サンタクロースと僕
サンタクロースを信じているか、と聞かれるといつも困ってしまう。だって僕はそんなもの微塵も信じちゃいない。僕の周りの子なんかは若いから、長髭のおじさんの姿に憧憬を抱き、クリスマスのその時を待ちわびているようだけど、ふん、そんなもの幻想にすぎないのさ。扉に張られているマイティ・ソーのポスターの方が何倍も恰好いいし、棚の上に置かれているスーパーマンの人形の方が希望に溢れている。彼らは凄くヒーロー然としていて、数年着ている薄汚れた服を纏う自分と比べるとなんだか悲しくなってくるのが唯一の不満だけど、それでもサンタクロースよりはずっといいさ。あいつは全く姿を現さないのだから。今日はクリスマス・イブで現れるとするなら今夜だが、その存在を確かめようという気にもならないね。
さて、電気が落ちた。けど、寝ようにも寝られないのは悲しい性かな。これはいつものことだ。クリスマスだからって特別なわけじゃない。さっさと瞼を下ろしたいのにそれが出来ないのさ。だから僕はじっと真っ直ぐを見つめる。ただじっと、暗闇を見つめる。闇は存在を孤独にする、と言うけれど僕にとっては慣れ親しんだものだ。それでも今日がほんの少し、ほんの僅かだけ苦しいのは、やっぱり、認めたくないけどクリスマスのせいだろう。温かい家で七面鳥を裂きながら談笑する姿を想像すると、やるせなくなる。僕がもっと可愛く生まれれば、そんな姿の中に居られたのかもしれない。
気が付くと涙が溢れていた。そんはずはないのに、涙が溢れていた。拭おうにも拭えない。ただ熱い雫が落ちて行く。
その雫が不意に拭われた。ごわごわとした、そして温かい何かが僕の頬に触れる。闇から、じっと見つめていた闇から何かが僕を覗いていた。
「メリークリマス、今年は寒くて仕事がとても大変だよ。ヒートテックのおかげで少しはましだが、それでも寄る年波には勝てないね」
唐突に現れたぼうっとした光源が、僕に触った何かの正体を明かした。赤い帽子。長く白い髭。丸い眼鏡に、ヒートテックは少し余計だったが、それでもそれはサンタクロースだった。そしてそのサンタは陽気な笑顔を浮かべ、僕に再度話しかける。
「蝋燭は怖いかい?でも、この小さく頼りない光が君を案内してくれる。さぁ、行こう!クリスマスは待ってはくれないぞ!」
答える間もなく、僕はサンタに連れられていた。なんて無理やりな、そう思ったけれど不快じゃなかった。クリスマスになる度に罵倒していた存在なのに、この眼で会えて何故かとてつもなく嬉しくなってしまった。
いや、本当は分かっている。僕はサンタクロースを待っていたのだ。その手を取る時を待っていたのだ。
サンタに連れられるままに、僕はソリに乗る。そのソリには膨れに膨れた白い袋がたくさんあった。この中に子供たちへ配るプレゼントがあるのかと思うと少しワクワクして、でも寂しくもあった。
「紹介しよう。わしの可愛い相棒、トナカイのヴィクセンだ。まぁ、空を飛べるのと、人間の言葉が分かるって以外は普通のトナカイだ。仲良くしてやってくれ」
サンタの言葉が終るとヴィクセンが嘶く。ヴィクセンなりの挨拶だろう。
「さて、時間がないぞ。今夜のサンタ便は超特急だ。子供たちに明日の笑顔を届けなくては」
行こう、サンタクロース!
僕がそう言うと、サンタはウィンクをして微笑んだ。
サンタが手綱を握る。空へ舞い上がる瞬間、飛び上がりそうな風圧を受けたけどサンタの手は僕の小さな手をしっかりと握ってくれていた。
不思議な光景だ。空がこれほど澄み渡るもので、星がこんなに綺麗に輝くものだとは知らなかった。そしてこの夜空の下に、クリスマスの祝福を受ける子供たちが居る。プレゼントを今か今かと待ちわびる無限の期待が、夢がある。
きっとサンタクロースは、そこに住んでいるのだ。
ソリは一度も止まらなかった。サンタは白い袋を取っては投げ、取っては投げた。白い袋は投げられる度にプレゼントを撒き、しかしそのプレゼントは何者かの意思を受けたように子供たちの居る家の中へ正確に入って行く。
白い袋が残り一つになった。途端、僕は恐ろしくなる。この一袋でサンタクロースの聖夜は終わってしまう。終わってしまうと僕は、帰らなくてはならない。深い暗闇を何とも思わなくなる、あの孤独に。
サンタは僕の恐怖を読み取ったのだろう。最後の袋を空高く投げると、僕の頭を撫でた。
「大丈夫。君はわしのプレゼントだ。さぁ、帰ろう。温かい暖炉と、七面鳥が待っているぞ!」
サンタは僕には大きすぎる赤い帽子を脱ぎ、被せてきた。そんなことをされても、元々前は見えない。流れないはずなのに、やっぱり涙が止まらないから。赤い帽子に涙を拭ってもらいながら僕はサンタに、ありがとう、と言った。
サンタクロースが愛用している木造りの机の上には、薄汚れた服を着たクマの人形がある。とある玩具屋の売れ残りだったその人形は、プレゼントとして買ってくれるその時をひたすら待っていた。しかしその人形を手に取る者はいなかった。あのクリスマスの夜にサンタの手に抱えられるまでは。
その人形の少し不細工な瞳の下には、何かで濡れたような跡があると言う。
難しい思考を一切捨てて書こうと思ったらこうなりました。童話っぽいのを投稿するのは初めてなので不安です。
読んで頂いた方には最大限の感謝を。