第80話 公認のカップル
愕然。藤堂君はまだ、目を丸くしたまま、ドアのところで佇んでいる。その横で、沼田君は私と藤堂君の顔を、交互に見ている。
ああ、見られた。見られちゃった。こんなに頭に来たこともないし、こんなこと男子に言ったことも、生まれて初めてだったのに。そこを目撃されてしまった。
「かっこいい」
「さすが、藤堂君の彼女やってるだけある」
「結城さんって、麻衣の友達してるだけあるねえ」
そんな声が、女子の間から聞こえた。
へ?かっこいい?
「なんだ。言いたいこと全部、穂乃香が言っちゃった。ほら、男子。なんか、文句を言いたい奴、まだいるの?」
麻衣がそう言うと、男子はガタガタと、自分の席に戻って行った。
「よし」
麻衣がなぜか、そう言ってうなづくと、麻衣も席に戻って行った。
「岩倉さん」
私は声をかけてみた。岩倉さんはちょっとだけ顔をあげ、
「あ、ありがと」
と小声でささやいた。
藤堂君はようやく自分の席の方へと歩いてきた。私はドキドキして、藤堂君の顔が見れずにいた。でも、もっと緊張していたのはどうやら、岩倉さんの方だった。
ガタン。黙って藤堂君は自分の席に座った。それから、
「結城さん」
と私に声をかけた。
ドキン!うわ。なに?なに?なに~~?
「ブラボーだった」
「…へ?」
藤堂君は真顔でそう言っている。
え?何がブラボー?
「惚れ直した」
え~~~?!!!
私は思わず、藤堂君の顔を直視してしまった。
惚れ直した?え?今の私に?
「あ、あんな啖呵切っちゃったのに?」
「俺のこと、あんなふうに思っててくれて嬉しかったけど?」
「……」
か~~~、顔が熱い!
「それから、岩倉さん」
藤堂君が岩倉さんに向かって、声をかけた。
「俺、てっきり嫌われてると思ってた。だから、驚いたけど…」
そう言うと、岩倉さんは、ほんのちょっと顔を藤堂君に向けた。
「でも…。思っててくれてるのは決して、嫌じゃない。ただ、俺、結城さんが好きだから…、気持ちに応えることはできない。ごめん…」
藤堂君は一気にそこまで言うと、耳を赤くした。
「う、う、うん」
岩倉さんは、どうにか藤堂君のほうを見て、うなづいた。そしてすぐに、前を向いてしまった。
し~~~ん。教室は静かだったので、その一部始終をみんなが聞いていたようだ。だが、誰もひやかしたり、何かを言って来る人はいなかった。
5時限目は、数学。どんどん当てられ、みんながひ~~って言いながら問題を解いた。
そして6時限目。選択科目。私は美枝ぽんと美術室に移動した。
美術室に入ると、
「結城さん、かっこよかった」
「結城さん、藤堂君って、すごいのね」
「藤堂君って、素敵ね」
「藤堂君って、結城さんのこと、本当に好きなんだね」
という言葉を浴びせられた。
「え?」
私がびっくりして目を点にしていると、
「岩倉さんも、藤堂君に嫌われてなくって、よかったね」
「あんなふうに、言ってもらってよかったじゃない」
とみんなは岩倉さんに話しかけた。
「う、うん」
岩倉さんは小声でそう言ってうなづいた。今にも泣きそうになりながら。
「かっこいいな~~、やっぱり、藤堂君っていいね」
「でもさあ、その藤堂君が惚れ直すだけあるよ、結城さんも」
「結城さんって、もっとおとなしいだけの人かと思った」
「だけど、どこかただものじゃない気もしてたんだ」
え?何それ。
「麻衣と仲いいしね」
麻衣って、どんなふうに思われてるわけ?
「いいな~~~。藤堂君に、惚れ直されちゃって!」
ああ、みんなして、藤堂君のあの発言を聞いちゃったのね。恥ずかしすぎる~~~。
美術の時間が終わって、教室に戻るまでも、女子からあれこれ質問にあってしまい、大変だった。
「ああ、どっと疲れが」
私は席で、顔をうつっぷせて休んでいた。
「大丈夫?」
藤堂君も席に戻ってきて、私に声をかけた。
「質問攻めにあってた」
「俺も」
「え?」
「音楽室で。男子からも、女子からも」
「なんて?」
「男子からは、結城さんって怖くないの?って」
「…」
何それ。
「女子からは、結城さんって、かっこいいけどいつも、あんななの?って」
な、何それ!
