夜明け、そして暁
「そ…………んな」
真っ赤な紅の炎を吹き上げながら家は燃える。
すでに下の方には真っ赤な燃え滓になった柱が転がっていた。
「な……っ、何……で?」
「おい、待てよ!」
へたり込んだあたしの隣に立っていたかみちゃんが火事場から走り去る人影を捕まえた。
「だ………れ?」
炎の明かりに照らされたその人は、掴まれた腕を振り解こうと必死になっていた。
「何で…、雲間さんが、ココに、居るの……?」
「コイツだよ……家に火を付けたのも足を包丁で切ったのも……」
その雲間は、いつも学校で見るような意志の弱そうな人ではなく、ちゃんと意思を持った人間だと感じさせた。
その瞳には強い決意の色が伺えた。
まだ放心状態だったあたしはやけに落ち着いて尋ねた。
「何あたしの家に放火したり、あたしを傷つけたりしたの?」
「命令だからだよ!!」
火事場の喧騒などまるで聞こえなくなった。
あたし達の間には、ただただ深い静寂があった。
「だ…」
「出川泰菜からさ!」
「それで?」
「私は利用価値のある使い捨てのカメラみたいな物さ────────
私は利用価値のある使い捨てのカメラみたいな物さ、最初はあっちの気まぐれに適当な気持ちで付き合ってだけ。
本当は手を組むなんて事は夢にも思ってなかった。
でもさ。人の人生なんてしょっちゅう変わるから。
私の両親が交通事故でいっぺんに死んだ時、私は一滴の涙も見せなかった。
それが後にトラウマになってそれを見た泰菜が正式に雇ったって経緯。
でも、他の人みたいに普通には扱ってもらえなかった。
だって私だって過去にイジメられてたんだから、当たり前よね。
それでこんな爪弾き者のやるような役を演じてるわけ。
あんたがこの学校に転校してきたあの日から、舞台は整えられていたのよ。
一部の人間の気持ちと大勢の人間の潜在意識によって。
厄介な仕事は全部私に回ってきたわ。
そう、放火と傷害よ。
この事は泰菜も知ってる。私が捕まる事も自分が洗い出される事も覚悟でコレを操ってる。
私には、こんな危険を犯してまであなたを徹底的に追い詰めるなんて思想は理解に苦しむけど。
でも憶えておけばいい───────────
でも憶えておけばいい、あなたにも悪い所はあるんだと思う」
そう言うと、最後にこう付け加えた。
「殺すこともね」
「な……何だって!?」
驚いて2人とも動けない内に雲間はかみちゃんを突き飛ばし、紅の炎でナイフを煌かせながらあたしの方に突進してきて、
その勢いでナイフを深々と突き刺した。
鮮血が勢いよく迸り、あたしの顔と雲間の達成感に満ちた顔に飛び散る。
ナイフが刺さった所からじわじわと白熱の痛みがどんどん広がってくる。
「がっ………、ぅっ………ぁ…」
命が
尽きていく感じがした
それでも
かまわないと思えたんだ
何故だろう
それは
あなたが呼んでいてくれたから
あなたが抱きしめてくれたから
ほら、もう
暗闇が
夕暮れのように迫ってくるよ
また、逢う日まで………
その時は、いじめられないように
がんばるから………
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、
その子の名は夢野夜奈。
クラスでのイジメに遭い、ナイフで刺された。
それから1週間………一向に目を覚まさない彼女をずっと見ているその子は、上久保明。
彼女の彼氏だと言う
時折うなされて身動きする他は息もして無いような彼女の様子をずっとみている彼。
それは私達看護婦から見ていても微笑ましいし、羨ましい光景だった。
