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ハリネズミの旅  作者: 木村アヤ
12/42

背中の筋肉が収縮する

鍵を使って自動ドアを開けるとすぐに廊下で、正面にエレベーターが一機据え付けられてあった。それをくぐってエレベーターに乗ると、王さんが五階のボタンを押し、それから閉じるボタンを押した。

エレベーターの中は普段とは違う。狭い金属製の箱が、人間の健全な感情の流れを阻害している気がする。背中の深いところで筋肉が収縮する。自分ではないものに勝手に体を動かされる恐怖感を他の搭乗者と分かち合う。

王さんがパネルの前に立ったので、僕は反対側の角のところに立った。狭いのでそれでも大して離れてはいない。そして階数表示を見ないようにした。見ると時間が流れるのが遅く感じるし、わざわざ見なくても着いたら分かる。エレベーターが止まってから階を確認しても遅くはない。違う階だったら動かない。だいたいみんなヒトラーの演説が行われているように階数表示を見上げるのだ。小さい子供はあまり見ない。でも、大きくなるにつれ、だんだん見るようになっていく。周りの大人たちがみんな上を向いているからだ。

エレベーターが止まった。表示を見ると五階だった。王さんが促したので僕は先に出た。道路の反対側の一軒家の屋根が見えた。赤い瓦葺きで、真ん中に一本十字架が立っていたが、その後ろにアンテナが設置されていて、そのアンテナは十字架に紐やコードを使って固定されていた。

僕が多少呆然としてそれを見ていると、

「罰当たりでしょう。私も見ていてあまり気持ちのいいものではありません。全体的に、この国では宗教に対する敬意が薄いのです」

そしてやっと聞けた。

「中国生まれなんですか?」

「そうです」

そしてそれ以上王さんは何も言わなかった。なので僕も突っ込んで聞けなかった。いつまで中国にいたんですか? 日本のことをどう思っていますか? 遥か昔から日本よりずっと高い国力を保っていたけど、近代に入って一度追い抜かれ、そして大きな差こそついていないものの再び抜き返したことについてどう思いますか? 現在アメリカと中国を比べるとアメリカがやや国力で優っているように思えますが、どう思っていますか? 中華思想に則って考えれば、いつかは中国が追い抜くということになるのでしょうが、そういう考えは中国ではどれほど人口に膾炙しているのでしょうか? それとも考えるまでもなく、中国人が中国的判断に沿って行動すれば再び世界一になるのでしょうか?

王さんはドアノブを握り、少しためらってから開けた。鍵はかかっていなかった。王さんはフランス語で何か言った。僕は大学時代にフランス語を取ったが、単位は取れなかった。向いていなかったのだ。なので、それがフランス語だということはわかっても、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

部屋の奥からフランス語で返事が返ってきた。若い女性の声だ。発音からするとネイティブの人だろうか? 自分の使っている言語に自然な自信を持っている声だった。

女性が姿を現した。やはり日本人ではなかった。綺麗な白い肌と、サファイアのような目を持ち、黄金の髪を後ろでひっつめにしている。口が大きくて、笑うと口元にシワができる。着ているのはどこかの高価そうなブランドものらしい。僕はあまり詳しくないからわからないが、あまり派手ではない。趣味の良さを感じさせる格好だった。

王さんが何か言って、奥さんが僕に頭を下げた。九十度くらいのお辞儀だった。僕も同じく深いお辞儀をした。

王さんが振り返って僕に向かって日本語で言った。

「連れてくるから、ちょっと待っててくれ」

奥にいなくなってから二十秒くらいすると、王さんは中学一年生くらいの女の子の手を握って連れてきた。綺麗とはいえないけれど、どこか独特で不思議な感じがする。人間が一人もいないエメラルドグリーンの海を一匹で泳いでいる海亀の姿が頭の中に浮かんだ。マンタがその上を横切る。








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