刹那の花
「ピピンさん。これが私が言っていた[刹那の花]ですよ」
13年前に彼女はそう言った。
ピピンは探偵事務所に置いてある一輪の花を眺めていた。最近のタークポートタウンは平和な日常が続いていて、ピピンにも休日が続いている。
コンコンッ
ドアがノックされサリアがご飯を持ってきた。いつも通りにサラダの上にツナが乗せられている。
「どうしたんですか。ピピンさん?最近元気ないですよ」
サリアが心配そうに訪ねた。
「ああ。何でもないよ」
と、ピピンは心配をかけないように笑いながら応えた。
「本当ですか?」
サリアはピピンの顔を覗きこむようにして訪ねた。
「本当に大丈夫だから心配するな。食べおわったら台所まで持っていくから」
サリアをドアの外に押し出すようにしながら言った。
ピピンはゆっくりご飯を食べていき、途中机の引き出しから一枚の写真を取り出した。それは、13年前に撮られた写真だった……
13年前、ピピンはタークポートタウンとは別の、『サバリーシティ』に住んでいて、そこでも探偵の仕事をしていた。ここでの探偵事務所は凄く盛えていて、事務所にはピピンを含め計6人が勤めていた。サバリーシティはタークポートタウンより遥かに大きかったため、仕事が忙しかった。ここでの探偵の仕事はそれぞれ地区ごとに分担したり、大きい事件などは皆で協力して謎を解いてきた。
そしてピピンの相方というのが、シグカス・パーデン。
ある日の事、事務所にあるシグカスの部屋にピピンが呼ばれた。
コンコンッ
「はーい。どうぞ」
返事がしてピピンは部屋の中に入った。
「どうした?大変な事件でもあったか」
事件の事は皆が集まる場所でしか言われないので、からかいながら言った。
「そうなんです。大変なんですよ。ほら見てください」
シグカスは机の上を指で指しながら早口でいった。
机の上には事件にかかれた書類らしき紙と、それを照らすライト、ペンなど仕事に使う物が置いてある。その中には今までなかった物が置いてあった。
「あの花は?」
「ピピンさん忘れたんですか?ア・レですよ」
「アレ…?ああ、あれか。去年の事件の大富豪の家に訪問した時にも凄く欲しがってたヤツか」
「そうです。そうです!」
シグカスは子供のようにはしゃいだ。
「え…?えぇーーーー!」
ピピンが驚きの余り叫んだ。
この時のピピンの心の中は走馬灯のように走った。
--あれ?なんで大富豪の家にあったやつが目の前にあるの?あれは貴重な物で凄く高くて買えなかったんじゃなかったっけ?てか、あれ?そういえばあの花って1年に一度しか咲かないんじゃなかったっけ……
この間、思考0.2秒!!
ピピンが叫んだ事で事務所の人達がシグカスの部屋に集まって来た。
「どうした?どうした」
ピピンはどう言い訳を付けようか迷った結果、
「ああ、ごめん。シグカスが珍しい昆虫が居るって言うもんで見てみたら、本当に見たことない虫だったからさ。こう見えても私は昆虫マニアだからさ」
もちろん全て嘘だ。
「なんだ。脅かすなよ」
「なんかあったのかとおもったよ」
皆胸を撫で下ろしてそれぞれ返って行った。
「危ないところだった…」
ピピンは一安心した。
クスっとピピンの後ろで笑う声がした。
「ピピンさんって本当に面白いですよね」
シグカスが手を口に当てながら、笑いをこらえるように言った。
「そうですピピンさん。これが私が言っていた[刹那の花]ですよ」
「ほう。これが刹那の花か」
ピピンは花を覗きこむように見た。
本当に見事な色合いである。花びらは7枚付いて、青空に花をかざせば全ての花が消えて見えそうなくらい見事な空色である。
「そんな事よりなんで刹那の花がここにあんだよ!?」
「ああ。えーと」
シグカスは指を天井に向けて、くるくる回しながら答えた。
