第7話 友達から
わ。歩き出したのはいいけど沈黙だ。どうしようかな。ほら、なんか話すんでしょ?弓道してる時の、藤堂君、かっこよかったって。
違う。それは言えない。でも、でも、なんか、ほら。話しかけなよ。
「結城さんじゃん」
ドキ!いきなり後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、柏木君だ。あれ?さきに帰って行ったはずなのに、なんでいるの?
「あれ?弓道部の…」
柏木君が藤堂君を見て、何か言いかけた。
「今日、見学に来てた人?」
藤堂君も柏木君に話しかけた。
「…結城さんと知り合い?」
「クラスが一緒だけど…」
「…友達じゃないよね?」
柏木君が突然、そんなことを言った。
「え?」
藤堂君は一瞬黙って、私を見てから、
「友達じゃないって?」
と柏木君のほうを見てそう聞いた。
「だって、結城さん、男子と話すのが苦手だって言ってたし、友達いないって」
「…」
藤堂君は黙ってまた、私を見た。
「だから、俺くらいだと思ったからさ、結城さんの男友達」
柏木君がそう言うと、藤堂君は柏木君に視線をゆっくりと移した。
「男、友達?」
「うん、そう。友達になった。ね?結城さん」
ひえ。なんで私にふるかな。
「…」
藤堂君はしばらく黙り込んで、
「あ、だったら、俺とじゃなくて、こっちの友達と帰ったほうがいいのかな?結城さんは」
と下を向きそう言った。
え?なんで、そんなこと藤堂君言ってくるの?
「でも、用事があるんでしょ?結城さん。俺も、ちょっと本屋に寄っていこうと思うし、また明日にでも一緒に帰ろうよ」
柏木君はそう言うと、にこっと笑い、
「じゃあね」
と、私に手を振り行ってしまった。
「…用事、あったの?」
藤堂君が私にぽつりと聞いた。
「…ううん、もう、終わった」
「え?」
「用事は済んだから」
…って、なんかつじつまの合わないこと言ってるかな、私。
「じゃ、帰れるの?もう」
「うん」
私と藤堂君はまた、とぼとぼと歩き出した。
帰れるといっても、駅までの道だけだ。こんなふうに黙って歩いてたら、あっという間に着いてしまう。
だから、早く何か話さないと…。
ええい!勇気を振り絞れ、私。
「矢を射ぬいてるところ、初めて見た」
私は必死にそう話し出した。
「…」
藤堂君、無言だ。ええい、頑張れ、私。
「なんか、いいよね、あの緊張感!」
あ、なんだか、変に声がでかくなったかな?
「でしょ?」
静かに藤堂君は私に笑顔を向けた。わ。笑顔向けてくれちゃうんだ。
「あれを見て、藤堂君も魅了されたんだね」
「うん。わかってくれた?結城さんも魅了された?」
「うん。…あ、でも、弓道をしたいとは思わなかったけど、ただ…」
「ん?」
藤堂君は静かに私を見て、私の言葉を待っている。
「絵、描けたらいいなって思った」
「なんの?」
「弓道…。あ、でも、難しいよね。あの緊張感とか描くのは」
「…人物画ってこと?」
「うん、そう。矢を射ぬいてる瞬間を絵にしたいなって」
「…いいかもね。でも、誰がモデル?」
「え?」
「誰でもいいの?」
ドキン!
「それは、その、誰がっていうんじゃなくって、えっと」
しどろもどろだ。本当は藤堂君を描きたいって思ってるくせに。
「部長に頼んでみる?モデルになってくれるかどうか」
「ぶ、部長?」
なんで、そこで俺がモデルになるって言ってくれないの。
「一番、モデルになったらかっこいいの、やっぱ、部長でしょ?」
「そんなこと…」
ないって言ったら、部長に失礼かな。
「いいよ、頼んでみるよ、俺から」
「…ありがと」
いいの?私、いいの?藤堂君を描きたいくせにいいの?