「女子から、結城さん、すっかりモテちゃったね」
「へ?」
「男子からは、かなり怖がられたみたいだけど」
え~~~?
ドキドキ、藤堂君は?
「だけど、男子にモテちゃうより、いいかな」
「え?」
「ちょっとほっとしたりして」
「…藤堂君は、呆れたり、嫌になったり」
「俺が?まさか」
「ほんと?」
藤堂君は私にメモ帳を出してと言ってきた。私が藤堂君にメモ帳を渡すと、そこに急いで何かを書いた。
「はい」
それを手渡され読んでみると、
『さっきも言ったよね?さらに俺、惚れちゃったよ』
と書いてあった。
うわ!読んで顔を真っ赤にさせると、藤堂君がクスって笑った。
ああ、藤堂君をみくびっちゃった。そんなことで私を嫌ったり、嫌がったりしないのね。さすがだ。
「はは…」
あれ?今度は声に出して笑い出したよ。藤堂君…。
「なんだか、いろんな結城さんが知れて、嬉しいよ」
藤堂君はそう言うと、またあははって笑った。
それをクラスの女子がみんな見ていた。そして、こそこそと、
「いいな~~」
「笑ってる、可愛い」
とささやいていた。
かくして、私は女子から羨ましがられる存在でもあり、なぜか、かっこいいともてはやされる存在にもなってしまった。
なんで?
よくわかんないけど、藤堂君と私はクラス公認だし、それに何より、お似合いのカップルと言われるようになってしまったのだ。
「よかったじゃん」
「でも、見た目も似合ってるもん。和男子と和女子」
和女子って私のこと?
「二人とも、なんかこう、すっとしててかっこいいしね」
「私が?」
「うん。穂乃香、今、ブレイクしてるもん」
「え?私が?」
「あ、女子の間でね」
「…え?」
「女子にモテてるよね」
麻衣がそう言うと、美枝ぽんがうんうんとうなづいた。
「……」
どうなんだろう、それって。ま、いいけどさあ。
きっと、藤堂君がやたらと目立つようになったから、こんなことになっちゃったんだろうなあ。
それからというもの、廊下でもどこでも私は、1年の女子から挨拶をされられるようになった。藤堂君と一緒にいる時には、
「藤堂先輩、結城先輩、おはようございます」
と一緒に言われる。
3年の女子から、藤堂君はもう背中をたたかれなくなった。特に私が一緒にいると、
「藤堂君、おはよう」
と、私に気を遣いながら、挨拶をしてくる。あれ、司君って呼ばなくなったんだなあ。
どうやら、結城さんは怒らせると怖いという噂が3年には流れ、結城先輩は藤堂先輩の彼女だけあって、すごくかっこよくって素敵な先輩だという、わけのわからない噂が、1年には流れたらしい。
そんなこんなで、あっという間に週末がやってきて、金曜日は朝からすでに私は緊張していた。その緊張は藤堂君もわかっていたようだが、あえて、私には何も言わないようにしているみたいだった。
そして土曜。朝、私と藤堂君は、お母さんたちよりも先に家を出た。
「行ってらっしゃい。司、今日は戸締りしっかりするのよ」
「わかってるよ」
藤堂君はそう言って、玄関を出た。
「まったく、あんなこと玄関先で言ったら、今日はいないって堂々と言ってるようなもんじゃんか、ね?」
藤堂君は私を見てそう言った。
「う、うん」
私は緊張していて、それしか言えなかった。
「結城さん」
「え?」
「緊張しすぎ。昨日も思ったけど」
「う、うん」
か~~~。あ、一気に顔が熱くなった。
「くす…。大丈夫だよ。俺、取って食ったりしないから」
「え?」
ドキン。その言葉が返って、緊張を増すんですけど。なんで藤堂君は平気なの?っていうか、どこか、嬉しそうだったりもしてるけど?