「この前の連休の時に友達とちょっと山へ行ってですね。その時にたまたま発見してしまったので取ってきたんです」
半分くらい冗談だろうと思いつつピピンは、
「いやいや。山ってどこの山だよ」
「ああ。南極大陸にあるコロサック山です」
ピピンは一瞬めまいがした。コロサック山は年間マイナス40度くらいである。そして、さらに謎が増えた。
どうして連休に友達と南極大陸に行ったのだろう。そして、なぜコロサック山に登ったのだろう。と
「本当に南極大陸に行ったのか?」
「はい」
ピピンは余り突っこまないようにして質問は終わりにした。
「じゃあ、その時持ち帰った刹那の花が今日咲いたって事か」
「はい。そういう事です。だからピピンさんを呼んだんじゃないんですか」
シグカスはまったくもう、といった感じで言った。
「そうだな。ありがとう」
ピピンは花を眺めながら言った。
それを乱すかのように、
「そうだ。ピピンさん。射撃場に行きませんか?今日は仕事も来なそうですし」
「あそこの射撃場は私には難しすぎるからやなんだよな」
「大丈夫です。また教えてあげますから」
そう言われ、ピピンはシグカスが通っている射撃場に行く事になった。
この頃のピピンには射撃など、ピストル系は得意ではなかった。しかし、シグカスがピピンにもっと上手くなってほしいと思い、シグカスが一人で教えていた。よって、今やタークポートタウンで働いてるピピンのピストルの腕が凄いのはシグカスがいたからなのである。
シグカスが通っている射撃場は隣町の『オークスシティ』の真ん中辺りにある。「もうすぐ射撃場に着きますよ」
シグカスはルンルンである。しかし、ピピンは苦手な勉強をするのと一緒で嫌そうにしている。
「んー。そうだね」
「ちゃんと銃を持って来ましたか?」
「うん。これでいいんでしょ」
「うんうん。よし」
この時のピピンの銃はリボルバー『サークス S-35』後に、サリアのもとに行くやつだ。
「はい。着きましたよ」
ピピンはそう言われて射撃場を見た。初めて来る訳ではないが、ここは何度来ても「射撃場にしてはデカすぎるんじゃないか」と思ってしまう。大体の大きさが野球の会場くらいあって、屋根もやけに高くなっている。
ピピンが初めてここに来た時は、どうしてこんなに広いのだろうと思ったが、中に入ってシグカスの練習を見て納得がいった。
シグカスが射撃場に入り、その後をピピンが付いて行く。
入るとまず目に入るのが一枚の紙で『命の保証はいたしません』と、書かれた紙だ。ピピンが初めてこの射撃場に来た時は意味が分からなかった。しかし、これもシグカスの練習風景を見て分かった。
射的をする場所に着き、シグカスとピピンは準備をする。準備といっても、いつ何時にも対応できるように普通の服で行う。そして、持ち物はピストルだけにする。
ピピンの手にはブラックの『サークス S-35』、そしてシグカスの手に握られているのは、ボディーがシルバー、手持ちがブルーに輝く『シグカス V-72』だ。
この射的は一人一室で行う。一室といっても広さは、体育館くらいの広さはある。
まず手本にするためシグカスが入る。
部屋の扉は防弾ガラスでできていて、中の様子が分かるようになっている。
シグカスが部屋の真ん中辺りに立つ。
すると、部屋のあちこちに設置されているセンサーつきのピストルがシグカスめがけて撃ってくる。
まず一発目、シグカスの真後ろから撃ってきた。それを体を大きくひねりピストルのボディーに当てて床に突き落とす。間もなく二発目と、三発目を撃ってきた。シグカスは先に撃たれた方にまっすぐ飛び、ピストルのボディーに当て、後に撃たれた弾に当てて弾同士で落とす。さらにシグカスに撃たれる弾を、シグカスはピストルを使って、向こうが撃った弾を撃ち落としていく。
この一通りの動作を約10分間やる。
