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美しい日々

「君は悪くない……」


 高畑同様カテジナも何とか絞り出すが、小気味良く揺れていた長耳は影を潜め、すっかり萎れ垂れ下がってしまう。


 耳の角度と比例する様に重苦しくなって行く雰囲気だったが。


「ワン!」


 空気を読んだかいないのか。

 風切り音がする程の勢いで尻尾を振るニナの一吼えよって、暗くなりかけた空気が霧散する。


 黒いつぶらな瞳を真っ直ぐに向けるニナに、カテジナは思わず笑ってしまう。


「淑女たる者、もう少しお淑やかに催促しないとダメなんだぞ」


 トレーに残った最後の一皿をニナの前に置きながら、カテジナは白くフワフワした首筋を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細めたニナだったが、我慢出来ないとばかりに鼻を鳴らすと、皿に顔を埋める様に食べ始める。


 それでも構わず背中を撫で続けるカテジナへ、高畑が苦笑いを浮かべながら声をかけた。


「カテジナ、俺達も食事にしよう」


「ん」


 最短の返事をしたカテジナが椅子に座ると、高畑が手を合わせる。


「いただきます」


 それに倣いカテジナも手を揃え続くと、目の前でバナナの皮を剥く高畑の姿に形の良い眉を彼女はひそめる。


「人の趣向に文句をつける訳ではないが、味噌汁とバナナの組合せは正直どうかと思うのだが」


「んー? そうか? バナナは脳への即効性もあって栄養価の高い食べ物だし、味噌汁は胃に優しいしカテジナの作るのには野菜も多くてバランスもいい。それに味も結構合うと思うぞ」


 そう言うと、高畑は綺麗に三枚に分けて剥いたバナナをかじる。


「私には理解出来ない。こっちの食事はこんなにも美味なのに、あえてその組合せは有り得ない」


「つーか盛り盛りチョコレートペースト塗ったトーストが好物な人もどうかと思う。……肥るぞ」


 言うや否や比喩でも無く、風も無いのにカテジナの緩やかに波打つ白い髪がユラリと宙を漂う。


「よし、ソウイチロウ。表に出ろ」


「じょ、冗談に決まってるじゃないですかっ」


「ソウイチロウ。越えてはいけない線があるのだよ。それにチョコレートは君だって好物だろう?」


「好きではあるけれど、カテジナ程ではないだろ」


「……お、美味しいんだからしょうがないだろうっ」


「限度と言う物があってだな」


「う、うるさいっ、別に肥ってなどいないし別によかろうが!?」


「1.2キログラム」


「っ!? なぜそれをっ」


「カテジナさんよー、嘘はいけねぇぜ」


「くっ殺せっ」



 嘘を見破られたカテジナは羞恥に顔を染め上げ、褐色の肌に朱がさすと、そんな彼女を尻目に高畑は大笑いする。


 そんな彼に釣られてカテジナも笑う。


 暫く机を叩き笑い続けた高畑だったが、いつしか笑い声は消え、代わりに鼻を啜る音へと変わる。

 彼の握りしめた手は固く閉じられ、爪が皮を破り血が流れる。


「ソウイチロウ……」


「2/14」


「え?」


「次の満月。この日にカテジナ、君を元の世界へ還す」


「……そうか……」


「あぁ、ようやくだ。随分と待たせて悪かったな」


「別に待ってなどいなかったさ……」


 カテジナの言葉を最後に二人は食事に戻る。

 ただの一言も交わす事無く、黙々と食べるだけだった。



 *



 二人の想いを嘲笑う様に時は刻まれ、2/14が365日の内の一日としてやってきた。


 枕横で囁くカテジナの声を録音した目覚まし時計を止め、高畑は顔を洗いに洗面へ向かう。


「日課というのはすげぇなぁ」


 人生の岐路になるであろう当日を迎えても、身体に刷り込まれた習慣をこなす己に自虐的な言葉がでた。

 スリッパも履かずペタペタと洗面へ着くと、すっかりと嗅ぎ慣れたチョコよりも甘い女の匂いがした。


 カテジナの存在に気付いた高畑は慌てて引き返そうとしたが、彼女も彼の接近に気付いており、立ち去る前にドアが開かれた。


「に、逃げる事はないだろう」


 この時の高畑にはカテジナの言葉は頭に入らなかった。


 何故なら。


 普段彼女は無地のTシャツと、チノやデニムのパンツと言う色気の無い格好しかしない、のにもかかわらず。


 高畑の目の前に立っているカテジナ・リスカは、艶やかに磨かれた褐色の肌を一斤染(いっこんぞめ)のニットワンピースから覗かせ、オープンショルダーなど着馴れ無い服のせいか恥ずかしそうに露出部全てに朱をさしていた。


 予期せぬタイミングでの遭遇に、カテジナの体温は更に急上昇する。

 それに伴い上気した彼女の匂い広がり、高畑を遺伝子レベルで虜にしていく。


 目を皿の様にした高畑は、潤む瞳を上目遣いにするカテジナに、言葉を忘れただ見惚れる。


 しかし女性であるカテジナは、清水の舞台から飛び降りる想いで着た服にノーリアクションは悲しかった。


「に、似合わぬよな……」


 震える声でカテジナは伏し目がちにそう言うと、高畑の脇を逃げる様に抜ける時だった。


「めちゃくちゃ可愛い!」


 突如興奮した口調で大声で叫んだ高畑は、彼女の露出した両肩を掴み引き留めると、カテジナの長耳がピンっと息を吹き返す。


「ほ、本当か? 前雑誌に載っていたこんな感じの服装をしていた女子を、ソウイチロウが可愛いと言っていたのを参考にして、思い切って買った甲斐があったと言う物だ」


 頬を染め目尻を下げるカテジナに高畑の心臓が暴れまわり、どうしようも無く接吻をしたくなった(ケダモノ)は、勢いに任せ決行しようとした時だった。


「ソウイチロウ! 16::00に研究棟裏に来てくれ!」


 爆発しそうなくらい顔を真っ赤にしたカテジナは、泣きそうになりながら叫び走り去っていく。


 迸る情熱をもて余す男は、ただ呆然と立つだけだった。



 *



 氷点下に維持された部屋で高畑は、黙々と【召還】の準備を終わらせていく。


 白い息を吐きながら、一つ一つ何度も何度も確認してはチェックシートに丸を入れる。


 その(しるし)をつける度に、カテジナとの思い出が甦る。


 初めて高畑の名前を言えた時。

 初めてカテジナの名前を書けた時。

 初めてお風呂を見せた時。

 初めて手に触れた時。

 初めて炭酸飲料を飲ませ時。

 初めて一緒に料理をした時。

 初めて買い物に行った時。

 初めてお揃いの物を持った時。

 初めてケンカした時。





 初めて人を好きになった時。





 高畑惣一郎の二つの眼から涙が枯れる事は無かった。




 *



 姿見の前で全身をチェックする異世界の美少女。

 薄めの化粧を直しながら緩やかに癖のある髪を耳にかけ、想い人の好みに合わせセットしていく。


 可愛いと言ってくれた両耳。

 褐色の肌に合うんじゃないか、と彼がプレゼントしてくれたオレンジのリップ。


 不器用に笑う少年は二年経ち青年へと成長した。


 日々逞しくなっていく異世界の男に、どうしようも無く惹かれる自分に気付いた時には、もう焦がす想いに全身を焼かれていた。


 だからカテジナ・リスカは笑う。

 泣いて別れるのは嫌だから。


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