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神子と騎士




レビン=ブラストが生まれたこの国は、キーラという。元々はキラだったが、それが何百年と時を重ねてキーラになった。キーラには109の神殿があり、フィーメリス神殿はその頂点に立つ神殿だった。このフィーメリス神殿は、天上から神子が舞い降りるとされ、実際、数百年に一度舞い降りて世界に平和を齎していたらしい。そもそも、この神殿の名前も、最初に降り立った神子の名前からつけられたそうだ。そんな話、レビンはただの伝説だと思っていた。

一週間前、神子降臨の知らせを受けるまでは・・・・

レビンは三日前までは、国王直属の軍隊、スヴェート騎士団の隊員だった。

それは、幼い頃から騎士になりたかったレビンにとって、最高に喜ばしいことだった。貴族とはいえ、身分の高くないレビンが此処まで登りつめるには、相当な苦労があった。

どんなに危険で難しい任務も臆することなくこなして来た。その功績が認められ、やっと25歳にしてスヴェート騎士団に入隊出来たのである。レビンの身分からいえば、かなり異例の早さだったが、14歳から見習い騎士だったレビンにとっては長い道のりだった。

やっとその願いが叶い、スヴェート騎士団として、毎日輝かしい日々を送り始めた。その矢先。

「・・・くそっ、それが、なんだってこんなことに!・・」

レビンは今日で何度目になるか解らない舌打ちをした。

今すぐ飛竜のロープを引っ張って、城へと引き返してしまい。

突如3日前、レビンはスヴェート騎士団から脱退させられ、新たに編制された神子専属の部隊である、ラフィタラ騎士団の団長として任命されたのだ。

今でも信じられなかった。等級としては団長になり出世したといえるが、レビンにとってスヴェート騎士団以外の騎士団などいる意味がない。

王は自分を認めてくれていると思っていたのに。身分の高くないレビンが、これ程早くスヴェート騎士団に入ることが出来たのは、一重に王が目をかけてくれたからに他ならない。王の偉大な人柄を知るにつれて、ますます王直属の部隊で働くことを誇りに思っていた。その矢先に、神子などという胡散臭い人間を守るように命じられてしまったのだ。レビンは腹立たしくて仕方なかった。よっぽど辞退してやろうと思ったが、スヴェート騎士団の団長であるジェダにせめて迎えに行くだけでもと言われ、渋々承諾したのだった。

それでも神殿に近づくに連れて酷く気持ちが沈んだ。フィーメリス神殿は地理的には国の北だ。ヘルル山岳地帯にはスリファス運河が流れていて、その隣の小高い丘に神殿は建っている。

レビンは飛竜の上から、丘の上に孤立した神殿を眺めた。

神殿の一部が損壊していた。数日前の嵐の影響だろうか。王都周辺の被害はそれ程甚大ではなかったが、これ程の山奥ともなると、被害は相当なのかも知れない。

いっそ神殿ごと潰れてしまえばよかったものを。

そんな悪態を付きつつ、フィーメリス神殿へと降り立つために下降した。風がレビンの琥珀色の髪を乱し、整った鼻筋を勢いよくかすめていく。瞳と同じ、コバルトブルーのマントが晴れやかに翻った。



「初めまして、王の勅命により王都より参りました。神子専属部隊ラフィタラ騎士団団長レビン=ブラストです。先に降臨なされた光の神子を王宮へお連れするために参りました。」

レビンは神殿の前へと降り立つと、出迎えていた大神官であるローベルトに礼を取って挨拶した。ローベルトは何故か蒼白な顔をして硬直したまま動かない。

「ローベルト殿?」

レビンがいぶかしんでいる所へ、ローベルトの後方が小さなざわめきを見せた。ローベルトはビクリと怯えたように肩を震わせたかと思うと、「神子がいらっしゃったようです。」と後ろに視線を促した。

神殿から出てきた人物の姿を見て、レビンはその姿に思わず礼を取るのも忘れて唖然と立ち尽くした。


なんと、醜い!


報告では18歳の少女だと聞いていた。

少女!これがか!?


史実に記された美しい神子像とはあまりにも掛け離れた姿だった。

短い髪は老人のように白く、瞳は薄汚れた灰色で酷く濁っている。

輪郭は整っているが、肌は浅黒く爛れていて、とても神子と呼べるような人物ではなかった。更紗のドレスを着た体は全体的に肉付きが悪く、腕など握った途端折れてしまいそうなほどだ。

少女というよりは、街を浮浪する娼婦のようではないか。



「そなたが団長か?」


初めて発せられた声は老婆のように低くしわがれていて、聞けたものではなかった。

それでも神子に話しかけられ、レビンは慌てて頷く。

「私は王都から神子様を御迎えに参りました。レビン=ブラストと申します。この度は……」

「挨拶はいい。早々に発ちたい。」

レビンの口上を遮って、神子は冷たく言い放った。

予想外の冷淡な態度にレビンは少なからずショックを受ける。

「それでは、早速私と共に飛竜へとお乗り頂きます。」

「1人で乗れる。」

お前など邪魔だといわんばかりの態度に腹立った。

思わず睨み付けるが、神子は歯牙にもかけずにさっさと飛竜へ向かって歩き出した。それでも仕事だ。レビンは仕方なく後を追って神子の行く手を遮った。

「どうか同乗をお許しください。神子様に何かございましたら、王に合わせる顔がございません。」

神子とはいえ、自分の飛竜を好き勝手にされたくないというのが本音だが。

レビンは己の飛竜へ急いで飛び乗ると、礼儀として神子へと手を差し出した。神子はにべもなくその手を無視する。薄い更紗の衣を翻させて、臆する事もなく飛竜の背に収まった。レビンは瞠目する。普通の人間なら、飛竜を恐れて近づこうとすらしないというのに、あろうとことか自分から飛び乗るなどと。これにはやや驚いた。

「お上手ですね。飛竜をよくお使いになられるのですか?」

地上へ降臨したばかりのはずの神子が何故こうも手馴れた様子で飛竜を操る?この人は本当に神子なのか?

