なんかそんな気分
「これ飲む?」
谷本が差し出したのは、新発売のジュース『エビノサン』である。前田は一瞬、間接キスを想像した。がしかし、それよりも味が彼を制した。
「い、いや。遠慮しとく」
彼女の前で、もらって飲んだジュースを吐くわけにはいかない。明らかに飲み物の色じゃないそのジュースを彼女は「おいしいのに」と、前田が飲まないことにがっかりしながら、ぐびぐびと飲んでいる。
「何味なんだ? それ」
「んー、エビ?」
前田は、ますますまずそうだ、と心の中で舌を出す。
谷本がエビを好きであることは、彼も知っていた。が、エビのジュースまで飲むとは予想もしなかった。
「これから、どうしよっか?」
谷本と前田は、コンビニの近くにある公園で、休憩をしていた。コンビニで前田はスポーツドリンクを、谷本は『エビノサン』を買って、公園のベンチで飲んでいた。
「んー、そだな。どっか行きたいとこあるか?」
前田はペットボトルのふたを閉めながら「君と一緒ならどこでも」という返事を期待していた。
しかし、谷本は砂場で遊んでいる子どもを見て、「んー」とか「あー」とか、うなっている。考えるふりをしているのだ。こうなったら、しばらくぼーっとなる。彼女のくせを知っていた前田は、同じように子どもを眺めることにした。
幼稚園くらいの男の子と女の子が、二人で一緒に砂の山を作っている。小さいおもちゃのスコップと、くまでを上手に使って砂を集める。砂をつんでは、ぺたぺたと固める。それのくり返し。子どもの表情は真剣そのものである。
「かわいいなぁ」
谷本の頬がゆるむ。谷本は子どもが好きなのだ。将来は、保育士になるという夢を持っている。
前田はそれを知っていた。彼女に夢を叶えてほしいと思う。彼の夢は、谷本を応援することだった。
「じゃあ、行ってみるか」
「どこに?」
前田は立ち上がると、子どもたちのいる砂場へ歩き出した。谷本もついていく。すると前田は、子どもたちに向かって「俺たちも交ぜてくれないか?」と言った。
前田も子どもが好きだった。怖がられないように自然と笑顔をつくる。谷本も同じく、彼の後ろで笑った。
男の子と女の子は顔を見合わせると、
「うん! いいよ!」
と元気よく返事した。
小さな男女と、大きな男女。四人で砂山を作る。男二人が砂を集めて、女二人が山にする。
だんだん山が高くなる。
しばらくすると、山は前田のひざくらいの高さになった。
「すごい! すごい! こんなに大きくなった!」
子ども二人は大はしゃぎ。手と服を砂だらけにして喜んでいる。
そんな子どもたちの姿を見た前田と谷本も、自然と心が温かくなる。
四人で笑ったあと、谷本は言った。
「さぁ、くずそう!」
「え?」
子どもたちと前田が、ぽかんと口を開けている。
「作ったあとは、つぶす。それが遊びってものよ」
谷本はそう言うと、砂山の側面をふんづけた。子どもたちはそれを見て、まねした。
「おもしろーいっ!」
きゃっきゃと笑いながら、山をつぶしていく。
「ほらっ、前田もやってみ」
呆然とつっ立っている前田に谷本が言った。
前田は少しためらいながらも、最後に残った小さな山に、真上から足を下ろした。
もう山の姿はない。前田は、山がなくなったことで、心が晴れた気がした。
「なぁ、もう一回コンビニ行ってきていいか?」
前田は谷本に訊いた。
「なんで?」
「のど渇いたから、ジュース買ってくる」
新しく買ったジュースは、やっぱりまずかった。
はじめました! 間違えた、初めまして!
田崎史乃と申します。
よろしくお願いします。




