第8話 協力者
翌日、朝、深呼吸をしてから教室に入った。そしてまっすぐに、藤堂君の席に行った。
「お、おはよう」
藤堂君が振り返って私を見た。
「あ、おはよう」
にこりと笑ってくれた。あ、本当だ。ちゃんと返してくれるんだ。
「あの、き、昨日は」
見学したことと、モデルの話をしようと思ったが、
「おっは~~。司っち!これ、持ってきたよ~」
とそこに沼田君が来て、藤堂君に話しかけてしまった。
「何?」
それでも、藤堂君は私の話を聞こうと、私のほうをむいてくれた。
「ううん、なんでもないの。あ、沼田君が持ってきたのって?」
「え?これ?映画のDVD。司っちが3はまだ観ていないっていうから、貸そうと思って」
「なんていう映画?」
あ、もしかして、侍の?
「マトリックスだよ。観たことあるでしょ?司っちったら、3だけ観てないなんて、とんでもないこと言うから」
「マトリックス?」
「え?あれ?まさか、知らないの?」
ギク。どうしよう。
「あ、あ、私も観てみたいな」
思わずそう言うと、
「じゃ、1と2も持ってるから、明日持ってきてやるよ」
と沼田君が言ってきた。
「3は、司っちが観てからね」
「うん」
「なんだよな。みんな、観てないの?この素晴らしい映画をさ」
「…」
チラ。藤堂君を見た。藤堂君は何も言わず、カバンにDVDをしまった。
「どんな映画?」
「マトリックス?SFもんだよ」
「SF」
そうか。藤堂君はSFも見るのか。
「穂乃ぴょんはどんなの観るの?」
沼田君が聞いてきた。
「私は、ジブリとか好きかな」
そう言うと、
「俺、観ないよ。ああいうのってまったく」
と沼田君が言った。ああ、私は別に沼田君が何を観てもかまわないけど、藤堂君のことが知りたいの。
「そうだ。司っち、今日の帰りにでも蕎麦屋行かない?手打ちそばの店」
「え?手打ちそば?」
私も行きたい…とは言えず言葉が続かなくなり、私は黙り込んだ。
「何?穂乃ぴょんも蕎麦好きなの?あ、もしかして家で、そば打ったりしてたりして」
「ま、まさか~~」
「一緒に食べに行く?蕎麦」
「ど、どうしようかな。でも、部活」
「部活のあとでいいよ。俺も今日、委員会で遅くなるし」
嘘。藤堂君と蕎麦食べに行けるの?
「穂乃ぴょんは、蕎麦、どうやって食べるのが好き?」
「え?どうって?」
「だから、いろいろとあるでしょ?食べ方」
「…」
何?なんだろう。ここはどうやって答えたらいいの?
「なんだよ、本当は蕎麦なんて好きじゃないんじゃないの?」
沼田君にそう言われた。ああ、もうばれたか。私は小さくうなづいた。
「じゃ、何が好きなんだよ?」
「パ、パスタ」
「じゃ、手打ちのパスタ屋があるから、そこ行かない?うまいんだよ。な?司っちもパスタでもいいよな?」
「俺、今日部活のあと、ミーティングもあるし、遅くなるから二人で行って?」
「え?」
2人でって、沼田君と?
「なんだ、そうなの?じゃ、俺と2人で行くか~。穂乃ぴょん」
「え?いいよ、私は、その…」
その時、チャイムと同時くらいに麻衣がやってきた。
「うわ、セーフ。遅刻するかと思った」
「どうしたの?寝坊?麻衣」
沼田君が聞いた。
「昨日遅くまで、しゃべりこんじゃって」
「誰と?」
「彼氏と電話で」
「仲いいね、相変わらず」
そんな話を沼田君と麻衣がしている。私はその場から離れ、自分の席に戻った。
あ、そういえば、麻衣が沼田君が私に気があるとかなんとか。今頃思い出した。
え、なのに、2人でパスタ食べに行くことになっちゃうわけ?これって、なんだか、やばくない?