だって今時こんな誠実な彼氏なんて居ないでしょう。
「ねぇ、ちょっと休んだら?自分の方が持たないわよ」
「いいです、これ位彼女に比べたらかすり傷程度ですよ」
「そう、でも本当に体調を壊したら彼女も悲しむわよ、ほどほどにね」
そう言って、私は病室を後にした。
看護婦さんと話してから、一層落ち込んだ気がする………。
こいつも全然目を覚まさないし………。
あの時僕がちゃんと雲間を捕まえていれば…こんな事にはならなかったのに………。
代わってあげれたらどんなにいいか………。
僕が目を覚まさなくなったら確かに夜奈は悲しむだろう………。
でも…、それくらいしか僕には出来ることが無いんだ………。
頼むから……、お願いだから……、起きてくれ………。
何故…僕ではなかったのか、容易に分かる……。
あいつらの目的は最初っから夜奈だったんだ………。
僕に出来る事が無いなら………。
もし代わる事が出来ないなら、同じ苦しみを………。
同じ苦しみを一瞬でもいいから味わわせて下さい………。
僕は夜奈を守ってやれなかった。
守って、やれなかったんだ………。
熱い涙が、こぼれた
涙の雫はシーツに、パジャマに、そして頬に堕ちた
輝きながら、堕ちた
それはまるで
命の儚さを見ている様で………
目を開けても
閉じても
後から、後から
流れてきて
輝きながら、堕ちた
「ぁ………き……、ら……。何………で、泣い………てる、、の?」
起き抜けの瞳は少し濁っていて、その濁った瞳には泣いている自分の姿がハッキリと映し出されていた。
「何でも……無いよ、それより」
「何でも…無くない、かみちゃんが泣いてるんだもん。きっと…何かあったに違いないから」
……あぁ、何でも分かってるんだ。
そう思って、話し始めた。
隠すことは、出来ないから。
……………………………………………………………………………………………………………………
「そう…だったんだ。ごめんね……心配させちゃって」
まだきこちないながらも手を持ち上げて頬を流れる涙をすくった。
「あたし……コレからリハビリだから……頑張るね、すぐに学校戻れるように」
「うん……オレも学校で…消されないように頑張るよ」
「OK、だから………誰も来ないうちに……キスして」
目を見張った。
彼女からキスを求めることは無かったから。
だからこそ、嬉しくて。
ちゅぅっ、くちゅ……
ついばむように、舌をいれてお互いの口の中を貪る。
やっと離れた時、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした夜奈が可愛かった。
「また………今度な」
「うん、また来てね」
名残惜しそうに別れを告げる2人と、窓の外の初雪が名残雪に見えたのは偶然だろうか。
次の日からリハビリが始まった。
傷口が鈍く傷む中、何度も何度も転びながらも頑張った。
そしてあと1週間で退院できる頃。
あの試練が始まった。
それは、泰菜が仕掛ける最後の舞台だった。
その女は、一見ただのお見舞いに来てくれた級友。
そして、イジメを告白してくれた2人の女子の1人だった。
「あ、あなたは……竹中 夕紀さん?」
「うん、ごめんね…私がもっとしっかり注意してればこんな事にはならなかったのに……」
一言言うたびに涙がせり上がってきて、遂には一筋の線となって溢れた。
「そ、そそそそんな事無いよ………(焦」
それからしばらく夕紀は泣き続けてたが、ようやくすっきりしたのか泣き止んだ。
「あぁ、すっきりした。そうそう、皆からメッセージ」
(??、メッセージって……あの皆がそんな事言うのかな?)
