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ハリネズミの旅  作者: 木村アヤ
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私はそのいかりを引き上げてもらわなければいけないのです

「実は田中さんが預かられている娘さんが私の部屋にいるのです」

僕は驚いて、箸を豚肉とキャベツと人参をまとめて挟んだところで止めてしまった。

「はい」

「実は田中さんの知り合いの娘さんが私の家にいるのです。しかしこの状況に至るまでには複雑な経緯があります。誓って、私が誘拐したわけでも、悪意を持ってそそのかしたわけでもありません。こうなった経緯を聞いていただけますか?」

やれやれ、いったいどうなっているのだろう。ドッキリ番組か何かだろうか?

「そしてできれば、このことを田中さんに伝えていただきたいのです。私は彼女にはストーカーと認識されているようですから、私は何もしていないと言っても聞いてくれないでしょうから」

僕は肩を叩かれた時からなんとなく予想していたことをついに口にした。

「ということはあなたが、例の田中さんの上司というわけですね?」

「その通りです。しかしストーカーの定義に乗っ取れば私はストーカーではありません。ストーカーとは恋愛感情あるいはそれから生まれた怨恨を満足させるためにつきまとうことを言います。従って、彼女の姉の恵美さんに会うために跡をつけていた私は当てはまらないのです」

理恵さんの姉に会うため?

「あなたは恵理さんを怖がらせたと聞いていますが」

「その通りです。それついては謝るところしかありません」

王さんはそれでも頭は下げなかった。

「昔私と彼女のお姉さんは付き合っていました。それからちょっとしたすれ違いがあって、あまり良くない別れ方をしたのです。しかし、私は彼女のことが忘れられなかった。結婚して子供が生まれた今になっても、彼女のことは私の心の中で、小さないかりとなってとどまっています。いかりにつながった船の上では、恵美さんが彼女の生活をし、人生を送っていらっしゃいます。バーベキューをしたり、洗濯物を干したりして。私はこのいかりを何とか彼女に引き上げてもらわなければいけないのです。でないと私は、妻のことを心の底から愛することができません」

「いかりというのは、船を止めるときの錨でいいんですね?」

「もちろんです。比喩ですが」

「そしてあなたは恵美さんと会って話がしたい」

「その通りです」

「どんな話をするんでしょうか?」

 王さんはちょっと困ったように目をそらした。そして毛虫でも見つけたかのように窓枠を見ていた。

「まあ、それはともかくですね、私は娘さんをお返ししたいんですよ。娘さんは僕が田中さんをつけて、さて帰ろうとしていた時、いつの間にか後ろにくっついたのです。僕が彼女に気がついたのは僕の住んでいるマンションの入り口でした。僕が鍵を開けると一緒に入り、エレベーターも僕が呼んだものに乗りました。そこまではよくあることだったので特に気にしませんでした。少し引っかかったのはこの年頃の少女が一人で帰宅するにはやや遅い時間だなあ、とそれだけでした。その少女は僕と同じフロアで降り、僕がマンション部屋の鍵を開けた途端、するっと中に入ったのです。

私はもちろん事情を聞きました。どうしたんだい? 家出でもしてきたのかい? 少女はただこう答えました。『私の名前は茜音。田中恵理さんに預かってもらっている』その他のことは何も言いません」

「それであなたは恵理さんに相談に行こうとしたものの、信用されるかわからなかったから、僕のところへ話しにきている」

王さんは、そうです、と答え、目の前に残っているものを片付け始めた。それで二人でしばらく黙って箸とスプーンを動かした。

大体食べ終わった後、王さんが店員を呼んで何か難しい名前のお茶を注文した。(僕の名前)さんも何かいるかと聞いてきたので、僕は同じものをくださいと言った。店員さんが奥の厨房へ行ってしまうと、王さんはまた口を開いた。

「茜音ちゃんは僕にとって親近感の湧く子供でした。どことなく気風や顔の形などが僕に似ています。僕も彼女くらいの歳には、何も喋れませんでしたしね。まあ彼女は喋れないのではなく、喋らないだけなのかもしれませんが」

お茶がやってきたので王さんは一口啜った。茶碗の持ち方は優雅で洗練されていた。なんとなくジョジョの奇妙な冒険の吉良吉影を彷彿とさせるような持ち方だった。

「吉良吉影を思い出させるような茶碗の持ち方をしますね」

王さんは首をかしげた。

「すいません、浅学ながらその方のことはご存知あげません」

そして彼はお茶をまた啜った。彼は僕と話すことに全然緊張していないように見える。同じ中国人から見たらまた違った風に見えるのかもしれないけど。

「それが二日前のことです。どうしたものかと途方に暮れていた時に、彼女があなたと話している所に出くわしたのです」





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