それでも大体の人よりはマシなのよ
それは偏見どころか、男女差別を助長しかねない考え方なので何か注意をしたかったけど、上手く言えそうになかったのでそのTシャツを見た。白と何種類かの青の四角がシャープに配置されている。確かにこれもスタイリッシュだった。
「悩むなあ」
僕は結局ポロシャツとTシャツを両方買い、カジュアルなカーゴパンツと半袖のYシャツも買った。ジーンズではなくてカーゴパンツを選んだのは、単にこっちの方が楽だったからだけど、茜音ちゃんはジーンズに対しても持論があり、ジーンズよりは、まだカーゴパンツの方が気に入っているらしかった。
「だってジーンズって元々アメリカの労働者達が履いていたものでしょ。つまりは労働を連想させるものじゃない。どうしてそれをわざわざ仕事のない休みの日に履くの? どうして他の子達はジーンズのまま友達の家に遊びに行くの? どうしてジーンズを履いたまま遊ぶの? 休みの日も放課後も、労働からは離れる時間じゃない。よくわからないけど、私服を着れるのって大人になったら休みの日だけなんでしょ? もちろん服を選ぶのは人の自由だけど、いくつもある選択肢の中でなんでジーンズを選ぶのか、私にはわからない」
「カーゴパンツもどことなくアメリカの労働者を思い出させるものだけど、それについてはどう思う?」
「知らないわ。カーゴパンツの歴史なんて知らないもの」
知らないのにどうしてジーンズをそう嫌うんだろう? 片方の情報ばかり持っていてもう一方の情報を全く持たず、そこから何かを判断するのは、偏見とミスジャッジを生む。
店を出ると忘れていた昼食をとるために近くの定食屋へ入った。セシルもまだ食べていなかったということで一緒だった。もう二時近くになっていたので、カウンターしかない店内は三人並んで座れる程度には空いていた。食券売機が入り口のすぐ横に設置されていた。
「茜音ちゃん、何でも好きなものを選んでいいよ」
茜音ちゃんはしばらく迷ってから、「定食」のボタンを押し(定食屋なのにもかかわらず、牛丼やカレーもある)、今度は迷わずに、というよりむしろ少し焦ったように「女性向け」ヘルシー定食のボタンをタップした。
「これでいいのかしら。何を選んだらいいのかなんてわからないわ」
「とにかく選べばいいんだよ」
僕はお金をチャリンチャリンと入れて精算ボタンを押した。すぐに食券が下から出てきた。
僕はどうしようかな。とりあえず定食かな。迷うな。でもここで迷っていても仕方がないし。僕は定食のボタンを押した。次はなんの定食にするかだけど、予算は八百円くらいかな。まあセシルと一緒に来てるわけだし、今日はもう少し使ってもいいか。焼肉定食キムチつきかな。これで千円だ。キリもいいし、そうしよう。
セシルが何を頼むかには特に興味がなかったので、あるいは興味を持ってはいけない気がしたので、僕は茜音ちゃんと先に席を取ることにした。椅子の後ろは人一人がやっと通れる幅しかないので、僕達は入り口の近くに座っている人達の背中にぶつからないように奥の方へ行った。
セシルはすぐにやって来て、店員が食券を受け取りに来ると、僕たちと一緒に渡した。
「王さんからの連絡、遅いわね」
「一応着信履歴には残っているはずだから、見たら折り返してくれると思うんだけどね」
僕の焼肉定食が一番最初に来た。でも他の人達の食べ物が来るまで手をつけないで待とう。
「先に食べてていいですよ」
とセシルが言ってくれたけど、やめておく。先に食べ始めると、食べ終わるのが早くなって待たなきゃいけないし、それで急がせるのも悪いし。
一分ほどしてから二人の食事が運ばれて来た。セシルは僕と同じ焼肉定食だった。三人で食べていると、セシルがふと言った。
「ところで草食系男子ってどういう意味なんですか?」
「それはもちろんベジタリアンな男性のことだよ。野菜とかフルーツしか食べないんだ」
「違うでしょ。女の子に興味がない男の子でしょ。でもなんで?」
「いえ、さっき後ろを通る時にあそこの人たちが話していたのが聞こえたので」
セシルがこそっと指をさした方を見ると、40代くらいの女の人が二人、顔中に笑みを作りながら姦しく話していた。
女は二人しかいなかったけど姦しかった。
それはさておき。
「じゃあ、ロールキャベツ男子っていうのは?」
「それは女の子に興味がないように装いつつ、実際は気になっている男子のことね」
「茜音ちゃん、詳しいね」
「私も女子だからね。常識よ。ちなみに他には軽食系男子とか、アスパラベーコン巻き系男子とか、ユニコーン系男子とかがあるよ」
「なんですか、それは。ユニコーン系男子?」
「ユニコーン系男子っていうのは、高学歴で高収入でハイソサエティーな想像上の草食系男子のことで、アスパラベーコン巻き男子はロールキャベツ男子の逆で、興味があるように見えて実はない男子のこと。それで軽食系男子は、お腹が空いた時のつまみ食いに、丁度いい男子のことよ」
「ちょっと待ってくれ、軽食系男子?」
僕は田中理恵さんとのことを思い出して狼狽した。茜音ちゃんは僕の目をまっすぐに見て言った。
「あくまで概念の話よ。安心して」
僕はそれで少し我を取り戻した。二十五歳の男が十二歳の女の子に落ち着かされているなんて、と思うと、面白くて唇が緩んだ。
「色々あるんですね。(僕の名前)さんはどんな男子なんですか?」
「僕? 自分じゃあよくわからないな。草食系男子なんじゃないかなとは思うけど。どう思う、茜音ちゃん?」
「そうね。竹男子でいいんじゃないかしら」
「嫌な予感しかしないんだけど、それってどういう意味なのかな」
「割ってみたら、中は空っぽ」
「なるほどね」
「褒めてるのよ。つまり、竹を割ったような性格ってことよ」
「ありがたいありがたい」
セシルが突っ込んだ。
「適当な相槌ですね」
「それ以外に何を言えと?」
「あなたは空っぽだけど、それでも、いや、だからこそ、大概の人よりはマシなのよ。本当に」
男子の種類については
https://matome.naver.jp/m/odai/2137441237964205301
を参照しました。