それが終わると床の下から障害物の様なものが出てきた。ドラム缶、タイヤの山、壁に固定された鉄パイプなどがある。その奥のドラム缶の裏に空き缶くらいの小さな的が出てきた。
あの場所に当てるには『リフレクショット』を使う。これは撃った弾を金属に当てて跳ね返し、標的に当てる技だ。
シグカスは部屋の右側の壁に固定されてある鉄パイプを狙って撃つ。
バンッ
カンカンッ
パンッ
と、最後に的に当たった音がした。
シグカスが撃った弾はまず、右側の壁に固定されてある鉄パイプに当たり、ドラム缶と的がある奥の壁の鉄パイプに跳ね返り、的に当たった。
部屋の外から見ているピピンの目は、本当にシグカスの事を尊敬している目で見ている。
「いつ見ても、凄いな」
と、独り言をつぶやく。
これは並なレベルではない。しかし、リフレクショットはシグカスが最も得意としている技である。
この連係の応用を少し行い、最後の練習に入る。
風景が一変する。
ドラム缶にタイヤに鉄パイプが全て取り除かれる。そして、部屋の床に一つに腕がぎりぎり入るくらいの大きさの穴が斜めに細長く開いた。さらに天井が全て金属製の真っ平らな物になった。
この的は、筒状になっている穴の奥にある。そのため、立っている場所から撃っても当たらず、ただのリフレクショットだけでは穴に入ったとしてもすぐ下に当たってしまう。
これを攻略するのはシグカスを見れば早い。
バンッ
まず一発をリフレクショットで穴の手前に落とすように天井に向けて撃つ。
カンッ
天井に跳ね返り勢いが衰えずに落ちてくる。それを利用してもう一発。
バンッ
この弾は前にまっすぐ撃つ。
そして、今撃った弾を天井から勢いが衰えない弾が当たり下に落とすようにする。
すると、まっすぐ撃った弾が穴の中に吸い込まれるように、まっすぐ穴に入っていく。
パンッ
と、的に当たった音がした。
これが終わり部屋から出てきた。
「これくらいやれないと駄目ですよ」
シグカスに疲れた様子はまったく見られない。
「あ、はい。そうですね」
ピピンは呆気にとられてしまう。
次はピピンの番だ。
ピピンはシグカスのようにはできないので、シグカスと一緒に部屋に入る。
最初の練習は、さきほど同様に撃たれる弾を撃ち落とす技だ。しかし、対象をピピンにせず、シグカスにしてもらう。もし、ピピンが外してもシグカスなら避ける事ができるからだ。
練習が始まる。
バンッ
と、音がして弾がシグカスに向かってくる。それをピピンが狙い撃つ。
バンッ
カンッ
ピピンが撃った弾は見事に当たり床に落とす事ができた。
「その調子ですよ」
シグカスが標的になっている時は身動き一つしない。
バンッ
もう一発シグカスの後ろから撃たれた。
ピピンは体を素早く回転させ、腕を伸ばし撃たれた弾を狙った。
バンッ
ピピンが撃った弾は向かってくる弾をかすかにかすり、シグカスの方に向かってきた。それを躱すようにシグカスは体を少しひねり避けた。
「もう少しですね。頑張ってください」
これと同じような事が5分くらい続き、リフレクショットの練習に入る。
シグカスがやったのと同じような障害物が出てくる。的はまたドラム缶の裏にある。
右側にある鉄パイプに当ててシグカスと同じように的に当てたいがピピンはうまくはいかない。
まず右側の鉄パイプを狙って撃つ。
バンッ
カンッ
鉄パイプに当たり的とドラム缶が置いてある奥の壁に向かって飛ぶ。
しかし、弾が跳ね返る音はこれで終わった。
撃った弾は右側のパイプには当たって奥の壁に向かったが鉄パイプには当たらず壁に穴が開いた。
「あ」
ピピンが銃を構えながら言った。
「う~ん。こうです。見てて下さい」
そう言ってシグカスがピピンから銃を取って右側の鉄パイプに向けて撃った。
バンッ
カンカンッ
パンッ
