気持ちの問題でよくない
「買わないけどね」
セシルはそう言うとそのラックにかかっているノースリーブのワンピースを手に取って見始めた。今の季節にノースリーブ? と思ったが、それは980円で売られているものだった。季節外れの商品を安く売っているのかもしれない。
「ねえ、本当に男物を見ていていいかな」
「大人なんじゃなかったの?」
「そうだけど、そろそろ恥ずかしくなってきた」
「私は(僕の名前)さんの意見も聞きたいんですけど、嫌だったらいいですよ」
セシルはが言った。僕は少し悩んだけど、やっぱり先に上に行っていることにした。
「じゃあ上を見てるよ。見終わったら上に来てくれるかな」
「その必要はないと思いますよ。女性の買い物は男性よりも時間がかかると相場が決まっていますから」
「茜音ちゃんはいい?」
茜音ちゃんは僕の袖を引っ張って僕を屈ませた。そして耳元で囁いた。
「私、初対面の人とそんなに早く打ち解けられないんだけど」
「大丈夫だよ。すぐに仲良くする必要はないさ。紫式部だって言ってるんだ。貴族はそんなにすぐに他人と仲良くならないものだって」
「別に他人とすぐに仲良くできないことに劣等感を持っているじゃない。知らない人と一緒にいることが心配だって言ってるの」
「セシルは信頼できる人だよ。空手は初段だし、さっき見たように倫理観の強い人だし」
「人には二面性がある」
そうか、もしかして母親をセシルに投影しているのかもしれない。
「わかった。僕も一緒にいるよ」
「ありがとう。お礼にセシルがいなくなったらもう一回頬ずりさせてあげる」
「絶対だぞ」
「なんか急に怖い」
僕は体を起こすとセシルに言った。
「茜音ちゃんがいてほしいっていうから僕もいるよ。ちょっと人見知りだから」
「姪っ子だからって甘やかしすぎな気もしますけど、まあ私にとっては悪くない話です。(僕の名前)さん、これどう思います?」
「デザイン的には悪くないと思うけど。でもそれ夏用だよね?」
「来年の夏に着るものを買っています。流行はどうでもいいので、売れ残りでいいです。ダサすぎるものは嫌ですけど」
「まあ、セシルがいいならいいんだ」
三人で仲良く服を見て、三階も軽く回って、二階と一階に戻ってセシルは服を買い、それから男物に意見をしてくれるというので一緒に四階へ行った。
「これ可愛くない?」
「かわいい。全然ありだと思う」
といったのは茜音ちゃんとセシルではなかった。女の子の二人連れだった。安売りしている半袖の黒いポロシャツを指して言っていた。
「買ってあげれば」
「えー、セール品あげるのはちょっとなー」
「いいじゃん別に」
「気持ちの問題でよくない」
彼氏に洋服を買ってあげる話なのだろうか。彼女達は別の大きめのスウェットを指して言った。
「でもこれとか私らが着るのも全然ありだよね」
「ちょっとブカブカする感じが可愛いよね」
「体のラインも隠せるし」
「メンズ何か買おうかな」
彼女達が移動したので僕は彼女達が可愛いと言っていた半袖の黒いポロシャツを手にとって見た。ジッパーの手でつまむところが大きくてアクセサリートップのような存在感を放っている。
「それはいいと思いますよ」
「悪くないんじゃないかしら」
確かに新しい感覚だった。それでいて趣味が良い範囲内に収まっている気がする。でも茜音ちゃんは渋々同意するといった感じだった。
「他も見るけどこれは有力候補かな」
「あれは?」
茜音ちゃんが指差したのは二メートルくらいあるラックの反対側にかかっていた半袖のTシャツだった。
「あれはかっこいいと思うわよ。格好よさと可愛さは両立できないんだからどちらかといえば男性はかっこいい方を選ばなきゃ」