「『リハビリご苦労様、死ぬ為だけに生きてくれて嬉しいよ。もうすぐ楽に死ねるよ』」
「??!!この声は………泰菜!?」
「そう、よく分かったね。まぁ、あんだけ聞き慣れてたら当たり前か」
「あんた………泰菜の差し金ね、今度は何???」
「最後の関門、私の精神作戦乗り切れた奴はまだ居ないから、まっ、せいぜい綺麗な真紅の血を自分で流して、
私に見せてね」
「…………そんな脅しに誰が屈するもんですか」
「まぁ今のうちに分かるよ」
そう言って夕紀は看護婦さんと入れ替わりに病室を出て行った。
(誰があんな低レベルの子供騙しに付き合わなきゃいけないの?バッカみたいじゃない)
退院する日、荷物をまとめていたら白い粉が枕の下から出てきた。
「?ねぇかみちゃん、コレ何??」
「さぁ?いつからあるの、ソレ?」
「え〜、知らない。飲み忘れた薬かな?」
丁度来た看護婦さんに聞いてみた。
「この薬って何ですかね?」
「それは………この病院で支給された薬ではありませんね」
「……そっ、そうですか。ありがとうございます………」
「そうだ、この薬何の薬か調べてくれませんか?」
「あっ、いいですよ。ちょっと待ってて下さい」
看護婦さんが出て行ってまた2人きりになった時、重苦しい沈黙がのしかかった。
「あの薬………まさか覚醒剤とか言ったらあたし達……逮捕されちゃうのかな?」
「でもそんな事はいくらなんでもないと思うけどな」
それからたっぷり7分は待った(微妙な時間〜〜)。
「調べて来ましたよ」
「な、何でした?」
「タリウムでしたよ」
「「タっタリウム!!?」」
タリウムと言えば少し前世間をお騒がせした劇物(?)ではないか!
「えぇ、でも袋に入っていたので身体に影響は無いです」
「あ……それはどうも」
そう言って病院を後にした。
よくよく考えたらタリウムを置けたのは夕紀だけだった。
久しぶりの学校は雲間も警察に捕まっていて居ないし、泰菜はその重要参考人として行ってて居なかった。
だから転校してきて以来初めての平和な日になるはずたった。
御丁寧にもぶち壊しにして下さった人は担任だった。
「夜奈さん、あなたは少し皆より学習が遅れているので放課後職員室に来て下さいね」
「はぁ、分かりました」
かみちゃんに補習で遅れると言って先に帰って貰ってから職員室に行った。
そこに居たのは担任の藤村千代子ではなく、体育教師の須藤だった。
「なんで……須藤先生なんですか?」
「依頼だ」
「誰からの?」
「事情聴取されている人からだ」
「どっち?」
「そこまで言うことは無いだろう」
「は?どういう事?」
逃げる体制を整えながら用心深く聞いた。
「こういう事だ」
急に押し倒そうとした須藤の急所を蹴っ飛ばして出口に急いだ。
お誂え向きに鍵が掛かっていた。
急いでいる時ほどこういうのは開かない物。
ガチャガチャ、ガチャガチャ、カチッ
散々いじくってやっと開いた時には、須藤がむっくりと起き上がっている所だった。
ダッシュで廊下に飛び出した時、校長にぶつかって倒れてしまった。
「あっ、すいません!!」
即効謝って立ち上がると、丁度出てきた須藤の顎に頭のてっぺんをぶつけてしまった。
「っつ〜〜」
頭を押さえながら走って逃げた。
「……いいんですか?いくら理事長の娘だからってほいほいと言うことを聞いちゃ」
「これは自分の意思です」
「意思ねぇ、カネでは無くて?」
「……さすが元探偵お目が違いますな」
「いや、衰えたものだよ。昔みたいにああいう子の声が聞こえなくなった」
…………………………そうですか。
…………………………ヨカッタデスネ。
次の日、
教室に入った途端、ナイフが顔すれすれに飛んできて横の柱にびぃぃんと刺さった。
「ちょっ…、危ないじゃない!誰よ」
キッと教室の奥に顔を向けるとロッカーの上に座った男子、窓際でたむろする女子。
皆、意地悪そうな目をあたしに向けている。
「………何?」
つっけどんに言ってみた。
「消ーえーろ!消ーえーろ!」
「お前の席なんかねぇから!!」
「お前の居場所も学校にはねぇ!」
「土ー下ー座!土ー下ー座!」
消えろコールもいつしか土下座コールに変わっていった。(なんだそのコール!)