さっきやったのと同様の動きをして的に当たった。
「は~~」
ピピンは口が開けっ放しになって、目が点になってシグカスを見ている。
「怖いです」
シグカスが微笑しながら言った。
的が同じ場所に出てきた。
「はい。やってみて下さい」
と、言ってピピンに銃を渡した。
ピピンは銃を受け取り、右側の鉄パイプに銃口を向けた。
バンッ
撃った弾は鉄パイプに当たる。
カンッ
鉄パイプにあたり跳ね返り奥の壁にある鉄パイプに当た、
カンッ
そして的の方に真っ直ぐ飛び、
パンッ
的に当たった音がした。
「おお~~~」
ピピンが自分で驚いた。
「なかなかやりますね。次は、的の位置は変えないで別のパイプを使ってみましょうか」
「はい」
返事が弱気である。それでもピピンは銃を構えようとする。が、入り組んでてどこに撃てばいいのかさっぱり分からない。
「シグカスさん。どこに撃てばいいんでしょうか」
ピピンが敬語で言った。
「敬語にならないで下さいよ。ピピンさんから敬語を使うなんて珍しいですね。あそこのパイプを狙ってみて下さい」
と、左側の壁の少し上の方を指さして言った。
「あそこに当てて、あっちに当てて、あそこに当たって、あれに当たってあっちに行って、最後にあそこに当たって跳ね返って的にパンッです」
「はあ。なるほど」
そんな簡単に言われても困るといった心境である。
シグカスに言われた通りに左側の壁の少し上のパイプを狙って撃つ。
パンッ
カンッ
狙ったパイプに当たった。が、
カンカンカンカンカンカンカンカン
「ピピンさんは天才ですね」
「はは~。そうかな」
ピピンが撃った弾は、パイプを五つくらい跳ね返りながらぐるぐる回っている。
少しして弾が減速し、床に落ちた。
「まったく何やってるんですか。ちゃんと角度を見ないとダメですよ」
「はあ。てか、本当にあそこに当てれば的までいくのか」
「いきますよ」
少し強気に言って、
「じゃあ貸して下さい」
ピピンから銃を受け取った。
銃口を言った通りに、左側の壁の少し上のパイプを狙った撃つ。
バンッ
カンカンカンカンカンカンッ
パンッ
さっき言った通りに行き的に当たった。
「どうです」
と、自慢するように胸を張った。
「凄いです」
ピピンはこの後的に当てようとしたが、当たらないのでシグカスがこれ以上やっても集中できないだろうと、判断したので切り上げる事にした。
「なあ」
帰り道、ピピンがシグカスに言った。
「なんで、そのピストルはそんなに丈夫なんだ?」
「これは『オリハルコン』という金属でできているんです。しかも、硬さはダイヤモンド並なんですよ。だから飛んできた弾もはじく事ができるんです」
「へぇ。なんか高そうなだな。買ったのか?」
「いえ。違います。これは、わたしがピストルを使い始めの小さい頃の誕生日プレゼントでお父さんが作ってくれんです。凄いピストルの使い手になってほしいという願いで」
「お父さんが」
「はい。わたしの父はピストルを作る会社に勤めていました。しかし、その会社の倉庫に保管してあった火薬が何らかの原因で爆発してしまい、そのまま父は行方不明で」
シグカスがいきなり深刻な話をしたからピピンは少し驚いた。
「そんな事があったのか。辛い事を思い出させてごめん」
「大丈夫ですよ。過去の話を持ち出したのはわたしですから。それに、まだ父が行方不明なだけで、他界したと決まった訳ではないので」
「そうか。それなら探せるな。お父さんの名前は」
「ローレンス・パーデンです」
その時だった。道を歩いている二人の前にある生き物が現れた。
「はっ」
ピピンは息を飲んだ。歩くのを止め、シグカスも足を止めた。
「ピピンさん。あれは、もしかしたら」
「ああ。もしかしたら、もしかするかもしれない」
