第98話 うずうず?
ドキッ。ドキッ。
これ、私の心臓?それとも、藤堂君のかな。藤堂君も、ドキドキしたりするのかな。
「司…君」
「ん?」
「これ、私のだよね」
「え?」
「心臓の音…」
「ドキドキって?」
「うん…」
「俺のかも」
「え?」
「すげえ今、ドキドキしてるから」
藤堂君もドキドキしちゃってるの?
「でも、なんでかな。穂乃香を抱きしめて、穂乃香に抱きしめられてるだけで、それだけでいいって思える」
「…」
「それだけで、もう胸がいっぱいで、満たされてる」
「同じ…」
「穂乃香も?」
「うん」
ずっと、藤堂君のぬくもりどころか、話もできなかったんだもん。藤堂君の腕の中に今いる、それだけで満足しちゃってる。
それに、ときめいているけど嬉しくて、このままずっと藤堂君の腕の中にいたい。
「学校では、またよそよそしくなっちゃうかもしれないけど…。いい?穂乃香」
「うん…」
「また、あれこれ言われちゃうかもしれないけど」
「そういうのは、もう気にしないことにする」
「うん…」
藤堂君の声が耳元でして、話すたびに息もかかって、すごくドキドキしている。
「家では…」
「え?」
「俺、母さんや父さんの前で、あんまり嬉しそうな顔見せるの、どうもできなくって」
「…」
私は藤堂君の胸から顔をあげ、藤堂君の顔を見た。あ、今はすごく穏やかな優しい顔をしている。
「ごめん。だから、食事の時とか、ちょっとムッとしてるかも…」
うん。無表情だったよ。ずっと…。っていうのは、心の中で言ってみた。
「じゃあ、せめて、2人でいる時は、素のままの司君でいてね?」
「……うん。わかった」
藤堂君はそう言うと、そっと私にキスをしてきた。
「キスもやめようかって、そう思っていたのにな」
「どうして?」
「……ちょっとね、穂乃香のお父さんの言葉を思い出したら、なんだか、できなくなったっていうか…」
「信頼してるよっていう、あの言葉?」
「そう…。あの時の真剣な目も…」
大山先生に注意されて、いきなり父の言葉を思い出しちゃったのかな。もしかして…。
「だけど、無理な話だよね」
「え?」
「穂乃香を目の前にしたら、キス、どうしたってしたくなるし」
え?
うわ。か~~~~。顏、熱い。
「ほら、そうやって穂乃香、赤くなったりして可愛いから」
え?
あ、あれ?また、藤堂君、キスをしてきた。
ドキドキドキ。なんだか、いつもより、長い…かも…。
「ずっと、寂しい思いをした?穂乃香」
藤堂君は唇を離すとそう聞いてきた。
「うん」
私がうなづくと、藤堂君はまた頬にキスをしてきて、
「キスも、してほしかった?」
と聞いてきた。
私は黙って、コクンと素直にうなづいた。
「じゃあ、こうやって、抱きしめてほしかった?」
私はまた、コクンとうなづいた。ああ、顔がどんどん熱くなる。
「じゃあ…」
藤堂君はそこまで言うと、黙り込んだ。顔を見てみると、じいっと私を見ている。
な、何かな。何が言いたいのかな。
藤堂君は私の目から視線を外した。
しばらく黙っていた藤堂君は、また私を抱きしめてきた。
「じゃあ…、穂乃香。俺に抱いてほしいって…、思う?」
ドキ~~~~~~~ッ!
うわ、うわ~~。なんつう質問を藤堂君はするの?!!それって、「抱きしめる」のとは違う意味だよね?
「そ、そ、そ、それは…」
私は思い切りカチカチにかたまり、藤堂君の腕の中で思い切り緊張した。
「それは?」
ドキン。まだ、聞いてきちゃう?藤堂君。
「それは…。まだ…」
「…まだ、そう思えない?」
「う…。ごめん」
「いいよ。謝らなくても」
「……」
「いいんだ…」
藤堂君?
「穂乃香を大事に思おうとすると、不思議と我慢できるから」
「え?」
「ちゃんと、自分の衝動、抑えられるから」
「……じゃ、じゃあもう、暴走することは…」
「うん、きっと大丈夫」
そうなの?
って、あれ?今、私、がっかりした?
え?な、なんで~~?
「もう、ひっぱたいたりしないでもいいよ。ちゃんと俺、セーブするから」
「う、うん」
だから、今も、ただ抱きしめているの?
藤堂君の中で、何か変化が起きたの?
先生に注意されたから?変な男に私が追いかけられたから?
それとも…。長野に私が行くと、悲しいから?