「夕飯はどこかで食べちゃおうか。金なら、母さんから二日分、もらってあるし」
「うん」
私はそう言って黙って歩いた。そしてしばらくして、
「あ、私、作ったほうがいいかな。でも、カレーくらいしか作れなくって」
と慌てて言った。
「…れいんどろっぷす、行かない?」
「え?それって」
「聖先輩の家」
うわ~~~。
ちょっと、嬉しいかも。私は思わず、うなづいた。
「じゃあ、早目に行こう。人気あるらしいから、混んじゃうかもしれないし。それか予約入れとく?」
「ううん、そこまでは」
なんだか、おおげさになっちゃうし。
「じゃ、学校から帰ってきたら、すぐに行こうね」
「う、うん」
わあ。デート!嬉しい。
嬉しいけど、緊張がやっぱり勝ってしまう。結局私はその日、ほとんど絵を描くことができず、ドキドキになりながら5時を迎えた。
5時だ。
もう家に帰るんだ。
2人っきりの家に。あ、メープルはいるけど。
ど、ど、どうなっちゃうんだろう、今日。
とりあえず、帰ったらすぐに、夕飯を食べに出る。で、帰ってきたら、お風呂?それから…、それから?!
ドキドキドキ。わ~~~、心臓がうるさすぎるくらい、高鳴ってきた。
「結城さん」
藤堂君が美術室の前で声をかけた。
ドキン!思わず、飛び上がりそうになった。でも、まだ他の部員が残っているので、私は慌てて、平然を装った。こんなところで、慌てふためいていたら、変だもんね。
片づけをさっさと済ませ、美術室を出た。出る時に部員がみんな、私と藤堂君に挨拶をしてきたから、2人して焦ってしまった。
「なんだか、結城さんも人気者になっちゃったね」
「変だよね。こんなに目立たない顔つきしてるのに」
「ははは。それを言ったら俺もだけど?」
「藤堂君は目立つよ。かっこいいもん」
「それを言ったら、結城さんも綺麗だし目立つよ」
「どこが?」
私が慌ててそう言うと、藤堂君はクスって笑った。
「結城さん、女子の間でも綺麗だって言われてるよ」
信じられないよ。その感覚が。みんなどうかしてるよ。
一回、緊張がほどけた。だが、靴を履き、校門を出たところで、藤堂君がまわりに生徒がいないものだから、
「穂乃香」
と言って、手を差し出してきたので、また私は一気に緊張してしまった。
ドキドキ。胸がときめく。でも、藤堂君とそっと手をつないだ。
藤堂君は学校では、2人でいても「結城さん」と言う。家の周りでも、誰かがいると「結城さん」だ。近所の人がいるからかなあ。
だけど、学校を出て、まわりに生徒がいないと、「穂乃香」と呼ぶ時がある。結城さんと学校で言われなれているので、こうやっていきなり名前で呼ばれると、ドキッってしてしまう。
そして私はいまだに、司君とは呼べないでいる。ああ、情けないなあ。
「…明日の朝は、和だっけ?洋だっけ?」
「ごめん。和食だったけど、トーストとハムエッグくらいしか作れない」
「ああ、いいよ、全然」
藤堂君は笑った。
「俺もそれくらいなら、作れるから、一緒に作る?」
「うん」
ドキドキ。2人だけの朝食なんだ。
2人だけで、朝を迎えちゃうんだ。
ハッ。今の言い方無し!そんな言い方、なんだか意味深だ!って、一人で心の中で、何やってるんだか。
ああ、ますます緊張が…。なんだか、顔がずうっと引きつってるかもしれない。
「結城さん」
あれ?また結城さんに戻った。ああ、駅に生徒がいたからか。だから、手も離したのね。
「えっと」
「?」
藤堂君はしばらく黙り、電車に乗ってから、横に座ってそっと小声で話してきた。
「なんだか、俺も緊張してきた」
え?!
「やばいな」
何が?!
「もし、本当に俺が、暴走したら止めてね?」
「え?」
「バチンと一発。ね?」
「……」
そんなことを言われ、私はもっともっと緊張して、頭が真っ白になっていった。