬ彼女は椅子をキィキィと鳴らし、見たものを見透かすような澄んだ眼をこちらを試すように歪めて見ていた。
元来、そういった視線を向けられることを人はあまり良くは捉えないだろう。
なんなら苛ついたっておかしくはない。
そのはずなのだが、どうしてか妖艶に見えたその眼差しに俺は言葉を失っていた。
彼女の問いかけに対する返答が、出てこない。
「――ねえ、聞いているの?」
「あ……」
おそらく再三投げかけてきていたであろう問いかけに、やっと俺の意識は彼女の視線から己へと還る。
見れば名も知らぬ彼女は先ほどの試すかのような目ではなく、こちらをただ心配するような目をしていて。
はて、この少女は一体?
不思議なことにそんな考えは一切頭には浮かばなかった。
よくよく考えれば目の前にはなぜいるかも、そもそも名前がなんなのかさえわからない少女がいるというのに、それを俺はなんら疑問には思わなかったのだ。
むしろそんな無粋な事を考えるより俺は彼女に適切で、取り留めのない、ごくごく自然な言葉を返したかったのだ。
なにせ俺はまだぼさっとした「あ……」というのぼせた声しか発せていないわけで。
何かを、何かを……。
俺はそうして言葉を探して……。
* * * * *
ジリリリリリリリリ!
突如鳴ったけたたましい目覚まし時計の音で目が覚める。
刹那、俺は反射的に枕元にあるそれに振り上げた手のひらを無慈悲にも振り落とした。
息絶えた目覚まし時計を見れば時刻は六時半。
今日も元気に学校に行かねばならない身である俺は、起床する時間ということになる。
俺はいつものように寝ぼけまなこを擦ろうとしてーーやめた。
耳を衝く喧しい時計を黙らせた今、俺の思考は目を擦ること以上に先の夢のことについて労力を割きたがっていた。
先程まで見ていた夢ははっきりと覚えている。
俺は彼女に声をかけようとして、それでーー。
「はぁー……。 なんて夢だ」
なんの偶然か高校二年生の始業式を迎えるこの日、俺は盛大な夢オチを果たしてしまったのだ。
驚くほど短い間た自室で少女と話をしていた……いや、厳密には話しかけようとしていた、たったそれだけの言わば泡沫の夢。
価値をつけるのだって馬鹿馬鹿しい、ただの夢だったはずなのに。
俺は夢オチという形でオチをつけた俺を、悔しく思ったのだった。




