その1
「キャロル・モーガン!」
礼拝堂に入ろうとした丁度その時、後方から聞こえたヒステリックな叫び声にアマベルは足を止めた。名前が呼ばれた方を振り返ると案の定、よく見知ったブロンドの頭が複数の教師に囲まれていた。
これは長引きそうだ。直感的にそう判断すると彼女は、勝気な親友の健闘を祈りながら朝のミサのため指定の席へと急いだ。
朝の涼やかな透明の光が、ステンドグラスの隙間から室内に漏れる。天使の梯子のようなその光は空気中の塵をきらきら光らせ、少女達の髪に優しく着地する。
しんと耳鳴りがするぐらい静まりかえった空間にアマベルは、自分が切り取られた写真の中にいるような感覚に襲われた。毎日のことながらアマベルは、この感覚があまり好きではない。自分だけが神の愛を受け取っていないような、取り残されような、孤独を感じるからだ。カトリックなんて信じてはいないくせに。
「止め。」
シスターの一言でいっせいに黙祷が止み、張り詰めていた緊張の膜が弾ける。止まっていた時間がようやく動き出したようだった。
赤いタイの上級生が一人、進み出てきてオルガンの前に立った。そしてこぼれ落ちるようにゆったりと賛美歌の前奏を弾き始める。少し経って澄んだ女声のメロディが加わり、ハーモニーは高い漆喰の天井にこもるように響く。
神様なんて存在がいるとしたら、それは案外贅沢な立場にいるのかもしれない。毎日朝から、少女達の純真な歌声を聞くことができる。
「アマベル。」
長いばかりのミサを終え、人であふれる礼拝堂の扉を抜けるとどこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。
「こっちこっち。」
ぐるりと辺りを見回すと今まで叱られていたにしては元気そうな様子のキャロルが、少し離れた場所でひらひらと手を振っていた。人混みを縫って彼女の近くに行くと並んで一限目の教室へ向かう。
「キャロル。良かった、大丈夫そうね。」
「え、何が?」
「さっき捕まってたじゃないの。ブラウン先生とレヴリー先生に。今度は何したの。」
「ああ、そのことね。…実は。」
彼女は心底楽しいというような微笑みを浮かべるとアマベルの正面に向き直り、その左の耳を摘まんでみせた。
「ピアス、あけた?」
「そう!」
キャロルの真っ白い耳朶にはショッキングピンクのピアスが二つ、エナメル質な輝きを放っていた。珍しく編み込んでアップにした髪型のせいで、肌の白さと派手なピンクが鮮やかに映えている。よく似合っているだけにその姿はとても人の目を引いた。
「まさかその為に今日髪を上げてきたの?」
「当たり前でしょ。頭の固い先生方に見せつけてやるのよ。」
「キャロルって、そういう努力は惜しまないわよね。」
自由で天真爛漫な彼女を少しだけ、羨ましいと思った。