横長
僕はセシルに僕が大学時代にアルバイトとして働いていたファミリーレストランの店長の話をした。
「面白い人でさ、お客様の声を壁に張り出すんだけど、とにかく何かしらに青ペンか赤ペンで線を引くんだ。店員の対応が悪かったとかネガティブな部分には青で、美味しかったとかポジティブな部分には赤で。それで面白いのがとにかく何かしらに線を引くんだよ。一言、べつにっていうコメントがあったんだ。それに店長は青ペンで線を引くんだ。面白くないか?べつにっていうのは特に意見はないっていうことだろう?それを店に対してネガティブな意見に捉えるとはな。まあわかる。真面目なやつなんだな。でも悪いけど面白いんだ。じゅげむを全部書いて投稿したらどこに線が引かれるんだろうなって考えて仲間内で笑ったことがある」
「あはははは。ユニークな人ね。食うところ、には赤線が引かれるのかしら?ここは店のことを褒めてるなって」
「そうだね。長久命の長介ってところには店が長く続いてほしいんだなってことで、ここにも赤線が引かれるだろうね。それにしてもよく寿限無を知ってたね」
「日本語を勉強した時に習ったんだ」
僕は欧米人達が一斉に「寿限無寿限無五劫の擦り切れ…」と言い出すところを想像した。
「なんか悪いけど、想像すると面白いね」
その時だが窓の外をドラゴンが通った。暗くてよく見えなかったけれどそれは赤い丈夫な皮膚を持っていて、目がぎょろりとしていて、大きな口には牙がびっしりと生えていた。尻尾は太くて先っちょでは火が燃えていた。僕が見えたのは顔と胴体と尻尾だけだったけど、窓の外を通り過ぎるスピードと、その時の長さから相当大きいドラゴンだということがわかった。大型バス2台分くらいだ。
「どうしたの?」とセシルが聞いてきた。多分あっけにとられた顔をしていたんだろう。
「え?今…」と言いながら僕はセシルの横をすり抜けて窓を開けた。しかし顔を外に出して左右を見てみてもさっきの赤いドラゴンは影も形も見えなかった。
「何かいたの?」とセシルが言いながら近づいてきた。
「いや…」僕は呟きながら横に退き、セシルに外を見せた。
「何もいないね」
いや、いたんだよ。赤い頑丈な皮膚をした目の大きなドラゴンが… 僕はそう言いたかったが言えなかった。頭のおかしいやつか、からかっているだけと思われるだけだ。
その時僕はさっきまで僕達がビールを飲んでいた低いテーブルの上に小さな人間のようなものが立っているのが見えた。
「なっ」
その人間のようなものは動いていた。体調は20センチくらいで、全身銀色に鈍く光っていた。指はなく、顔もなかった。顔の部分は楕円形で横に細長く、真ん中のあたりにほとんど横いっぱいに黒い長方形があった。
その銀色の亜人間はゆっくりと近づいてきた。人間と同じく歩いて来たが、その歩き方は異様だった。同じ側の手足を同時に出しているのだ。
僕は恐怖から全く動けなかった。すぐにその小さな亜人間は低いテーブルから飛び降り、(まるで重力がないかのように着地した)僕の足元まで歩いて来て、そのままそこに何もないかのようにスッと僕の足の脛の中に入っていった。
「玄也、風邪を引くよ」
目を開けるとテーブルの向こうから手を伸ばしたセシルが僕を揺さぶっていた。
いつのまにか眠っていたらしい。
「流石に起こしたほうがいいと思って。大丈夫?疲れてるの?」
「一週間前の疲れはもう取れたと思ってたんだけど。仕事で緊張してたからかな」
そう言ってセシルの顔をよく見た。最初僕は起きたばかりで目がうまく焦点を結べていないのかなと思った。しかしいくら見てもセシルの頭の形は変わらなかった。つまり、横幅が二倍くらいになり、目の部分に黒い横長の長方形があるのだ。
「セシル、その顔はどうした?」
「えっ何かついてる?」