「で、でも、部長に迷惑だって思われないかな」
そう精一杯言ってみた。そこからどうにか、部長じゃなく、モデルは藤堂君で…と話を持っていけないものだろうか。
「喜びそうだよ、あの人。前に写真部に撮らせてくださいって言われて、めちゃ張り切ってたし。なんか、見られると張り切っちゃうみたい」
「…そ、そうなんだ」
こりゃ、無理そうだ。モデルは部長で決まっちゃうかな。
「だから、見学も大歓迎なんだよね。まあ、あまり見学に来る人なんていないけどさ」
藤堂君は、話を続けている。しょうがない。その話に合わせるしか…。
「…私も見学に来てって、他の部員さん言ってたね」
「え?ああ」
「あれ?それも、なんで私の名前知ってたのかな?あの人」
「それは…」
藤堂君が黙った。
「俺がほら、結城さんってさっき、声をかけたからじゃないかな」
「あ、そっか」
そこで、会話が途切れてしまった。とぼとぼ。また黙って、私たちは歩き出した。
「駅に着いたね」
うん、着いちゃったよ。結局私、何も言えなかった。
「結城さん」
改札を通ったところで、藤堂君が声をかけてきた。
「え?」
「部に、友達できて良かったね。男子苦手だって言ってたけど、気が合うのかな?」
え?!
「さっきの…。名前なんていったっけ?」
「柏木君」
「…彼も見学に来たってことは、今スランプ?」
「そうみたい。意欲まったくなさそうだった」
「じゃ、そういう話もお互いできるね」
「うん」
「…それじゃ、電車来たから、乗るね」
「うん」
藤堂君はさっさと、電車に乗り込んだ。そしてしばらく、どこか全然違う方向を見ていて、電車が発車するときになり、ようやくこっちを向いた。
目が合った。藤堂君がちょこっと微笑んだ。そしてまた、ふっと視線を外された。
私は微笑み返すことができただろうか。きっと、思い切り引きつってたと思う。
友達できてよかったね。ってどういう意味?
暗い。自分でも自分の暗さにまいるくらい、暗い。ここまで私って暗い性格だった?
友達できてよかったね。って、そう言う意味だよ。深い意味はないよ。
柏木君は友達で、藤堂君はクラスメイト。ってだけだよ。
藤堂君は…。
友達にもなれないの?あれ?友達じゃないの?
友達って何?いったい、何?
あ~~~~。なんだか、何も考えたくないくらい、真っ暗だ。
駄目だ。私は帰りの電車で芳美にメールをした。
>何が何だかわからない。相談にのって!
するとすぐに、返信が来た。
>今どこ?
>電車に乗ってる。
>私、藤沢の駅にいる。ご飯でも食べる?
>うん。もう少しで着くから、待ってて。
>了解。麻衣と待ってるよ。
え?麻衣?麻衣もいるの?
「…」
麻衣にはなんとなく話しづらかった。なにせ、藤堂君と仲いいし。
う~~、でも、いいや、もう。一人で考えても、暗くなるばかりだ。あの二人に聞いてもらおう。
沈んだ気持ちを引きずったまま、私は藤沢の駅に降り立った。
「え?!!!!」
麻衣が、思い切り驚いた。その驚きように、こっちがびっくりしたくらいだ。
「そうなんだ。弓道してる姿見て、惚れちゃったか~~。なあんだ。だったらさ、去年コクられた時、弓道部の見学させてもらえばよかったんじゃない?そうしたら、もっと早くに惚れてたって」
芳美はそんなに驚いていない。どっちかって言うと楽しんでいるようだ。
「そ、そうだね。でも、あの時はそんなこと思ってもみなかったし」
「…穂乃ぴょんが、司っちを?」
麻衣はまだ、びっくりしたままで、運ばれてきたパスタを一回、フォークにくるっと巻きつけたのに、それをそのまま、お皿に置いてしまった。
「そうそう、聞いたよ。穂乃香、穂乃ぴょんって呼ばれてるの?笑える~~~」
「それは今、どうでもいいよ、芳美。それよか、司っちのことだって」
麻衣がようやく我に返ったって顔で、そう芳美に言った。
「司っちって、藤堂君?」
「そう」
「麻衣って、藤堂君を司っちって呼ぶくらい仲いいの?」
「ううん、別に」
別に?私から見たら、仲よさそうに見えるけどな。
「席が近いから、ちょっとは話すけど、なんか、一緒にいる沼田ってのが、やけに司っちにからんでみたりしてるからかな、3人で話してるように見えてるみたいでさ」
「沼田?」
「ねえ、穂乃香。沼っちはどうなの?」
「え?どうって?」
なんで、麻衣、そんなこと聞いてくるの?
