大人なのね
「じゃあとりあえず王さんに電話してみよう」
僕はスマートフォンで王さんに電話をした。しかし、呼び出し音はするにも関わらず、王さんは出なかった。
「出ないね。どうしようか」
「もう少ししてからまた電話してみましょ」
そうなると、若干手持ち無沙汰だ。
「どこか行く?」
「久しぶりにセンター街行きたいな」
そういえば僕も学生時代に行ったきりだった。
「いいね。どこか見たいところはある?」
「ベルシュカ。私、あそこの洋服好きなの」
「まあ、案内してくれれば」
実は行ったと言っても、僕が行ったのはマクドナルドとブックオフとジーンズメイトと、アドアーズくらいだった。アドアーズはもうない。ザラとかエドウィンは知ってたけど、ベルシュカは初耳だった。
「いいよ。じゃあ行こうか。何でこんな陰気臭いところに来たの?」
「偉大さというものは陰気なものだ」
「それはこの場合は関係ない」
で、僕たちは線路をくぐって世界一渡る人が多い交差点を、交差するようにではなく真っ直ぐ渡り、センター街に入った。センター街は相変わらず人で溢れていた。
「いつ来てもここは人が多いなあ」
「そんな月並みなコメントしかないんだったらあなたは月に帰ったほうがいいわ。地球では必要とされていないから」
「人混みがすごいからって人をゴミみたいにいうな」
「80点」
意外と高評価だった。
「80点が高評価だなんてあなたの人生は一体」
「勉強に関しては平均的だったんだよ」
「でも結構いい会社にいるのよね? 名刺を見る限り」
「まあ、受験前には塾頼りで頑張ったからね。学歴のおかげというのはある」
「だからまだまともなのね、他の人と比べると」
「よくわからないけど」
「最初から頭がいい人は性格が悪い、性格が良くても大体シャイだし、頭が悪い人は話しててもつまらないし」
「君はだいぶ決めつけが過ぎるな」
「でも間違ってはいないと思うわ」
ともあれ僕たちは茜音ちゃんの先導でベルシュカに向かった。
「あ、ここ昔アドアーズがあったところだ。ベルシュカっていう店だったのか」
「アドアーズって?」
「ゲームセンターだよ。茜音ちゃんには無縁な」
「私、ニンテンドースイッチ持ってるよ」
「ゲーマーだったのか、ごめん」
「スイッチを持ってるイコール、ゲーマーではないでしょう」
アドアーズがなくなった後、新しい店が入ったのは知っていたし、遠くから見もしたんだけど、なぜか店名には目がいってなかった。
「スイッチを持ってるってことは当然スプラトゥーンもやるの?」
「何で当然なのかはわからないけどやるよ」
「強い?」
「ランキングモードだとSランク」
「確か最高がS+じゃなかったっけ」
「そうだね」
「ゲーマーだなあ」
「ゲーマーじゃない。LOLなんて知らない」
「はい、ゲーマーだということが確定しました」
「LOLを知ってるからってゲーマーとは限らないでしょ」
「リーグオブレジェンドを知っている人はもれなくゲーマーです。間違いない。北海道では冬に雪が降る事くらい間違いない」
「雪の上で水練するくらいの間違いだよ」
「それはともあれ、早く入ろう」
中はおしゃれな外見から想像できるようにおしゃれだった。意外とそれほど値段は張らない。ジーンズメイトと同程度なんじゃないかと思うくらいだった。
「まあそのくらいだよね。高くても五千円くらいのものが多いし、500円くらいのものも結構売ってるしね」
確かに見てみるとブラウスのようなものが吊りさがったラックの上に赤い字で500円と書いてあった。500円の洋服なんて珍しいけど、男子ものでもあるのだろうか?
