ブレス・ユー
軍田はフランス語の看板がかかっている落ち着いた照明のバーに入った。僕も後に続くと、中にはカウンターに二人、テーブルに一人座っていた。全員男性で、テーブルに座っているのが白髪で小柄な老人で、カウンターの二人は僕達より少し年上の、三十代前半くらいに見える男性だった。二人は離れて座っていて、どうしてこんなところにいるんだろうという顔をしていた。ブレス・ユー。
僕と軍田は狭い店内の、おじいさんが座っているテーブルから一つ空けたテーブルにはす向かいに座った。こっちの方が話しやすいだろうという僕の気遣いだった。
すぐにウェイターがやって来た。僕達より若い女の子だった。アルバイトなのかもしれない。短い茶髪をポニーテールにして後ろでまとめている。
軍田はおまかせで、といい、こいつにも同じやつを、と付け足した。
「ハイ。ありがとうございます」
女の子はそういうと腰を八十五度くらいに折り曲げた。表情は硬いが、どことない気品を感じる見事なお辞儀で、思わず僕も頭を下げそうになってしまった。一秒くらいそのままでいると、素早く起き上がって、スタスタとカウンターの中に入っていった。
「仕事ができそうなウェイターだ」
と軍田が淡々と言った。
「でも家庭が不幸そうだ。没落した元貴族か元士族の家の子供かな? 未だに過去の習慣に囚われているとか」
「貴族制が廃止されたのは随分昔の話だ。昔の習慣から抜けれていないことがあるのか?」
「あるいは第二次世界大戦頃に没落したのかもしれない。空襲で家を焼かれたとか、戦争に反対し続けて財産を没収されたとか」
「まあ、そういうことならあるかもしれない」
少しとりとめのない話を軍田としていると、マスターらしい初老の男性がやって来て、お盆から茶色い液体の入ったオンザロック用のグラスを僕達二人の前に、トング付きの小さめのアイスボトルを近くに置いた。中の茶色い液体からは少し湯気が立っていた。
「ライム・クイーンです。私が作りました。ウイスキーを、ライムの香りと味をベースとした特殊なジュースで割っています。現在100度ですので、お好みで氷を入れて、楽しんでください」