「穂乃香が、大事だ」
「…」
藤堂君?
「すごく大事だ…」
ドキドキドキドキ。
「その気持ちを一番に考えると、抑えられる」
ドキン…。
「穂乃香を、傷つけたくないから…」
キュン…。ああ、胸がキュンってする。それに、うずうずも…。
…って。はれ?
なんで、胸の中でうずうずしてんの?
藤堂君は、こんなに私を大事に思ってくれている。
だから、藤堂君なら、いいのに…。って、思ってる?
その言葉が、喉まで今、出かかっている。
う…。言っちゃいそう。でも駄目。本当は怖いくせに。そんなことを言ったら、藤堂君が思い切り期待する。なのに私はきっと、途中で怖いって逃げ出しちゃうと思う。
だから、駄目。そんなこと口走ったら駄目。
ググっとその言葉は飲み込んだ。ああ、よかった。私の悪い癖が出なくって。
後先考えず、思いついたことをつい、言いたくなってしまう悪い癖。
こういうのは、素直って言えないよね?無鉄砲っていうか、むこうみずっていうか。
それとも、素直に言ったほうがいいのかな。
いや、駄目。だめったら駄目。こんなことを言ったら、こんなこと言ったら、藤堂君を困らせるだけ。
せっかく、大事に思っているから、セーブできるって言ってくれているのに。挑発するようなそんなこと言ったりしたら、藤堂君の想いが…。せっかくの想いが…。
「い…」
「え?」
「いいのに」
「何が?」
「司君だったら、私…」
「え?」
藤堂君が私の体を離して、私の顔を目を丸くして見た。
ああ。私、今、口からとんでもないこと言った?
あんなに駄目って、言うのをやめていたのに、なんで口走ってるの?
なんで~~~?
「今、穂乃香、なんて?」
「なんでもないっ」
「え?」
「なんでもないの。ごめん。忘れて」
「…俺なら、いいって」
「ううん」
ドキドキ。バクバク。ああ、忘れて。この話をとっとと終わらせて。
「俺に、抱かれてもいいってこと?」
きゃわ~~~~!だから、どうして、私は変なことを言っちゃうの?いっつも。
「違うの」
「え?」
「ううん、違わないけど」
「……え?」
ほら、藤堂君が困ってる。
「すごく、大事に思われてるって知ったら、なんとなく、そんなに大事に思ってくれてる司君のことが…」
「うん」
藤堂君は私の目をじっと見ている。ああ、視線も外せなくなってしまった。どうしよう。今、思い切り見つめ合ってるよ。
「その…。私も、大事だなって思えて、なんだか、い、愛しく感じて、胸がきゅんってして、それから、その…」
うずうずした。なんて言えない!
「…俺のことが大事?」
「うん」
「愛しいって今、言った?」
「う、うん」
ドキドキドキ。これ、かなりの発言?まるで、OKですって言ってるようなもの?
「ありがとう」
「え?」
ありがとうって?
「嬉しいよ」
嬉しいって?まさか、私がOKですって、了解したと思ってる?それで、お礼言われた?
喜ばせちゃったの?私。
ええ?!どうしよう。ああ、パニック!
「穂乃香」
ドキン!!!!
「俺と同じように思っててくれて、すごく嬉しいよ」
うわ~~~。待って。待って、藤堂君。私、まだまだ心の準備が。
「大事にしていくから」
「…」
「焦らないし」
「…」
あれ?
「自然と、そういうふうにきっと、いつかなっていくよね」
え?
「今は、こうやって、抱きしめあってるだけで、本当に俺、満足だから」
「……」
藤堂君はまた、私のことを抱きしめた。
あ、あれ?
「穂乃香。もう寝る?」
「え?う、うん」
「おやすみ」
藤堂君は私のおでこにキスをして、優しく微笑んだ。
「おやすみなさい」
私はそう言って、藤堂君の部屋を出た。
それから、私の部屋にぼ~~っとしながら入って、ペタンとマットの上に座った。
えっと。
これはもしかして、藤堂君にちゃんと伝わっていなかった、ってことだよね?
……。
ほっとしたような、どこかで、な~~んだって思っているような。
ああ!
やっぱり、私は私がわからない。
藤堂君は、しっかりともう決めたんだな。私のことが大事で、自然といつか、そうなるのを待つって。
だから、焦らないって、そう言ったんだ。
うん。良かった。だって、まだ私、心の準備ができていなかったもん。
そうだよ。良かったんだよ。
と、自分に言い聞かせているけど、でもでも、心のどこかで、藤堂君なら、いいのにって、そんな言葉がうずまいていた。