セシルはそう言って左手をほおにつけた。右と左、両方のほおを触った後で「何かついてるの?」ともう一度聞いた。
「いや、そうじゃないんだ。ただ君の顔の形が少し変わったかなって思ってさ」
セシルは大きく口を開けて笑った。
「そんなわけないじゃない。生まれた時からこの形よ」
「生まれた時から、顔の真ん中に黒い長方形があったっけ?」
「当たり前じゃない、バカにしないでほしいわ。これがあるから私は旧人類よりも少しは優れているということができるんじゃない」
「どういうこと?」
「からかってるのかしら?私達旧人類を祖先に持つ者はみな遺伝子が不完全なのよ。私の顔に残っている鼻とか耳とか口は旧人類の特徴で、これがなくなって顔に黒い四角しかなくなった時、私達は彼らと同化できるんじゃない。あなただってそうでしょ」
そう言われて僕はもしかしてと思い自分の顔の横に手をやった。それは僕が思っているよりもずっと離れていた。僕のほおは肩より外側にあった。
「もしかして旧世界幻想?」
「なんだいそれは?」
「最近話題になってるじゃない。自分が旧世界の人間であるような気がする病気よ。自分が今まで旧人類として生きてきたかのような幻想を突如持ち、新人類としての記憶は全て忘れてしまうらしいわ。もしかしてそうなの?」
「待ってくれ。少し混乱している」
どういうことだ? まさか本当にそんなことがあるのか? 僕は新人類なのか? しかし現状僕のほおは人間としてありえない位置にある。
僕は振り返って窓を見た。外の方が暗いので、窓には部屋の様子がよく映っていた。そこにはもちろん僕の姿もあった。そして僕の横長の顔には目の代わりに黒い横長の長方形があった。他のところには特に異常はない。視界にも特に変化はなかった。
僕は目を覚ました。目の前ではセシルが心配そうにこちらを見ていた。
「カニ食べすぎて眠くなっちゃった?」
僕はセシルの顔を急いで見た。しかし、それはいつものセシルの顔だった。夢から覚めたのだと思った。
「どれくらい寝てた?」
「15分くらいかな。片付けはやっておいたよ」
「あ、ごめん」
「いいっていいって」
「結構怖い夢を見てた」
「へー、どんな?」
「顔が横長になっちゃう夢」
「なにそれー、変なのー」
「さて、じゃあ食べ終わったし、どうする?」
僕はセシルに帰る?という含みも持たせて聞いたのだが、セシルは帰るつもりはないようだった。
「んー、お酒もうちょっと飲もうよ!」
「いいけど」
僕は冷蔵庫からまだ開けていなかった日本酒を出した。
「日本酒なんかあったの?」
「うん、まあ他にもウォッカとか色々」
「お酒置いてるんだね。結構飲むの?」
「まあ、人よりは飲む方だと思うね」
「一人で?」
「そうだね」
「寂しくない?」
「別に、全然」
「まあ、だよね」
「ん?」
「そういうタイプだろうなって思ってた」
「わかるなー」
「ん?」
「そういうタイプだって人に思われそうだからね」
「でもよく飲みに誘われたりしない?」
「たまにね」
「そういうタイプなんだよね。二人で飲むのが多いんじゃない?誘われた時」
「まあ」
「じゃあ今夜は私と飲みましょう」
セシルは日本酒の瓶を持った。
「お酌してあげるよ」
お酌ではないような気がしたけど僕もそこまで厳密な定義は分からなかったので、大人しく注いでもらった。セシルは自分のにも注いだ。
「カンパーイ」
日本酒で乾杯をするのが果たして正しい所作なのかわからなかったけれど、まあいいかと僕とセシルはグラスを合わせた。
「美味しいねー」
ぐいーっと一息に結構飲んだところでセシルは心持ち顔を赤くして言った。
「多分熱くした方が美味しいんだけどね。あ、レンジで温める?」
「そうしよう」
僕とセシルは一緒にレンジにグラスを入れて同時に温めた。
「どこで買ったの?」
「これは家から送られてきたんだ」
「家で作ってるの?」