気圧されたようにじりじりと下がると、向こうも追うように前に出る。
そしていつしか廊下の端の階段の踊り場に追い詰められた。
「なにっっっ、ちょ………何で!!」
壁際まで追い詰められて目の前まで皆が迫って来ている。
「土ー下ー座、土ー下ー座、土ー下ー座、土ー下ー座、土ー下ー座、土ー下ー座、土ー下ー座」
静かなる土下座コールはしゃがみ込んだ頭上にも降ってくる。
「おい、土下座しねぇとどうなるか分かってんだろなぁ、あぁ?」
「この女、他人の男盗っておいて謝らねぇってどういう事だ!!」
「他人の男って……ヒトは物じゃないし!!そんな事言ってる人のほうがよっぽど子供っぽいし、モノよ!!」
「んだと、やんのかおらぁ」
「どういう事態なのですか?皆なんでこんなに集まっているんですか?」
……一触即発の事態に飛び込んだのは校長だった。
「………………………………」
誰も何も答えない。
「先生には関係ないです」
「おや?そうかな。この学校の事だから誰よりも知っていないといけないと思うけどな」
「………………………………」
「では夢野君、ちょっといいかな?」
「えっ?あっ、はぁ」
校長に付いて行ったら、校長室に連れて行かれてソファに座らされた。
「で、君はイジメられてると言ったかな?」
「あの人たちに言わせて見ればそうでしょうね」
「君はどう思ってるのかね?」
「……正直あの馬鹿どもたちがどうしようが何言おうが馬鹿馬鹿しいから無視してます」
「そうか………私には何を求める?」
「別に。大人に何かを求めても何も帰って来ないから」
「今の高校生は皆そんな事を思っているのか?」
「さぁ?私だけかもしれないし、他にも居るかもしれない」
「そうか…………、ありがとう参考になった。もう帰っていい」
「……だってさ」
「ふ〜ん、それならオレも聞かれたことあるよ」
「へぇーそうなんだ。やっぱし大人ってよくわかんない」
「ま、それは校長が考える事だからいいんじゃない?別にオレらが考えなくても」
「そーだね、それより今日どこ行く?」
「オレんちどう?今日親居ないし」
「マジで!!じゃあ行く行く」
「そんじゃあレッツゴー♪」
「オー♪」
「お邪魔し、ま〜す」
「どうぞどうぞ」
「意外と狭い家だね、もーちょっと何か、ゴージャスってイメージがあったけど」
「そうかな?ま、それは置いといて、オレの部屋はこっち」
かみちゃんの部屋に案内されると、傾いた太陽がオレンジの光を投げかけてきた。
「キレーな太陽だけど、この模型と紙だらけの部屋はなに?」
「あぁ、模型は小さい頃の趣味でその紙は色々な資料」
「ふ〜ん、としか言いようが無いけど……まとめたら?」
「これでもまとまってるけどな」
「机の横の引き出しが閉まらなくなるほど資料詰め込む奴がどこに居る!?」
「ここにいる」
ガクッ
「まぁそりゃそうだけど………(汗」
埒が明かないと気付いた賢明なあたしは、唯一空いていた床のスペースにちょこんと座った。
「そっちじゃなくてベッドに座れば?」
「そうすると前の二の舞だもん」
「そう………」
ちょっと寂しそうなかみちゃんを見かねて、
「しょーがない、座ってあげるよ」
と、隣にぽすっと座った。
「ありがとーな」
するとすっかり笑顔になっちゃってまあ。
「ぷ」
「?」
「こっ、子供みたい」
「だってオレ子供だから」
ぎゅむ〜って抱きしめながら言ってくれた。
「子供だからおもちゃを貰うと嬉しいんだよな〜」
「あたしはおもちゃじゃなーいー」
怒って言ったのだが、
「可愛いな〜、反応」
で終わってしまった。
「つつつ次の試験の範囲って何だっけ?」
「各教科書137ページからだけど、話変えてない?」
「だって変えようとしてるもん、悪い?」
「お前って………ウケるっっ」
「なっ、何でそんなにウケるの〜〜?」
「ホント、新しい一面ばっかりだな夜奈」
「えっ……?…………ぁ」