「なんで、司っちじゃなくって、沼っちと行くことになってるの?」
やっぱり。昼休み、食堂だと沼田君と藤堂君がいるかもしれないからと、私は中庭に麻衣を連れ出し、そこで今朝の話をしたら、そう言われてしまった。
「穂乃ぴょん、藤堂君のこと好きなの?」
その場にいた美枝ぽんがいきなりそう言った。
「え?なんでわかったの?」
私がそう言うと、
「え?っていうか、なんとなく前からわかってたけど?」
と美枝ぽんにあっさりと言われてしまった。
「わかってたの?でも、本人も最近気が付いたみたいだよ?」
麻衣が美枝ぽんにそう言うと、
「やっぱりね。本人気が付いてないかもって、それもわかってたよ」
と美枝ぽんは言った。
「なんでわかったの?」
「だって、藤堂君を見る目も違ってたし、なんだか、妙に意識してたし」
「……」
「沼っちと2人でどこに行くの?」
「パスタ食べに」
「は~~~~ん」
美枝ぽんが、流し目で私を見た。
「な、何?やっぱり、沼っちって、穂乃香が好きとか?」
「ううん、違う」
「あれ?違うの?」
「沼っちもね、気が付いてるよ」
「何を?」
「穂乃ぴょんが司っちを好きなの」
「え?!」
私と麻衣が同時に驚いた。
「で、でも、それじゃなんで」
「沼っちって、そういうの好きみたい」
「どういうの?」
「誰かが誰かを好きで、それをくっつけたりするの」
「な、何それ」
「1年の時も、そういうのよくやってた」
「ようするに、おせっかいってこと?」
麻衣がそう聞いた。
「ううん。ただ単に、人が幸せになっていくのが好きみたい」
「はあ?」
「人が好きみたい。っていうか、すぐに好きになって、助けてあげたくなるらしい。私が聖先輩好きなのも知って、協力するって言ってきたけど、私、遠くで見てるだけが幸せだから、協力はいらないって断ったんだ」
「じゃ、もしかして、穂乃香のことも、協力したくて」
「多分、うずうずしてると思う」
「な、何それ」
私は思わずのけぞった。
「なんとなくだけどね、私に穂乃ぴょんが好きなやつって知ってる?って聞いてきたんだよね」
「私にも聞いてきたよ。だから、沼っちが穂乃香に気があるのかと思っちゃったけど」
麻衣がそう言うと、
「違うんだな。穂乃ぴょんって、俺の勘からすると、司っちのこと好きじゃない?って聞いてきたから」
「え?」
「そうかもしれないけど、多分、本人は気が付いてないよって、教えてあげた」
「え?」
「今日あたり、2人になったら、沼っち、穂乃ぴょんに聞こうと思ってたんじゃないかな。司っちのことどう思ってるか」
「…」
どうしよう。そんなこと聞かれたって。
「よっしゃ、穂乃香!味方は多いほうがいいよ」
「え?何?味方って」
「沼っちだよ。沼っちにも協力してもらおうよ」
「…」
「今日パスタ食べながら、どうやって藤堂君のハートをゲットできるか、作戦練って来い!」
「ね、練って来い?」
「きゃ、麻衣ちゃん、男らしい~」
美枝ぽんが、麻衣を見てうっとりとした。
「ま、待って。ハートをゲットって、私はまず、友達からって」
「何~~?友達って」
美枝ぽんが笑った。
「友達何て言ってないで、恋人になったらいいじゃない」
「美枝ぽん、そんなの無理だよ、私」
「なんで?友達になってから、そのあとどうするの?」
「…でも、まず、せめてもうちょっと仲良く話せるようになりたいんだってば」
私がそう言うと、美枝ぽんが、
「なんだか、まどろっこしいんだね」
と苦笑いをした。
「…しょうがない。穂乃香だって、男子苦手だし、友達になるのだって、やっとだよね?」
麻衣がそう言うと、美枝ぽんが、
「そうなんだ。だから、手の届かない聖先輩とかを思ってたんだ」
とスバッとそんなことを言い当てた。
それ、ほんと、当たってるの。彼氏欲しい。美枝ぽんみたいに、彼氏は別に欲しくない。遠くから見てりゃ、それでいい、って思えちゃったらいいんだけど、私の場合、彼氏欲しいけど、男の人が苦手で、だから、手の届かないような聖先輩をただ、遠くから見てる、って、そんなことをしているだけなんだ。
でも、本当は思いが通じ合って、デートとかして、麻衣みたいに夜中まで電話で話して…。ラブラブなメールもしあって…。そんなことも、思い切りあこがれてるの。
「友達で、本当にいいんだ」
また美枝ぽんに言われた。う。そうだよ。友達以上になりたいよ。藤堂君とメールしあったり、デートしたり、それから、電話で話したりって、そんなこともしたいよ。
午後の授業は、外から爽やかな風が吹いていた。私は窓から桜の木を見た。
新緑、どんどん濃くなっていく。
あの木を描こうと思っていたのにな。
あ、そうだ。あの爽やかな緑の中に、藤堂君が弓を射る、そんな絵はどうかな。
目を閉じた。緑とまぶしい光と、そして涼しげな藤堂君。
何気に、藤堂君のほうを向いた。あれ?藤堂君がぱっと顔を前に向けたけど、今、こっちを見てた?