二人の目の前に現れたのは、なんとも言えない愛らしさの持ち主。顔と体は、犬とも言えず猫とも言えなく、体は丸々していて、目はいつもつむっている様な目をしている謎の生物が現れた。
その生物がピピンとシグカスの方に静かに寄ってきた。
「ピピンさん。これは、ツチノコ並に珍しい生き物でしたっけ?」
「確かそうだったな。どうする?」
ピピンがシグカスに聞いた。
「どうするって言われてもピピンさんが一応上司なんですから、わたしに聞かれても困りますよ」
こうしている間にも謎の生物は寄ってくる。
「よし。分かった」
ピピンは決断した。
「こいつを事務所で飼うぞ」
「え?あ、はい」
シグカスはピピンの咄嗟の判断に驚いた。
ピピンは謎の生物を誰にも見られない様にして抱き抱えて事務所まで走った。シグカスもその後ろを走った。
事務所のシグカスの部屋に着いた。
ピピンは抱き抱えていた謎の生物を床に降ろした。いつ見ても、のほほんとしている。
「連れてきたはいいけど、どうやって飼おうか。育て方は知ってるか?」
「わたしが知ってると思いますか?」
「なんとなく知ってそうな気がする」
「もう。私が何でもかんでも知ってると思わないで下さい。エサとかどうしましょう?」
「そうだな。ひまわりの種とかはどうだ?」
ピピンは棚から一つ種を取り出して、謎の生物の口元に差し出した。
「食べるか?」
ピピンがそう言うと、
ガジッ
一口噛んだ。が、嫌そうな顔をしてから、口から出した。どうやら好まないらしい。
何をあげようかとピピンがごそごそ棚をあさっていると後ろで、
「おいで。ジョバンニ」
「え?」
ピピンが振り返ると、シグカスが謎の生物に名前を付けて、頭を撫でている。
ピピンはシグカスのネーミングセンスの無さといったら、なんなのだ。と、いった心境だろう。
「なんだ?ジョバンニって」
「この子の名前ですよ。名前が無いと可哀想だと思ったので」
「でも、なんでジョバンニなんだよ。もうちょっと可愛らしい名前にしてあげたらどうだ?」
ピピンがジョバンニに指をさして言った。
「この子がジョバンニがいいって言うからですよ」
もちろんジョバンニはしゃべれない。だが、ジョバンニと呼ぶとなんとなく嬉しそうにみえる。
その姿をみたピピンはこの生物の正体は分からないが、ジョバンニとして飼う事にした。
「よし。分かった。じゃあジョバンニ、ミルクゼリーはどうだ?」
そう言ってピピンが棚からおもむろに出したミルクゼリーをジョバンニの口元に差し出した。
すると、もぐもぐと美味しそうに食べた。
「おお。食べるな」
ピピンが嬉しそうに言って頭を撫でた。
「ピピンさん」
後ろで声がした。
「ゼリーだけじゃなくて、ちゃんとしたものも食べさせなくちゃダメですよ」
「ああ。そうだな」
ピピンは立ち上がった。
「それにしても、今日はいい事が続くな。刹那の花は咲くし、ジョバンニを見つけるしでさ」
「そうですね。あ、野菜とか食べますかね?」
「とりあえずあげてみるか」
そう言ってシグカスに野菜の準備をさるため台所に向かわせて、その間にピピンはジョバンニと遊んだ。
しばらく遊んでいるとシグカスがサラダを作って持ってきてくれた。
それをジョバンニの前に出してやると、もぐもぐ食べた。
「なんか、野菜が主食っぽいな」
「そうですね。でもやっぱりペットショップかなんかで、見てきた方がいいですよ」
シグカスが腕組みをしながら言った。
「でも、主食が野菜なら行く必要もないんじゃないか?」
サバリーシティのペットショップは事務所から大体、家を30軒くらいを挟んだ辺りに位置しているため、行くのには少し時間がかかる。
「それに、この子の小屋も必要ですし」
「小屋なんかがこの部屋に置いといたらみんなにバレちゃわないか?」
と、ピピンがぽつんと言った。
「え。まさか、みんなに内緒で飼う気ですか?」
