我々は何者だろう?
少しすると、案山子が見えてきた。細い木の棒を十時に組み合わせて立てて、布に新聞紙か何かを詰めて丸くしてへのへのもへじを描き、古い軍手を棒の先端に引っ掛けて輪ゴムでとめ、お古の洋服を着せて麦わら帽子を被せた、普通の案山子だった。少し斜めになっていて、右手が上がっているので、車で走っている人に手を振っているように見える。あるいはわざとそうしたのかもしれない。
もう少し行くと、青っぽい灰色の大きな鳥が見えてきた。くちばしは真っ黒で、足はほんのり赤い。撮影中のモデルのように歩いている。その鳥が歩いているところは草が生えていないので、細い川が流れているんだろうと僕はあたりをつけた。その草の生えていない帯は僕たちが行く先から続いていて、僕たちの来た方へと消えて行く。僕はゴーギャンの絵を思い出した。「我々はどこからきたのか、我々はどこへいくのか?」
「一つ忘れている」
と茜音ちゃんが言った。
「知ってる。でも今はそれを口にしたくなかったんだ。我々は何者だろう? 例えば、あの青い鳥みたいなものなんだろうか」
僕が指差した先を茜音ちゃんは覗き込んだ。
「青じゃない。灰色」
「あるいはそうかもしれない。つまり見る人によって違うかたちを持つのかもしれない」
茜音ちゃんは僕に感心したように言った。
「あなたって口先は大したものよね」
「口先だけじゃない。勘違いしないでほしい。僕は大学時代はアメリカンフットボールをやっていて、リーグ代表にも選ばれたことがある」
茜音ちゃんはそのことについてちょっと考えていた。そしてふうーと息を吐いて
「どこのポジションだったの?」
「コーナーバック。パスをカットしたり、走ってくる人がいれば体当たりして止めるのが役目だ」
「体当たりなんかして、反則にならないの?」
「君はアメリカンフットボールのことをよく知らないみたいだね。体当たりがなかったらアメリカンフットボールは成立しない」
「そうなの? コーナーキックはある?」
実にピン・ポイントな指摘だった。
「いや、ない。PKみたいなこともあるし、キックオフみたいなこともあるけど、コーナーキックだけはない」
「ふーん。じゃあ、スローインは?」
「スローインもない」
「スクラムを組んで相手とぶつかり合うことは?」
「それもない。そんなことをしたら相手にかわされて、タッチダウンされてしまう」
「かわしてもいいんだ」
「もちろん。ボールを持っている人は基本的にかわす以外の選択肢がないし、ディフェンス側は邪魔をする人をかわさないと、ボールを持っている人に体当たりできない」
「基本的にかわした方がうまくいく」
「そう。もちろんぶつかるかかりの人もいるけどね」
「実にアメリカ的」
「あるいはそうかもしれない。でもあまりそういうことを言わない方がいい。実は僕はFBIで、反アメリカ傾向のある君を調査しているのかもしれない」
茜音ちゃんは初めて笑顔を見せた。
「そうしたら私は逮捕されるのかな?」
「どうだろう。いきなり逮捕されることはないんじゃないかな。でも調査が継続されることになるかもしれない。いつまでも態度を改めなかったら、そのうち彼氏とよろしくやっているところも調査されるかもしれない」
茜音ちゃんは顔をしかめた。チャーミングなしかめ方だった。
「それは嫌」
「でもジャンヌ・ダルクは耐えた」
茜音ちゃんは見上げるように聞いた。
「本当?」
「ごめん実はあまりよく知らない」
「最低」
「たしかに」
白崖さんはもうすぐ着きます、と言った。いつのまにか目の前の車は赤いポルシェに変わっていた。