「さあ、そこまではわからないけど。後で見に行ってみればいいんじゃないかな」
僕はそうしてみることに決めた。値段がこの階のものと同じくらいだったら、何か買って見てもいいかもしれない。ちょうどセーターが欲しいところだった。
「ところでこのフロアにこれ以上僕が立ち入るのはかなりの精神的抵抗を感じるんだけど」
入り口付近のものを見終わって、奥に向かおうとした茜音ちゃんに僕は慌てて言った。
「大丈夫よ。センター街だと誰も他人のことは気にしてないもの。あなたがいきなりブラウスに頬ずりし始めたりしなければ」
「そんなことするわけないだろ」
「どうかしら。私のブラウスにしてもいいよって言われてもしない?」
「それは多分する」
「ロリコンね。一回死ねば」
「死んでもいいからする」
「本当にキモいんだけど」
「キモくてもいいからする。というかむしろ今する」
「今はダメ」
「なら後でならいいんだね?」
「……あれ?」
「じゃあ後でしよう。もちろんそのブラウスは着用したままだからね」
茜音ちゃんは何食わぬ顔をして中に入って行った。仕方がないので僕もついていく。奥の方、近くに人がいなくなったところで、茜音ちゃんが聞いてきた。
「本当にやるの?」
「もちろんさ」
「じゃあ、今ここでだったらやっていいよ」
僕は周りを見回した。近くに人はいないから声は誰にも聞こえていないだろうけど、そんなに広い店内ではないから視線はばっちり通っている。僕からはお客さんが四、五人見える。当然向こうから僕らも見えている。
「どうしたの? やらないの?」
やれやれ。そんなことで僕が怯むとでも思ったのか?
「ふむ。じゃあまずコートを脱いで、そこのラックの上にでも置いて」
「は、はい」
「それからそのセーターを首まで捲り上げて」
「こ、こうですか」
「ていっ」
僕は店内を見て誰もこっちを見ていないことを確認すると、ラックの陰に入るまで腰をかがめて、茜音ちゃんのお腹に頬ずりを敢行した。
少ししてから僕が離れると、茜音ちゃんはセーターを下ろしてコートを着直した。
「じゃあここはもう全部見たし、二階行かない?」
「は、はい」
え、なんで突っ込まないの? そう冷静になられるとこっちとしても対応に困るんだけど。
僕が振り向くとそこには金髪の外国人が立っていた。
「何をしていたのか?」
というよりセシル・ギャラッツだった。顔が引きつって少し日本語がおかしくなっている。
「中学生に服をまくらせてお腹に頬ずりとか何を考えていたのかな?」
僕はセシルの言うことをよく考えてみた。
「うわっ、小学生に服まくらせてお腹に頬ずりするなんて僕はいったい何を考えていたんだ?」
「あんたはあんたで服まくり上げて(僕の名前)にお腹に頬ずりさせるなんて何を考えていたの?」
茜音ちゃんは少し思案顔になってから、自分の体を抱きしめた。
「私は何を考えていたんだろう? ノリって怖いなー」
セシルは近づいてきて僕と茜音ちゃんの頭の上に拳を落とした。空手をやっているだけあって、痛い。
「今回はこれで勘弁してあげます。次は会社と学校に連絡します」
「ところで、なんでここに?」
「服を買いに来たのです。今ちょうどセールなので」
「何かいいもの見つかった?」
「何かよくない変態だったら見つけましたが」
辛辣だった。会社ではそんなそぶりはなかったが、なるときにはなれる人らしい。でもセシルは何かを思いついたように不安顔になった。
「ところで、もしかしてそっちの女の子はご家族でしたか?」
「あ、おしい、私この人の姪なの」
茜音ちゃんが嘘をついた。まださっきのことを気にして誤魔化そうとしているらしい。まあでも悪くない嘘かもしれない。
「そうなんだよ。さっきのはただのスキンシップだから、あまり深く捉えなくていいよ」
「姪だからといって許される限度を超えてました」
確かに!
「しかもこんな場所で」
確かに、確かに!
「それはともあれ、この子は一階は全部見たから二階に行こうかっていう話をしてたんだけど」
「ちょっと待ってください。すぐに全部見てしまうので、そうしたら二階に行きましょう」
僕たちはセシルが風のようにフロアを巡って服をチェックしていくのを眺めて、それから一緒に二階へ上がった。階段は通りの見える全面ガラス張りの壁に接して置かれていて、心を引きつける鮮やかな赤色だった。上の方を見ると鏡が貼ってあって、歩く人を楽しませることに注意を払ってるんだと思った。
「なんというか、心惹かれる赤だね」
「なんで心が惹かれるかわかりますか? 血の色に似ているからですよ。心というより、身体がこの色に惹かれているのです」
二階に着くと同じく服が並んでいた。一階で見た光景とあまり変わらない。でもスポブラらしきものが目の前のラックの端にかかっていた。一階とは少し品揃えが異なるらしい。
「このスポブラとこのスポブラ、どっちがいいと思いますか?」
「どちらかといえば、こっちかな」
ふと茜音ちゃんを見ると、驚いたような顔をしていた。
「どうかした?」
「大人なのね」
「そうだね」
僕はもう大人なのだ。大人になることが嫌だった時期もあったけど。
「だからスポブラに関するコメントもできる」
「その通り」




