私
ああああもううるさいっうるさいっうるさいいい!!!!私を取り囲み甲高く品の無い声で罵る醜いギャル共から、私はただただ頭を抱えて小さく小さく縮こまる。私がなにしたってい「死ねやブース」「お前誰の許可で生きてんだよ」うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっうるさいいいいい……―――――――
「…………様、ベアトリーチェ様、朝でございます。」
ハッと男の声で目を覚ます。その途端視界にうつる私を覗き込む冷たく鋭利でしかし美しい顔に、私は思わず安堵の息を吐いた。………そうだ、私はベアトリーチェだ。もう、榎本さやかなんかじゃない……。そう自覚した途端全身にじっとりと汗をかいていることに気がついて、「……風呂…」とだけ呟く。
「用意できております」
そんな私に彼は淡々とそう言ってベッドから起き上がる私を待った。相変わらず無表情な奴だ。なんの素材かは知らないが滑らかで高級そうなシーツを何も身につけていない肌にそのまま身にまとう。モーガンは眉一つ動かさない。私も気にしない。浴室に続く扉は開放されておりそこから漂う薔薇の香に、私は思わずフッ…と笑ってしまった。私が榎本さやかだった頃なら全く考えられない生活から来る笑みだった。ああ、転生万歳…!そう思うと同時にシーツを落とすと、気配を感じさせずに背後にいたモーガンが音もなくそれを受け取った。
私はいわゆる転生者だ。前世では現代日本でブスに生まれ負け組としていき、引きこもりとなった榎本さやかという女の子だった。言っておくが自殺したわけではない。ビタミン剤と間違えて睡眠薬を過剰摂取してしまっただけで、断じて自殺ではない。まあ、最後まで無様で哀れな人生を送っていたことに間違いはないが。
そんな私が、ふと気が付いたら一国の君主の娘になっていたのだ。しかも、その国は王が男であることを求めなかった。つまりは女も王位を継承する権利があったのである。
だから父王亡き後、誰もが直系の跡取りである私が玉座につくことに反対する奴などいなかった。国に隷属する魔物ゾーケーすらもこの私を王だと認めたのだ。
ゾーケーというのは、決まった姿を持たない魔物のことである。私の国を含んだアトゥ大陸の四つの国の代々の王にはそれぞれ異なった力を持つゾーケーがその王の命尽きるまで絶対的忠誠を誓う。
王を育てる力、王を導く力、王を正す力、そして、王を助ける力。
似て非なる力を持ったそれぞれのゾーケーは、その力に則った行動である限り万能になることができ、王の右腕となるのだ。
ゾーケーは王以外にはけして従わない。そして、王にはけして逆らわない。
「モーガン」
「はい」
湯槽から上がり浴場から濡れたまま出て来た私は私のゾーケーを呼ぶ。素早く丁寧に私の身支度を整えている男の顔を見つめながら、私はこの幸せを噛みしめるのだ。
絶対に失うものか。
この生活も、国も、玉座も、この男も。
「……歓声が聞こえる」
「みなベアトリーチェ様を待っているのでございます」
右手にあるバルコニーから聞こえる私を呼ぶ大勢の声に、答えが分かっていながら私はモーガンに尋ねる。毎日毎日。
嫌味でしか言われなかった「あなたを待ってる」という言葉に、今これが現実であるということを確認するために。しつこかろうがなんだろうが、今私が榎本さやかなんかではないことを実感できるように…。
私は豪奢な真紅のドレスを身にまとい、以前テレビで見たイギリス王室のものよりもっと繊細で美しく歴史的情緒を感じるバルコニーへ姿を現す。
途端国中でら湧き上がる城下の者たちの心地よい歓声をこの身に受け、国民達を一瞥することもなく私はこの国の頂上から私の国を見下ろした。
私だけの王国、カルディア国を。