「無駄話はいい。さっさと発て。」

答えないことがますます怪しい。悔しくなってもっと無駄話とやらを続けて探りをいれようと思ったが、腰を折ったままの神官たちが目に入ってやめる。王に従順な神官たちが嘘を付くとは思えない。この神殿は王の庇護がなければ途端に立ち行かぬのだから。隣を見れば、副団長が目線で出発を促した。ここでごねても埒が明かないだろう。神子ではないという証拠はどこにもないのだ。もしこの神子が偽者ならば、いずれ露呈するはずだ。それまで監視を怠らなければいい。

「いざ、王都へ帰還する!!!」

レビンが翼を広げて空へ飛び立つと、それに続く何百という部隊が空へ舞い上る。一群の比翼が一斉に空を切り裂いた。



「・・・・神よ。お許しを・・・、」

神殿に取り残されたローベルトは膝を付いてその場に崩れ落ちた。しかし、瞳は縋るように空を見上げている。群集は遥かに遠ざかり、空の彼方へと向かってどんどん小さくなっていく。

ローベルトは、一群が見なくなってもなお悲痛な祈りを捧げていた。






「遅い。この飛竜はこの程度のスピードしか出ないのか?」

しばらく飛行を続けていると、沈黙を守っていた神子が不機嫌そうに詰問した。

「・・神子様の安全のために速度を落としております。」

暗に貴方のせいだとの意味を含ませて言葉を返す。

「もっとスピードを上げろ。」

「しかし」

「いいから上げろ。死にたいのか?」

その傲慢なセリフに、流石のレビンも米神に筋を浮かべた。

「それはどういう意味でしょうか?」

「お前は言葉も理解できないのか?」

「恐れながら申し上げます。俺は、神子専属部隊ラフィタラ騎士団の団長です。貴方を無事に王都へと届ける義務がある。たとえ神子様といえど今は俺の命令に従って頂きます。」

「はっ、くだらん。」

神子は嘲笑するように片頬を歪ませて吐き捨てた。

その態度に流石のレビンも我慢の限界だった。最初から気に入らなかったのだ。

「いい加減に」

ピイィィイイイイイイイイ!!!


怒りが沸点を上回ったその刹那。レビンの声を遮るように甲高い音が空を裂いた。竜笛が鳴り響く。何事かと、部隊がいっきにざわめいて警戒態勢を取る。

「団長!後方から何か来ます!!!」

「!!!」

レビンは後ろを振り向き、手綱に備え付けてある双眼鏡を手に取った。数百メートル先に見える何かを確認する。黒い点。それが物凄い速さで近づいて来るのだ。

「あれは・・、黒竜?!」

人間が支配することが出来る飛竜などと違い、黒竜は血に飢えた獰猛な種族だった。その群れがいっきに集まってきているのだ。

「追いつかれたか。」

神子が焦った様子もなく呟いた。レビンはそこでようやく気付いた。

「まさか、そのためにスピードを・・・」

「剣を貸せ。」

「何を・・!」

神子はレビンの腰に刺してあった剣を抜き取ると、いきなりレビンを飛竜から蹴り落とそうとした。

「・・うわっ!!・・」

バランスを崩して転げ落ちそうになったレビンは、慌てて飛竜の足にしがみ付いた。そんな様子を嘲笑うかのように神子は冷たく言い放つ。

「専属部隊など邪魔なだけ。さっさと部下を連れて王宮へ帰るがいい。」

無慈悲なことに、神子は飛竜の足にしがみ付いているレビンの腕を蹴った。ガッと強い衝撃が右手に走り、反射的にレビンは手を離した。

「っっ、悪魔か!」

余りの所業にそう罵りを叫んだ途端、一瞬だけ神子の顔が歪み、そしてすぐにまた能面へと戻る。

微かに現れた神子の悲痛の表情に瞠目していると、ぐんと身体に圧力がかかった。大地の引力に引き寄せられ、みるみる地上へと落ちて行く。

「ジン!!!」

レビンは己の飛竜の名前を呼んだ。

主人の声にジンは長い尻尾をしゅるりと操って旋廻しようとしたが、神子が手綱をくいと引いただけで、飛竜は神子のいいなりになった。

「馬鹿な!!!」

ジンが主人であるレビンを無視するなどありえない。しかも初めて乗ったはずの神子に従うなどと、そんなことがあるなど信じられない。


「レビン団長!」

地面に叩きつけられる寸での所で、部下であるオーカーの乗った飛竜が滑り込んだ。

「大丈夫ですか?!団長!」

「・・いっって、・・・、クソッ・・!神子はどうした!」

「そ、それが、お1人で黒竜の群れに!!!」

「なんだと?!」

レビンは目を剥いて後方を見た。レビンから奪ったジンを信じられない速さで飛ばし、黒竜へ向かって飛んで行く神子の姿が見えた。

「何をやっている!何故誰も神子を守っていない!!!」

「追いつけないのです。神子は速過ぎます!」

「くそっ!!!行くぞ!」

レビンはオーカーから手綱を奪い取ると、飛竜の腹に勢いよく蹴りを入れた。



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