オレは夜奈の頭を素早く抱き寄せて口付けた。
いつも一緒に居るワケじゃないから、
新しい一面がとても新鮮で。
【恋】と言えるほどカンタンじゃない
でも
【愛】と言えるほどオトナでもない
なんだろう
なんでこんなに
苦しくて、切なくて、暖かくて、優しい気持ちになれるのだろう
キミが居なければ
分からなかったかもしれない
恋じゃないかも知れない
でも
愛でないとも言い切れない
もう
すべてが
キミのすべてが
輝かしくて、愛しくて、手に入れたくて
なくしたくない………
でも最近かみちゃんに付きまとう女が居ることに気付いた。
かみちゃんは気付いて無いけど………。
その女は夕紀であり、夕紀の双子の妹だった。
それを知らないあたしはその女性を夕紀だとばっかり思っていた。
生活委員の仕事で遅くなった時、先に帰っていたかみちゃんにメールをした。
『やっほー、今何してるぅ?やっと終わったよ〜(>-<)あのくそジジイ、こき使いまくりだっつーの!!』
メールを打ち終わった時、大きな夕暮れ色に染まった太陽を背にして立っている2つの人影を見た。
その影はキスをしているようだった。
「あらあら……お盛んですこと」
ちょっと前には自分もそんな事をやっていたのを棚に上げて言ってる夜奈だった。
そこの橋を避けて通ると家まですごく遠回りになるから、声が聞こえる所で隠れていた。
「……あんな女は捨てて……と一緒になりなさいよ」
「でも………だから……だ」
「何でそんなにこだわるの?………でもいいじゃない!」
だんだん女は興奮してきたらしく、声が大きくなってきた。
「おーおー、そんなに怒ってちゃ皺増えるぞ」
そこまで言った時、はたと気付いた。
「この声って夕紀!?」
そういえば背も同じ位だったような………。
キスもしてたよね………。
まさか言い寄られてるのが、かみちゃんとか………。
「一体何回言えばいいんだ!!そいつとは何の関係もない!ほっといてくれ!!」
あ゛〜、予想的中。
でもそいつって………まさかあたし??
ザッ、と後ろを向いて歩き去って行く音がした。
「見てらっしゃい、今に………にしてやる」
もうひとつの足跡が聞こえなくなったとき、
「どうだかね…………」
と、1人呟いた。
寒々しい冬の空は、どこまでも深い闇色だった。
次の日の昼休み、いつものようにお昼にしようと奴を誘ったら、
「ごめん、用事があるんだ」
とか言って断られた。
どんな用事かと聞いても、
「関係ない」
と、素っ気なく言われてちょっとココロにズキッとした痛みが出来た。
前に出来た深いキズ
やっと薄れてきたのに、
やっと忘れたのに、
またキミはそう言ってキズ付ける
声もあげられないほどキズ付いて、
立ち上がれないほど涙した
それでも、
絶望という深淵から這い上がり、
孤独という沼から抜け出せた
1人で。
途中手を差し伸べてくれたのはキミだけ
そのキミも失ったら、
今度こそ、
このココロは壊れてしまうだろう
だから
壊れる前に気付いてほしい
はやく………
はやく………
「今日はまたなんの用だ?」
イライラした様子(ってか実際もうすでにイライラしている)の上久保が誰も居なくなった教室で私の目の前の机に座っている。
不機嫌なのが人目で分かるほどしかめっ面だ。
「考えが、変わったかなっと思って。でも変わってないね、そんな様子じゃ」
「当たり前だろ、好きでもない女なんか触りたくも無い」
「何もキスしろなんて言って無いんだからいいじゃない」
「言ってるようなものだろ」
「感じ方は人それぞれだから」
「だからなんだ」
そこまで言った時、ドアの外に誰かが通った。
さり気なく窓の外を眺める………フリをする。
そのまま窓の外を眺めながら冷たく言い放つ。
「この間私の姉とキスしたでしょ。彼女、見てたから」
「!!あれ……お前じゃなかったのか?」
「お生憎様、自分で手を下すほど馬鹿じゃないわよ」
