目の前でブレイクダンスをされてもお前だとわからないかもしれない
白崖さんはスピードを落として、車を大通りから脇道に入れた。原野と住宅地の境界の道だった。それからもう一度ハンドルを切って、住宅地に入った。
ベンツは一軒の家の前で止まった。全体的に茶色で統一された、デザイナーズハウスだった。理恵さんはここに住んでいるのだろうか?
白崖さんが降りてドアを開けてくれたので、僕と茜音ちゃんはベンツを降りた。白崖さんが控えめに、しかしよく音は響くように、木でできたドアをノックした。そんな風にドアをノックできる人はあんまりいない。もしかすると運転手の職業訓練の中にはノックの仕方も含まれていたのかもしれない。
ドアを開けて理恵さんが出て来た。
「茜音さんが見つかりましたので、お連れいたしました」白崖さんはそう硬い声で言ってからお辞儀をした。そしてすぐ傍に退いた。
「こんばんは」
理恵さんはまず、僕にお礼を言った。ありがとうございます、とても助かりました。それから、茜音ちゃんに向かって「どうして、いなくなっちゃったの?」と聞いた。茜音ちゃんは僕の予想通りむんと黙っていた。
理恵さんは困ったように薄く笑った。目が細められた。僕も薄く笑った。
「じゃあ、とりあえず、たしかに帰しましたので」
僕は帰ろうとした。すると理恵さんに引き止められた。
「夕ご飯は食べましたか?」
僕は少し考えてから、まだ食べてませんと嘘をついた。なんで嘘をついたんだろう。とても奇妙だ。
「じゃあ、上がって行かれませんか。ちょっと遅いですが、今晩御飯の用意ができたところなんです」
「いいですよ。迷惑になりますから」
「迷惑じゃありません。むしろここで帰る方がお礼をしたい私にとっての迷惑ということになります。あ、そういえば元体育会系なんでしたっけ。じゃあ、先輩命令です。上がって食べて行きなさい」
僕は渋々仰せに従うことにした。先輩命令を使われちゃなー。どうしようもないなー。
それで、その夜にはいくつかの奇妙なことが起こった。とてもとても奇妙なことなので、僕の筆力では残念なことに表現できない。
翌朝、僕が住んでいるワンルームマンションに戻る途中で、軍田に茜音ちゃんが見つかったということを知らせておかなければいけないことを思い出した。それで僕はスマートフォンを開けて、まず念のためにメールアプリを開いて着信メールを見てみた。すでに軍田からの連絡が来ていた。
「そういうことなら、会うのに問題はないが、俺は明日の午後の飛行機に乗ってアメリカに戻ることになっている。話ができるとしたら明日の午前中くらいだろう。そっちが大丈夫であれば電話で話してもいいと思うんだが、どうだろうか?」
僕はすぐに返信をした。
「ありがとう。だけど茜音ちゃんはもう見つかったんだ。もう行ってしまうのかと考えると寂しい。最後別れた時に君の機嫌が悪かったのは何かしら理由があるんだと思う。いつか教えてくれると嬉しい」
返信は電話だった。僕は電車に乗っていたので、取れなかった。次の駅で降り、プラットフォームの鉄柱に寄りかかって、リダイアルボタンを押した。三コールで軍田が出た。
「グットモーニング。(僕の苗字)か?」
「そうだけど」
「なあ、お前、これから会えないか? 昨日中途半端で終わってしまった話を最後までしたいんだ」
本当のところは僕は断りたかった。昨日色々あって疲れた上に、今朝は寝不足なのだ。家に帰ってのんびりネットゲームでもしていたかった。でも今日の午後帰る友達の頼みとあってはまさか拒否するわけにもいかない。
「いいよ。僕も興味があるしね。どこで待ち合わせようか?」
「迎えの車をやるよ。それに乗ってくればいい」
やれやれ。また迎えの車か。
「いいよ。電車とかバスとかに乗りたい気分なんだ」
「そうか、なら俺もお前に合わせよう。考えてみれば飛行機を除けば日本の公共交通機関に乗るなんてずいぶん久しぶりだからな。そろそろ二階建てになったか?」
「実を言うと、二階建ての車両がある電車は東京内を走っている。でもどこにしよう。何か希望はあるか? どこに滞在しているんだ?」
「お前の住んでいるところの近くでいいよ。吉祥寺とかどうなんだ?」
「特に反対意見を言う必要性は感じない」
「じゃあ、店の方は俺で調べておく。吉祥寺駅の北口に11時に来てくれ。お茶でも飲んで、それから飯にしよう。ああ、そうだ。それくらいの代金は俺に払わせてくれよ。俺の頼みを聞いてもらうわけだからな」
「わかった。楽しみにしておく。多分俺がお前を見つけるよ。お前は目立つからな」
「ああそうかもしれない。でもできればお前もすぐにわかるような格好をして来てほしい。スーツに革靴じゃあ、目の前でブレイクダンスをされてもお前だとわからないかもしれない」




