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塗り替えの序章

流氷溶け始める三月後半のバルト海。時期が変わり目を迎え新たなる季節を向かおうとしている風がこんな辺境の海にも吹いていた。そんな海を真っすぐに並び進撃せしむ艦隊が一つ。この海は他と比べ塩度が薄く非常に氷易く時として海全体を覆うほどであることもしばしばである。こんな三月の終わりですらまだ大きい氷が残っているのだ。そのためで有ろうか先頭を往く艦は先端が太くとられ砕氷能力を付与されていた。そんな艦隊七隻の艦艇にて構成される艦隊の中央に座する巨艦はただ忙しく動いていた。

「赤イワンはどう出るかね。」

艦橋上にて分厚いコートに身纏った上級将校かと思われる人物は息を吐きながらただ呟いた。顔の堀は深く皺は何層にも重なり人として生を成し長きに渡り生きてきたという貫禄に溢れていた。トレンドマークとも言えるべき顎髭は白く、その老年を如実に表した。首から下げた双眼鏡に分厚い手袋で保護した手をかけ双眼鏡を目まで持ち上げた。

その問いが自分に向けてであると理解した参謀は脳内の回路を逆流させ、計算で出され物を提示した。

「敵さんもこんな冬の期間に船を出し湾岸から来るとは思いませんでしょう。あの赤軍は革命が行われたと言えどその内情はコミュニストに便乗しただけの戰知らず阿呆共ですし、戦いとは教科書を読めばできると思っている烏合の衆です。しかしながら烏合とは言えどもしかしたらの推測で沿岸に配備したマラートの主砲を遥か遠き我々に矛先を向け牽制しているかと思われます。相手に対し慢心はせず、全身全霊を持ってとことん。草の根も生えぬほど叩くことを具申致します。」

参謀から放たれた力強き言葉には相手に対し情けはないという意識が現れていた。

「ははは、勿論だとも。私は赤軍…いやコミュニスト共相手に手加減など一切しないしそんな気など私には毛頭ない。私とて冬戦争に参加した身だ。目の前で戦友がただただ無残に散っていくのを見ているのだ。ただ自分の世界を形成せんとすコミュニスト共の所為で儚く散って行った赤軍兵士の目も私は見ている。私は敵であろうと何かの為に尽くす者には一介の素晴らしき戦士であると認め称賛を送るが称賛にも価せず、ただ憎悪しかわかぬ相手は初めてだ。人をただ道具としか扱わない人間に慈悲など無用。徹底抗戦のみだ。」

その声には怒りが篭り敵を殲滅せんとすかの如く殺意が同時に感じられた。ただの憎しみなどそんな甘いものではなく敵を灰燼と化さんとすべく憎しみの明かり…それは正に憎悪という一種の消えぬ煉獄であった。

「ところで果たして成功するのですか?」

強気な御老体に対し、隣の若年将校は弱気であった。

「なぁに、心配することなどない。ちゃんと相手を把握した上で本作戦は練られているし何より我々には神の祝福が付いている。あんな無神論者と違うのだよ。」

御老体は強気であった。それは今まさに訪れる戦いの火蓋を楽しみにしているかの様であった。

「そしていうが本艦はあんな欠陥だらけの…陸へ重点を置いた艦ではないのだよ。七つの海を船で制覇し世界帝國一歩手前まで上り詰めた英国海軍と軍艦にて対等に渡り合い多大なる損害を与えた経験を持つかのドイツが作った艦だ。確かに現状はフランスに負けてしまうがそれでも尚、堅実かつ強力な艦を建造できるに変わりはない。あんな主観的な、まして考えが前世代で硬直した海軍だ。新たなる一歩を模索し進んでいるこちらとは違うのだよ。故に我々はこのように空母を扱っているのではないか。」

