花と共に
簡単に意識を刈り取られた高畑であったが、夢の中でも思考を巡らせていた。
師の理論を自分なりに解釈アレンジした実験。
結果は予想通り。
無機物は【跳躍】失敗。
有機物も【跳躍】失敗。
生物は【跳躍】成功。
ただし【跳躍】後、原型を留めた個体は無しで傾向として生物として複雑である程、元の姿を残さない事が解った。
また世界政府が行った実験失敗の主なる原因は、【無機物と有機物】を使用した為だと結論付け、恐らく装置や環境はあのままでも、【跳躍】自体は【生物】を使用すれば成功したであろうとも推測出来た。
そして高畑なりにアレンジした実験からある仮説が一つ浮かんだ。
【次元及び時空の跳躍】は誤りでは泣いだろうか。
正しくは【次元及び時空を越えての召喚】ではないのだろうかと。何故なら、【跳躍】させた生物が、全て【似てはいるが別の生物】になったからだった。
最初は遺伝子混合や強制的な遺伝子組み換えを疑ったが、【跳躍対象生物】に直接焼き入れた刻印が綺麗サッパリ消えているのを確認してから、【対象生物】を素に【別の生物】へと置き換えているのでは、に行き着いた。
【無機物】や【有機物】の跳躍失敗に対しての仮説については、【呼び出される先の世界】も【自分達の世界】も同じ物質な為、【跳躍】する必要が無いからだろう。
そこまで思考した所で、高畑の意識が物理的な接触を伴った振動によって覚醒させられる。
徐々にハッキリしていく中で、左側頭部のヒリつく痛みが高畑を現実世界へと呼び戻す。濃厚に絡むシナプスによって桜色のナニかを思い出す前に、またしても理解不能な言語が高畑にかけられた。
「kmnd,xsayjobfwwawjkkkkkk?」
ゆっくりと眼を開くと、心配そうに覗き込む見知らぬ少女とニナが写るが、高畑が意識を取り戻したと分かるとカテジナは安堵の表情を浮かべつつ、羽織った白い布の合わせ目を彼から守る様にキツく握る。
その様子を見た高畑は自分の粗方を思い出す。
不可抗力とは言え女性の裸を見てしまった事には変わり無く、身を起こしながら高畑は素直に謝罪を口にする。
「あー通じるかどうか疑わしいが、申し訳無かった」
深く頭を下げ、それと同時に白衣のポケットからメモ用紙とペンを取り出し、同じ様に文字にするとカテジナは一瞬不思議そうな表情を浮かべるが、高畑の次の行動によって理解する。
「たかばた・そういちろう」
顔を上げた高畑は自らを指差し名乗り、またそれを文字に書き起こすと、メモとペンをカテジナに渡す。
物珍しそうに受け取ったカテジナだったが、高畑の意図を理解してか先程までが嘘の様にゆっくりと口を開いた。
「vkopawr・jnm@kah」
彼女によって書かれた文字はヘブライ語に似た感じだったが、発音も文法も全く違っているのが解った。
しかしお互いに、それとなく意思の疎通が出来た為、どちらともなく笑い声が漏れた。
これが高畑惣一郎とカテジナ・リスカの、最初の一歩だった。
*
「待たせたなって、また懐かしいの読んでいるな?」
出来上がった朝食を運んできたパステルイエローのエプロンを身に付けたカテジナは、高畑が手にしていたノートを見て長耳を揺らし笑いながら皿をテーブルに並べていく。
「大事な思い出だからね。何度でも読み返すよ」
あの夜から始まったカテジナとの生活が綴られた大事な記録。
「……そんな顔をしないでくれ」
不器用に片方の口角を吊り上げたぎこちない笑みを見せた高畑へ、カテジナは悲しそうな視線を送る。
「……わるい」
視線を合わせず大切そうにノートを眺める高畑は、そう一言絞り出すのが精一杯だった。
*
人間離れした完璧な美を体言する少女カテジナ。
髪や肌、瞳は地球人にも同じ色を持つ人種は存在するが、彼女最大の特徴である【物語で描かれるエルフ】の様な尖った長耳は流石に皆無だった。
高畑はカテジナの外見的特徴や【あの夜】から始まった交流を経て、彼女が【召喚】された存在だと確信していく。
何一つ共通しない地理と歴史。
聞いた事の無い生物。
極めつけは【量子言語】を無視した【魔法】の行使。なんとカテジナは高畑達と違い、無手で【魔法】を使って見せたのだった。
17歳にして地球最高の頭脳に挙げられる彼は、自分に理解出来ない事象の発現に狂喜し、【異世界人】だと確信した瞬間から高畑は、【次元及び時空を越えての召喚】の研究にのめり込んで行くのは必然だった。
彼は自分に使える物を総動員して没頭していき、同じ位カテジナにも全てを向け彼女を理解しようとした。
片や、祭り上げられ多感な時期を謳歌出来ずにいる少年。
片や、運命に翻弄され次元を越えてしまった少女。
そんな二人が惹かれ合うのに、理由なんて野暮な物はいらなかった。
高畑は研究の合間を縫って、カテジナの下へ出向きコミュニケーションを重ね、その甲斐あってか半年程でお互いの言葉を使って話せるまでになるのであった。
*
高畑は【異世界召喚】の条件に直ぐに辿り着く。
スイッチの切り忘れに様によって、オーバーフロウ寸前まで蓄積したエネルギーを注がれた跳躍対象生物。
マイナス2.14度に保たれた密室。
満月の光。
師の遺した資料と、自らが生み出したデータから紡ぎあげた結論は三つの条件と、たった一つの偶然だけだった。
「ワタシ、ココニクルマエ、ハハトケンカシタ。ソレデトオクニニゲタイトネガッタラ、アソコニイタ」
カテジナの言葉でラストピースが埋まる。
【量子言語】。いわゆる言霊の力を理論付け、体系化した技術で作られた機器。
それによって満たされた場に、【カテジナのいた世界】と繋がる為の条件が導かれる様に合致し、天文学的な確率で繋がった世界に、【運悪く】捕まったのが少女の発した【強い想い】。
母一人子一人で睦まじく暮らし、たった一人の肉親からの言葉は到底カテジナには受け入れられない物だった。
美しい容姿以上にカテジナには魔法の素質があり、本人もそれを活かせる冒険者になる為に日々鍛練を繰り返してきた。
危険もつきまとうが、病弱でありながらも女手一つで自分を育ててくれた母に、楽をさせてやりたいの一心で才能を磨いた。
だが自分の為に危険を冒す娘へ、善政を行い領民から慕われている領主からの縁談が舞い込んだ事で母は決断する。
領主の次男へ、との内容だったが自力で立ち上げた商店を切り盛りしており、店も本人も評判が良かったのが決め手だった。
『冒険者になるのは止めて嫁ぎなさい』
母の言葉は純粋に娘を想うが故に。
しかしまだ大人に成りきれていなかったカテジナは、母の気持ちと言葉を素直に受け入れられず、感情のままに飛び出してしまう。
そして【召喚の魔法】は繋がった世界で、その瞬間最も強い【量子言語】を発したカテジナを絡め捕り、次元を航らせた。
これがカテジナから聞いた話と、データから導き出した高畑の答えだった。