「え?あ。いや、だって。みんなに言ったら大騒ぎになりそうだから」
「まあ、それもそうですね。じゃあどうするんですか?」
「机の下を少し改造すればいいんだよ。そして、そこを住みかにしてしまえば完璧だ」
と、シグカスの机の下辺りを指差して言った。
「そうですか…。少し心配ですけど、何かあったらピピンさんの責任って事で」
シグカスが笑いながら言った。
「まあ、任せておけ」
と、親指を立てるようにグッドポーズをしてみせた。
しかし、その時であった。
「あ!ピピンさん大変です。ジョバンニがおしっこをしています」
シグカスが床を指差して言った。そこはすでに水溜まりとなっていた。
「しまった。古新聞だ。まず、古新聞で水気を取ってから、濡れた雑巾で綺麗にするぞ」
ピピンは早口で言って部屋から出ようとした。が、
「ちょっと待ってください。ピピンさんは古新聞で、わたしが雑巾を持ってきます」
「よし」
ピピンがうなずき、二人は急いで古新聞と雑巾を持ってきた。
古新聞を床に敷いてよく吸い込ませて、その後濡れ雑巾で綺麗に拭いた。
一段落してピピンが言った。
「そうか。散歩にも連れて行かないといけないのか」
「そうですね。だったら首輪とかを付けたほうがなんかペットって感じがしませんか?」
「ん~。じゃあ、結局ペットショップに行かないといけないって事だな」
ピピンが面倒くさそうに言った。
「あ~。でも行くんだったら車かな?室内犬用のトイレとか、あと犬用のキャリーケースを買えばそれを小屋にもできるしな」
「そうですね。あの、一つ質問していいですか?」
「なんだ?」
「ピピンさんは車の免許を持ってるんですか?」
「持ってないな。どうしよう」
「いやいや。どうしようって言われても困りますよ」
「あ。そうだ」
ピピンがなにかを思い出した。
「確かここの倉庫の中に四輪の荷車があったな」
「ああ。ありましたね」
そう言ってピピンは倉庫から荷車を引っ張り出してきた。
「これでいつでも買いに行けるぞ」
と、荷車をぽんっと叩きながら言った。
「じゃあ今から行きますか?なるべく早い方がよさそうですし」
シグカスはさっきから部屋をうろうろしているジョバンニを見ながら言った。
「でもその間、ジョバンニはどうしておく?」
「ああ。確かにそうですね。ここに置いておくのも危険ですね」
う~んと、二人で考えているとピピンが閃いた。
「そうだ。シグカスのバッグならジョバンニを入れられるんじゃないか?」
「え?わたしのに入れていくんですか」
シグカスは仰天した。
「あれに入れていけば、さりげなく持っていけるから大丈夫だ」
「まあ、確かにあれなら普通のバッグですからさりげなく持っていけますけど」
「けどなんだよ」
「あれはちょっとブランド物でして、それに少し窮屈じゃないかなって?」
ピピンはブランド物と言われ少し考えたが、
「大丈夫だよ。とりあえず入れてみよう」
そう言われ、シグカスはしぶしぶバッグを持ってきた。
このバッグはなかなかのブランド物だから、さっきの様におしっこをされてはごめんである。
しかし、ジョバンニはその中にぴったり入った。
「見ろ。ちょうどはいったぞ」
ピピンは嬉しそうに言った。反対にシグカスはせめて他のバッグで行かせたい一心だ。
「やっぱり他のバッグを探してきます」
シグカスは急いで部屋を出て同じ大きさのバッグを探した。
「よし。これだ…」
バッグを持って部屋に戻ってきた。
「ちょうどいいのがありましたよ」
と、ピピンの前にさっきジョバンニが入ったバッグより一回り大きめのやつを出した。
「え。それは」
シグカスが持ってきたのは、いつもピピンが使っているごく普通のバッグだった。
「こっちの方が少し大きいからジョバンニも入りやすいだろうし、ピピンさんがいつも使ってるから目立たないと思いますよ」