「確かにそうでありますなぁ…」

若年将校は年を重ねた老年の上級将校の言葉を理解した。

「にしてもなんでこの艦をドイツは譲ってくれたのでしょうなぁ…」

若年の将校はただ一つ疑問に思ったことを言い放った。それを聞くと周り一帯を見回した後、言った。

「確かだがドイツ海軍の艦艇増量計画が一部改訂されたらしい。正規空母はその改訂に順次、開発を凍結されたようなのだ。」

「な…なんで凍結されたのですか?」

「そりゃワシにもわからんよ。ただ一つ言えるのはドイツ海軍という組織は水上艦艇に不向きということだ。」

「はぁ…ですがなんだか納得しかねますなぁ…折角、艤装の約90%は出来ていたというのに…」

「あの国は今や広大だ。故にだよ。一部しか守れない艦隊を運営するよりは満遍なく兵器を配置して防衛したほうが効率が良いのだ。」

「ですが…」

「かの国は陸が主だ。我々も然り。しかし彼らとは大きさが異なるのだよ。我々は北欧のとある一角、対して彼らは欧州の中心。その点を頭に入れれば納得がいくさ。」

「は…はあ…」

「まあ、とりあえず作戦に集中しよう。この我が国最初の航空母艦、グラーフ・ツェッペリン改めブリュンヒルデ級航空母艦一番艦ブリュンヒルデを信じてな。ところで航空戦隊はどんな感じだ?」

「航空戦隊でありますが順調に発艦準備に取り掛かっております。予定機でしたBf109が陸さんに優先的に配備になったのが残念でありましたが元々艦上戦闘機であった『あの機体』と一部工廠を入手できたのが非常に大きかったです。」

「そうだな。あの時はどうなるかとひやひやしたが結果としてこのように運用できているのはありがたいに尽きるよ。」

「ですね。」

「おっと、雑談は此処までの様だよ。作戦決行時間だ。気を引き締め給え。」

「了解!」

艦長は徐に通信機を口に当てると艦内へと放送をした。

『我が海軍初めての水上艦艇による大規模作戦だ!今までとは桁が違うぞ!いうがこれは訓練などの非現実的ものではない!死と狭間の生きるか死ぬかの二択しかない現実的な逃げることの許されないものだ!いいか!全員前者を選び勝利の酒盛りをしよう!!!各員配置につけぇ!』

老年から発せられた力強気一言は彼らを鼓舞させる。

「さあ、これでどっちが滅びるかのラグナロクの開始だ。」

独り呟くと何層にも重なった皺を引き上げ笑った。

老年の渾身の声は艦内を駆け巡った。それは正に目覚めを呼ぶアドレナリンの如く。艦という体に満遍なく行き渡った頃、甲板にはその効果が表れていた。エレベーターより挙げられた航空機は閉じた羽を大きく広げ今まさに上がろうとしていた。

「タンペレ工廠一つ丸々借りてなんとか間に合わせた甲斐があったな。」

甲板方向に移動した古強者は瞳孔を開ける限界まで開け、今飛び立たんとしている艦載機をじっくり見る。その顔には興奮のみが表れていた。そんな子供に帰った御老体の背中を見ながら話す。

「ですね。『空の真珠』ことF2Aバッファロー24機大規模改修を成功しえたのは独軍の技術と我が国が有する冬戦争を乗り切った熟練の整備士達の賜物です。」

「そうだな。多分、あの島に頼っていたらこれ以上の発展は見込めなかったろう。発艦はあとどれくらいになりそうだ?」

「全機発艦ですとあと20分は掛かりそうかと…」

「そうか…まあ、慌てず。着実な発艦を心掛けるようにしてくれ。」

「わかりました。そういっておきます。」

そう呟くと大きく息を吐いた。








甲板上は記念すべき一機が大海へ向けその雄姿を見せていた。見えぬ敵に向けられた機体は破壊の化身の形相を現していた。施しを受けカタパルトと言う楔に張り付けられた猛牛は咆哮を吐き、今か今かと待ち望んでいた。

そして時は満ちた。

発艦命令が下ったのだ。カタパルトのロックは外されかの猛牛は自身を拘束せしめる楔の開放を確認するや否や轟音響かせ遥かに飛んだ。羽に描かれた青き鍵十字は今機体を畏怖せしめていた。

「行きましたね。」

「嗚呼、生み親に捨てられ遥か遠方へと追いやられ孤高の地にて陸鳥として因果を背負うはずだった海鳥がな。」

「哀しい海鳥ですね。」

「だが、今やその海鳥は施しを受けた。神の因果による施しをな。そして正に一つの海は覇さんとすべくな。」

———頼むぞ。航空隊よ。


渡り鳥は今、巣立った。


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