その廊下を通った人物が誰か分かればそんな話はしなかっただろう。
その人物は声も出せず、扉の影にしゃがみ込んでいた。
「あれはお前の姉がプレゼントを盗ったから………」
「そんなイイワケ彼女に通じる?通じないでしょ」
「あいつは…………分かってくれる筈だ」
「どうだかね………」
「お前なんかに分かってたまるか!どうせあの生徒会長を好きでそいつが夜奈の事を好きだから妬いてるんだろ」
庇ってくれている…………。
図星なのか少し黙っていた夕紀は少し間を置いてからゆっくりと言った。
「そんな訳、無い。妬いてるのは彼女の方じゃない?あなたが姉とキスしたって聞いたら」
「そんな事……聞くわけ無い、ってか聞かせない!」
「聞いちゃった………」
座り込んでいた扉の陰から立ち上がると、驚いた顔をした奴と全くの無表情の夕紀が結構近くに顔を突き合わせていた。
まるで………海の底に居るみたい
空気までもが重く、息苦しい。
息を吸う事さえ
手を動かすことさえ
億劫だ。
この空気を誰が壊すのか
誰が身動きするのか
「そう……じゃぁ後は2人でよろしくやっといて」
夕紀が動いたとき、開け放たれていた窓からさっと風が入ってきて、3人の髪と2人のスカートを揺らした。
また2人だけになった教室で佇んでいるあたし達は何も話さず、時だけが無情にも零れ落ちてゆく。
日が少しだけ傾いた頃、ようやく話す気になった。
「もう……疲れちゃった。恋ってこんなに疲れるモノなんだね」
「………………」
「終わりにしない?こんなに敵が多い人なんて関わらない方が身の為だよ」
「……ぃやだ」
「あたしも嫌だょ…でも、他の人とキスしたなんて……聞きたくなかった」
「それはあっちが」
「言い訳は聞きたくない。でも、自分の言い訳なら聞くんだ。人間って我が儘だよね……相手を思い通りにしたい、自分の要求を聞いて欲しい、自分の方が相手より可愛い、ああしろこうしろ。ほんと、うるさいんだよね」
「………いままでそうだったんだ」
「じゃぁ………今までありがと、楽しかった」
夕闇が漂い始めた頃、上久保に背を向けた。
何度も振り返りそうになった。
でも、止まれなかった。────止まらなかった。
止まれば戻ってしまうと分かっていたから。
上久保も追ってこなかった。
涙さえ、2人は流さなかった。
冷徹、と言われればそのとおりかもしれない。
でも。
2人にはその余裕さえ、無かった。
気付けば、家の近くの交差点まで来ていた。
この通いなれてしまった道を2ヶ月前は希望も期待もせずに通った。
信号の青が憎たらしかった。
まだ赤のほうがいいくらいだ。
そんな事を思ったのが最後だった。
黄色のヘッドライトに照らされた細い体は一瞬で紅く染まった。
「もしもし、黒次病院ですが夢野夜奈さんのご両親でしょうか?」
「えぇ、そうですけどまさか娘に何かあったのですか?」
「交通事故です。居眠り運転のダンプカーに撥ねられました」
「む、娘はどうなったんです!!?」
「懸命の治療の結果、一命は取り留めましたが植物状態です。とりあえず日本に帰国して下さい」
「分かりました、すぐ行きます」
チューブを体中につけた姿は痛々しいばかりだ。
医者の説明では意識が戻る事はまず無いそうだ。
脳に出血があるし、脊髄も折れている。
それでも、隣に居るこの少年の為だけにも戻って欲しいと思う。
そんな願いを嘲笑うかのように点滴がごぼごぼと音を立てた。
あたしの日記はここまでしか書かれていない。
そしてあたしの人生の記録の本は閉じられた。
どうでしたか?よろしかったら感想などお願いします。
この話は中学生時代の友達の話と私の体験談と妄想で書き上げました。
いつでも恋はいいものですがこういう人も中には居るのではないでしょうか。
この作品を読んだ学生の皆さん、絶対にイジメをしないで下さい。
私もイジメられた過去を持つ者です。
自分自身を否定される辛さ……分かってあげて下さい。