三話 素直な恋心
日常の中に溺れると、自分も普通の中学生になっていった。深いことは悩まず、浅い悩みを深い悩みのように雄弁に話す中学生の仲間入りをした。
そんな日常の中で新しく問題として提起されたのは”恋”だった。
「ねぇ、恋ってなにかな。」
「そりゃぁ、好きと思えば恋だよ。」
あの日から、いつメンとなった私達三人、私、早苗、凛は恋について語っていた。早苗の不意な一言に私が返事を返すことで意味の無い討論が始まった。
私の好きな人は尾海君。
あんなに格好良いことをされたら好きになってしまう。少女漫画を彷彿とさせるあの出来事は彼を好きになるには充分すぎた。これがこつこつ積み上げて完成した恋愛ではなく、ふっ、と目の前に積まれ完成した状態で現れた恋愛だということは重々に承知している。
それでも、確かに積み上げられている”気持ち”という事実には変わりない。
みんながなんと言おうと、彼が好き。
どんな形でさえ、存在するこの”気持ち”に縋り、依存することを恋と呼ぶのだろう。それでいい、とはっきり思えた。
「そうだ、私、告白する。」
「え?!嘘?!いつ?!」
私の突然の宣言に目を見開いて驚く二人。
そんな二人に不敵に笑ってみせる。
「今。」
頭に?を浮かべ、間抜けに口を開けてる二人の顔を背中に向けて彼の元へ向かう。
「尾海君。」
「ん?なに?」
迷うことは無い。
思いを伝えるだけ。
「私、尾海君が好き。」
”驚いて頭が真っ白だ”容易に脳内が読み取れる表情を見せる尾海君を見つめながら、昔から素直で曲がってない人だ、と言われ続けてきたことを思い出す。昔から、好きなら好き嫌いなら嫌い、そういう生き方をしてきた。中学に入ってからは消えていた私の個性の一つ。それを思い出させてくれた彼には、すぐに伝えたいと思った。
好きを伝える理由なんて、好きという理由だけで充分。
「何、言ってんだよ。」
「好きなの。」
少しの時間をおいて私の目と合わせた彼の目に写るものは、焦りや驚きじゃなかった。
明らかな嫌悪と恐怖だった。
怒気を込め、私を煽るような笑顔を浮かべ、口を開く。
「はっ、俺に助けてもらって、おめでたく嬉しくなったか、そういう奴が一番嫌いなんだよ。俺のことなんかなんにも知らねえくせに、少女漫画の主人公にでもなったつもりかよ、気持ち悪い。」
目線が交わる。
ふと、我に返ったようにいつもの優しい目に戻る。
「ごめん、俺…ごめん。」
私は、口元を押さえながら走って教室を出ていく尾海君を見つめる。
「ねぇ、最悪だね?!あいつ、あんな言い方するなんていくら何でもありえないよ!」
私の元に駆け寄って、彼への怒りを表してくれる凛、心配そうにこちらを見つめる早苗を横目に私の頭は彼で溢れる。
あぁ、恋の病とは上手くいったものだ。
罵詈雑言を並べる彼にさえ、愛しさを感じた。
人間の怒りの裏には恐怖や悲しさを秘めている。秘められたそれらが間違えた形になって表面に表れたのが怒り。裏に隠れているものが知りたい。
何も知らないくせに。
彼の言葉が脳内で再生される。
何も知らないけれど、これから何かを知っても嫌いになることなんて出来ないくらい、この思いは完成されている。
全てを知りたい。
私の中を流れる血液は、酸素よりも高い濃度で、恋という物質量を流し続けているんだ。
だから、今も息があがって彼のこと以外考えられないんだ。
恋は盲目だと誰かが言うけれど、これも上手くいったものだ。
私は今まさに好きな人というなの暗闇に迷い込んでしまったのだから。