「くっ。確かにそうだな。よし、それで行こう」
シグカスは一安心した。が、その時。部屋の扉の向こうからピストルの音とガラスが割れる様な音がした。
それを聞いてシグカスは、すかさずジョバンニをピピンのバッグに移し、シグカスの机の下に置いた。
そして、ピピンとシグカスはピストルを手に持った。
扉の横の壁についてシグカスがいった。
「敵は10人くらいですね」
「10人か。なかなかいるな」
シグカスの耳はこのように離れていても銃声など、音でどうなっているかを聞き分ける事ができるほど、凄い耳をもっている。
「この数だと勝てるかどうかは微妙なところですね」
バタンッ
いきなり扉が開いて一人入ってきた。
バンッ
と、シグカスが入ってきたやつの胸に一発撃った。
うつ伏せで倒れていく。きっとシグカスの姿を見ることなく死んだだろう。血が床に流れていく。
「この程度なら余裕かもですね」
と、笑顔で言った。
「はあ。そうですか…」
本当に凄いと思う。ピピンはそんなシグカスの姿も憧れになっている。
「それじゃあそろそろ行きますよ」
シグカスがそう言って部屋を出た瞬間。
ドカーン
他の部屋から爆弾が爆発したような凄い音がした。
「まさか」
ピピンが急いで爆発音のした部屋の方へ走って行った。
が、その前に三人が銃をこちらに構えていた。
ピピンもすかさず銃を構える。
するとそんな事お構いなしに、同時に一発づつ、計三発撃ってきた。
バンッ
よく息があっている。銃声は一つだ。
しかし、ピピンは怯まない。
練習では上手くいかなくても、本番には強い。
バンッ
ピピンの銃声は一つ。だか撃った弾は三つ。
銃声は一つで複数の弾を撃つ技。それが『クイックドロー』
カツッ
と、音がして弾と弾が当たって床に落ちた。
そしてすかさずクイックドローで三匹を撃ちぬく。
これでちょうど『サークス S-35』の弾が無くなった。
それをピピンはポケットから換えの弾を取り出す。
弾の交換には一秒も使わない。手の平をかざす間に、マジックの様に取り換える。
それを後ろから見ていたシグカスが、
「やればできるじゃないですか」
と、腕組みをしながら言った。
「本番には強いんだ」
フンッといったように言い返した。
「そうだ。あいつら」
と、言って爆発音のした部屋に行った。
部屋に入ると火薬の臭いが充満していて部屋に置いてあった犯人や事件に関わる重要書類が中心に爆発されていた。
そして、六人の爆発で焼けた遺体らしきものが転がっていた。
ピピンとシグカスは目を疑った。
二人の顔は知らない。おそらく爆弾を持ってきた奴らだろう。だが残りの四人の遺体はこの事務所で働く同僚の顔だった。
ピピンの胸は傷んだ。切り裂かれるように。それはシグカスも同じだった。
「うぐ……」
ピピンが辛さを押さえ切れず泣き崩れてしまった。こうなってはピピンが標的になってしまう。
シグカスは慰めてやりたいが、そんな事しているとますます絶好の的になるので、こらえて銃撃に集中する。
バンッ
やはり隠れていた奴がピピンを目がけて撃ってきた。が、それをシグカスのピストルのボディで跳ね返す
カンッ
床に落とした。
すかさずカウンター。
撃たれた方にシグカスが撃った。
「ぐあ」
と、声がして、倒れるような音がした。
「よし」
シグカスがピピンの方に近づき、
「ジョバンニも危険ですから部屋に行きますよ」
と、無理やり立たせた。
ピピンを引っ張り部屋に戻った。
部屋に着いたが敵が四人いて爆弾をセットしていた。だが、良かった事にジョバンニと刹那の花には目がいってない。
爆発されてはまずい。
クイックドローで撃ちのめす。
バンッ
四人同時に倒れていく。
「ピピンさんはジョバンニを連れて外にいて下さい。今はジョバンニを安全にする事が仕事です」