ああ、そっか。外を見ていたのか。
藤堂君の涼しげな横顔を、私はしばらく眺めていた。
放課後、キャンパスの前に座り、まず緑の絵を描きだした。その中に藤堂君を描いていこう。藤堂君にはモデルになってと言ってないけど、いいよね。
今、目を閉じても鮮やかに浮かび上がる藤堂君の姿。それを思い出し、描いていこう。
「お、描きだしたのか、結城」
「先生。はい、昨日の見学で、なんだか、描きたいものが決まってきて」
「そうか、よかったな。柏木は意欲出なかったみたいだけどな」
「あれ?そういえば、今日いないですね」
「しばらく休むって言ってたよ。学校の帰りに江の島の海でも見てきますってさ」
「…気分転換に?」
「海見たらまた、意欲出るかもってさ」
「…そうですか」
ちょっとほっとした。今日も一緒に帰ろうって言われたら、どうしようかって思ってたから。
あ、でも、今日は沼田君が…。ホームルーム終わったら大声で、
「穂乃ぴょん、部活終わる頃、美術室まで行くから待っててね」
と言ってたし。
あわあわ。今のもしっかりと藤堂君に聞かれたよね、と思って藤堂君を見たら、まったく関係ないところを向いていて、さっさと教室を出て行っちゃったっけ。
寂しいな。少しは気にかけてくれてもいいのに。なんて、思ってみたり。
「穂乃ぴょん!あ、いた」
片づけをしていると、沼田君が美術室に入ってきた。
「どんな絵描いてるの?」
「木」
「木?」
「そう」
まだね。そのうち、藤堂君も描くけど。
「さ、行こうぜ、パスタ食べに」
「うん」
沼田君、行く気満々だ。断れそうもないな。
仕方なく沼田君の後ろを歩いていくと、後ろからわいわいと弓道部の部員がやってきた。
「あれ?弓道部、終わったのかな」
私がそうぼそって言うと、
「じゃ、司っちもいる?」
と沼田君が振り返った。
「あ、昨日見学に来てた子だ」
一人の弓道部の部員が私に気が付いた。
「本当だ。結城さんだ」
「き、昨日はどうも」
ぺこって私は頭を下げ、挨拶をした。
「藤堂ならまだ、部室だよ」
「え?」
「部長と話をしてる」
ドキ。まさか、モデルの件?
「じゃ、ミーティングは?」
沼田君がそう部員に聞いた。
「ミーティング?そんなのないけど」
え?でも、藤堂君、ミーティングあって、遅くなるって。
「ほんじゃね、結城さん。また絶対に見学来てね」
「はい」
藤堂君、嘘ついたの?
私はそれが気になり、ずっと黙り込んで歩いていた。
「ちょっと歩くけど、いいよね?」
「う、うん」
しばらく歩いていると、また沼田君が話しかけてきた。
「弓道部の見学行ったの?」
「うん、美術部の何人かで」
「ふうん」
「…」
また、黙り込んだ。いつも明るい沼田君でさえ、私とだとこんなにしゃべらないんだ。
「と、藤堂君、ミーティングあるって言ってたよね?」
「ああ、部長との話があるってことじゃないの?」
「そっかな。嘘つかれたかと思っちゃった」
沼田君は黙っていた。そしてまた、2人で黙って歩いた。
「あ、そこだよ。ほら、手打ちパスタの店って看板出てるでしょ?」
「うん」
小さめの家庭的なお店だ。
沼田君のほうが先にドアを開け、中に入った。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは~~」
沼田君は愛想よくお店の人に笑いかけ、席に着いた。私も黙って、沼田君の前に座った。
「冷製パスタ、けっこう美味しいよ」
「そうなの?じゃ、それにする」
私は沼田君が勧めてくれたものを、そのまま頼むことにした。
オーダーが済むと、沼田君は、
「ね、穂乃ぴょんってさ、聖先輩のファンだよね」
といきなり聞いてきた。
「なんで知ってるの?」
「そう言ってたもん、麻衣が」
「…」
そうか、麻衣言っちゃったんだ。
「でも、彼女がいて、落ち込んでたって?」
「う、うん」
「で、遠くの人より、近くの人に目覚めちゃったって?」
「え?!なんでそれ!」
「あ、やっぱりそうなんだ~~」
「…」
今のカマかけた?とか?
「美枝ぽんが言ってた」
「な、何を?」
「どうやら、穂乃ぴょんは自分の思いに気が付いたらしいよって」
「…」
美枝ぽん、なんでばらしてるかな。
「俺も、協力してあげてもいいけど」
「え?!」
「手ごわい相手だとは思うけどさ」
「と、藤堂君?」
「…そう。藤堂君」
にやり。沼田君が思い切り、にやりと微笑んだ。
もしや、この人、人が幸せになることを望んでるわけじゃなくて、ただ単に、楽しんでるんじゃなかろうか。
「だからさ、俺のことも協力してくれない?」
「え?!」
「俺の好きな子って知ってる?」
「知らない」
私はちょっと考えて、
「あ、まさか麻衣だったら無理だよ。彼とラブラブなんだから」
と慌てて言った。
「麻衣じゃないよ。俺、もっと前から片思いしてるんだ」
「え?」
「1年の時から。相手、まったく俺のことなんか眼中になし」
「…」
「なんでも、手に入る相手より、遠い人のほうがいいんだってさ。付き合ってがっかりしたりするのは、嫌なんだって」
「もしかして、美枝ぽん?!」
「大当たり」
え~~~~~!!!!!?????