真っ赤なサンタクロース
今日は十二月二十五日、いわゆるクリスマスだ。都心の駅前の広場にはこの日の為に大きなツリーが立てられた。おおよそビル2階分に相当するであろうこの巨大なツリーは、赤や青の電光色で煌びやかに彩られ、幻想的な雰囲気を辺りに漂わせていた。
幼い子供を連れた家族、まだあどけない表情を残した若いカップル、人生の酸いも甘いも噛み分けたであろう老夫婦。誰もがツリーの美しさに酔いしれた。あまりの美しさに体を抱きあう者や唇を重ね合う者まで出てきたが、このツリーの下では全てが美化される。当たり前の事である。クリスマスとは愛を確かめ合う日だからだ。
無論、男同士あるいは女同士の者達だっていないわけではない。ただ、共にクリスマスを祝う特別な異性が現れなかった事を悔やみつつも、傷心を癒すべくツリーを眺めに来るのだ。ツリーはそういう者達の心をも暖かい感情にさせた。
普段は閑散としている広場も今日ばかりは大勢の人々で溢れかえっていた。
そんな大勢の人が集まる広場にサンタクロースの格好をした男が一人、ツリーのすぐ真下に現れた。横には立派な角を生やしたトナカイを連れている。サンタが本来やってくる時に用いるソリこそ見当たらなかったが、男の風体はずんぐりと肥えていて、白い髭が綿菓子の様にもこもこと生えていて、本物のサンタクロースそっくりであった。
これを目の当たりにした多くの人々は非日常的なシチュエーションに色めき立った。
子供達は大きな黒目をより一層まん丸にさせ、サンタクロースが眼前に現れた事に歓喜した。
多くの大人達も、実物のサンタクロースでは無いということこそ判っていたが、これから何かのショーが始まるのではないか、と期待に胸を膨らませた。
人々の期待に応えるかの様にサンタクロースはゆっくりとトナカイの頭を撫でながら、大勢の人々に向かって大きな伸びのある声で語りかけた。
「メリークリスマス。あなた達の為に今日はとっておきのプレゼントを用意してきました。」
サンタクロースは白髭の中に埋もれた口元を綻ばせ、微笑んでいるかのような表情を見せた。
ツリーを囲む大勢の人々は待ってましたとばかりにサンタクロースに拍手を送り、歓声を上げた。
ある子供が「サンタさん!私はクマのお人形さんが欲しい!」と無邪気な叫びを上げ、周囲を更に活気づけた。
駅前の広場は寒空の下で、いつの間にやら異様な熱気に包まれていた。
サンタクロースは周囲の盛り上がりに満足しきった様子で「では、早速プレゼントをお見せしましょう!」と肩に担いでいた大きな袋を地面に置いた。
大勢の人々は一体あの袋の中には何が入っているのか、頭の中で想像を巡らした。
ある者にとっては結婚指輪、ある者にとってはゲーム機器、ある者にとっては金銭。それぞれが各自の欲しい者を脳内に描きつつサンタクロースの行動をじっと見守った。
しかし、そんな人々の期待に反してサンタクロースが袋の中から取り出したのは大きな斧であった。
人々は面食らった様子でサンタクロースに野次を投げかけた。
「いったい、何のつもりだ!」
「斧なんて物騒なもの、早く閉まってよ!」
「まさかクリスマスツリーを切り倒す気じゃねえだろうなあ!」
サンタクロースは人々の野次にも、微動だにせず、さぞ満足気な様子で片手でフサフサした白髭をさすっている。
先ほどまでは天使のような笑みを浮かべていたサンタクロースの表情は今や悪魔が憑依したかの様な不敵な笑みに変化していた。
人々はざわめき、これから何が起こるのかさっぱり予期できない。
しかしながら、何か良からぬ事が起きる気配だけは皆が確実に感じ取っていた。
サンタクロースはしばらくの間斧を片手に、人々の様子を眺めていたが、周囲が徐々に静まり返っていくタイミングを見計らって人々に向かって叫んだ。
「では、今からプレゼントをお送りします。皆さんしっかりと見届けてください!」
それを言い終わるや否や、サンタクロースはゆっくりと斧を振り上げ、横に大人しく忠実に座っていたトナカイの頭めがけて思い切り振り下ろした。
トナカイの頭に見事に斧が直撃し、猛烈な血しぶきが吹き上がった。トナカイは釣り上げられた魚の様に小刻みに体を痙攣させ地面に倒れた。サンタクロースはその一撃だけでは飽き足らないといった様子で倒れこんだトナカイの腹や足めがけ、何度も斧を振り下ろした。
わずが二分ほどの出来事であった。
トナカイはもはや原型を留めておらず、ばらばらになった肉片が地面に転がり落ちて、内臓が至る所に散乱していた。サンタクロースの白い髭は、どす黒い赤色に染まり上がり、髭の先端からは血液が滴り落ちていた。
人々はあまりのグロテスクな光景を目の当たりにして悲鳴を挙げる者さえいなかった。
子供達は目の前で起こった事実をよく認識できない様子で口をポカンと開け、放心状態に陥っていた。
また、嘔吐する者や声を出さずに涙だけを流す者、いつの間にか駅前の広場は地獄さながらの風景に変化した。
サンタクロースは一連の行動を終え、茫然とする人々の様子を目の当たりにし、圧倒的な征服感を感じると共に抑えきれないような性的興奮を覚えた。
サンタクロースは元々赤かった柄を更に赤黒く染め上げたズボンのベルトを外し、勢いよく下半身をさらけ出した。露わになった下腹部ははち切れんばかりに勃起していた。
サンタクロースはそれを片手で握りしめ、激しく擦った。
もはや人々は、何の抵抗も覚えること無く、ただ黙ってサンタクロースの異常な自慰行為を見つめている。
サンタクロースは人々の生気を無くした顔を見る度に興奮した。特に子供の幻想を打ち破られたかのような顔はサンタクロースにとって特に興奮させる材料であった。
サンタクロースは手を休めること無く更に激しく擦った。
いよいよ昇天に上り詰めかけたその時、駅前の広場に多くの警官が駆け込んだ。
警官達は目の前の異様な光景に、一瞬怖気づいた様子であったが、勇気を奮い起こし、この猟奇的な事件の犯人を確保すべく慎重にツリーの真下の方に足を向けた。
しかしそんな事には目もくれずサンタクロースは自慰を続けた。
そして、遂に最高のエクスタシーに達した。下腹から勢いよく発射された白い液体がトナカイのぐちゃぐちゃになった肉片の上に飛び散った。
自慰行為を終えたサンタクロースは目が真っ赤に充血し、口からは唾液が垂れ流され、まさに狂人そのものの風貌であった。
それからすぐに、五人の警官がサンタクロースを拘束した。
サンタクロースは何の抵抗をする事もなく、大人しく手錠をはめられる事に従った。
ただ依然として恍惚の表情を浮かべながらたった一言こう言った。
「人々が愛を望むように、俺は今日行ったことをずっと昔から望んでいたんだ。」