と、言って。ジョバンニが入ってるバッグをピピンに渡し、外に出した。
これで戦いやすくなった。
シグカスは目の前にある綺麗に咲いている刹那の花を少し眺めて部屋を出た。
もう大体は減らしただろうか。気配が薄くなってきた。もしかしたらボス的存在が出てくるかもしれない。
そして、案の定ボス的存在が出てきた。
「よくも俺の手下どもを殺してくれたな」
ドスのきいた声で言った。
「ふん。そんな事より、あんたらの目的はなんなんだ?」
鋭い目付きで言い返した。
「それは、この事務所にある犯人に関する書類を消すことと、お前たちを抹殺する事だ」
「できるもんならやってみな」
と、ピストルを向けた。
「そんな事をしても結果は変わらないぜ」
笑いながら言った。
「何?」
「ああ。俺の手の中にこのスイッチが入っている。何のスイッチか分かるか?」
と、手の中にあるスイッチをチラッと見せた。
「爆弾のスイッチか」
「ああ。ご名答だよ。それにまだあるぞ。俺の体には脈を測る機械が付いていて、心臓が止まると自動的に爆弾が爆発する、優れたしれもんが付いている。どうだ?」
シグカスは考えた。
――このままコイツを普通に撃つか。だが、事務所は爆発する。でも、少なくともピピンさんは助かるだろう。コイツはここを爆発させたがっているにちがいない。どっちにしろ同じか……
「どっちにしろ同じだろ」
そしてシグカスは引き金を引いた。
バンッ
「うっ」
頭を撃ち抜いた。
あっさり殺し、そのまま敵は仰向けに倒れた。
ドーン。ドカーン。
爆弾が次々に爆発し始め、事務所が崩れ始めた。その中にいるシグカスは逃げようとしたが、さすがに逃げられなかった。
「お父さんもこんな感じだったのかな?」
ピピンの目の前にあった事務所が瓦礫となった。
「シグカス…」
ピピンは走って瓦礫の中を探した。
何分か探してシグカスを見つける事ができた。
「シグカス!」
「……」
シグカスをすくい上げて、体をゆすった。
「おい!しっかりしろ」
「ん……」
目を開けた。
「大丈夫か」
「それより、これを…」
と、力の無い声で言い、手にもっていた『シグカス V-72』をピピンの方へ出した。
「え…?」
「使ってあげて下さい」
シグカスはうなずき、静かにピストルを渡した。
そして、シグカスは眠った。
間もなく警察、救急車、消防車が来た。
警察がピピンに聞いた
「何ですか。この状況は」
「瓦礫の中に複数の遺体があると思う。探してくれ」
ピピンは静かに言った。
シグカスは救急車で運ばれたが助からなかった。
ジョバンニがどこかに行ってしまったらしく、バッグごと無くなってしまっていた。
あれから何日か経って遺体がすべて取り出された。
そして、あの爆弾を持ってきた奴らは、探偵達が追っていた者達だったことが上の本部のほうから知らせがあって分かった。
そして、探偵事務所が無くなって行き場を失ったピピンが旅に出た先がタークポートタウン。
現在に至る……。
「はあ…。やっと食べ終わった」
と、その時
コンコン
ドアがノックされ開いた。
「あの。食べ終わりましたか?」
余りにも遅く食べていたので心配してサリアが覗きにきたのだ。
「ああ。ちょうど食べ終わったところだ」
「はあ。そうですか」
と、空の皿を持っていこうと机に近づいた時に一輪の花に気が付いた。
「こんな綺麗なお花ありましたっけ?見事な空色」
サリアが花を覗き込んだ。
「ああ。今日咲いたんだよ。この花は一年に一度しか咲かないんだ」
「へ~。そんな重要文化財的な花がこんなところにあったなんて知りませんでしたよ」
本当に貴重な物を見るように見た。
「そうだぞ。この花は本当に貴重な花なんだ」
『刹那の花』それは一年に一度しか咲かない。そう、それはシグカスの命日。