「沼っちってさ、なんだかどうも、穂乃香のこと気に入ってるみたいなんだよね」
「え?誰?沼っちって?」
芳美が目を輝かせた。
「穂乃ぴょん、穂乃ぴょんって言って、やたらと穂乃香に話しかけてる」
「そんなことないよ、美枝ぽんにも話しかけてるし、沼田君って誰にでもああだよ」
「いんや、それが違うんだな」
麻衣が声を潜めた。
私たちはよく、藤沢の駅で行くカフェでご飯を食べていた。うちの学校の生徒もたまに出入りしているので、それで声を潜めたのかもしれない。
「私にやたら、穂乃香のことを聞いてくるんだよ。沼っち、司っちがいても、関係なく、穂乃香のことを聞いてくるの」
「たとえばどんなこと?」
芳美が聞いた。
「彼氏いないよねって話から、穂乃ぴょん、好きなタイプってどんなやつ?とか、なんか、興味あることってあるのかな?とか」
「それ、かなり気にしてるってことじゃない?」
「芳美もそう思うでしょ?」
「…そうかな」
私は首をかしげた。
「藤堂君はその時、一緒にいてどうすんの?」
芳美が聞いた。あ、それ私も気になる。
「え?別に。黙って横にいるだけ」
「…だよね、やっぱり」
私はそれを聞いて、また気持ちが沈んだ。
「なんとも思われてないんだよね、もう」
私が暗くそう言うと、
「そんなことわかんないじゃん」
と、芳美が言ってきた。でも、麻衣は何も言わなかった。
「ね?麻衣、そんなのわかんないよね」
麻衣が何も言わないからか、芳美がもう一回そう言った。
「どうかな。私には何とも言えないな」
「え?」
「確かに。司っちって、穂乃香の話が出ても、無表情だしさ」
「…」
「その、私、何気に聞いちゃったんだよね。穂乃香、最初の頃司っちに顔を合わすのも嫌がってたでしょ?」
「え?うん」
「藤堂君は、今も穂乃香のこと好きなの?って」
「わ、それ、何気にじゃなく、すごくストレートだよ」
芳美がそう言った。私はその先が聞きたくなかった。
「俺がふられたこと知ってるんだって、そう聞かれて、うんってうなづいたら、司っち、ちょっと困ったっていう顔をして、もう、なんとも思ってないよって言ったんだよね」
「…」
芳美も黙った。そして私を見た。
私は、ショックよりも、ほら、やっぱりって思っていた。
「だから、変に意識してもらっても、困るんだよなって、そう言ってて…」
うわ。それもだ。それも、わかってたことだ。
私が藤堂君のことを好きになったって、もうどうしようもないことなんだ。
「穂乃香!」
いきなり、芳美が持ってたフォークをその辺に置き、私の手を握ってきた。
「な、何?」
「好きになったんだったら、頑張りなよ」
「え?!」
「応援するから!」
「…」
「私も!」
麻衣が、私の手を握った芳美の手を握りしめ、
「いくらでも、協力する。司っちだって、また、穂乃香のことを好きになってくれるかもしれないじゃん?」
と熱い目をして言ってきた。
「…う、うん」
「いきなり付き合うってのはなかなか、難しいかもしれないけど。あの司っちの性格からして」
「うん」
「まずは、友達かな」
麻衣がそう言った。
「何それ、友達なんてすぐになれるでしょう?」
芳美がそう言うと、麻衣はくるくると首を横に振り、
「そんな簡単な問題じゃないのよ。彼はね、どうやら女子が苦手なんだよね。友達になるのもなかなか」
「でも、麻衣は仲いいんでしょ?」
私がそう聞くと、
「だから、沼っちがいたら、けっこう話すけど、いないとそうでもないんだって。あっちは私のこと、友達と思ってないと思うよ」
と声をまた低くしてそう言った。
「そ、そうなの?」
「う~~ん、けっこう手ごわい相手なんだ」
芳美がうなりながら言った。そして、
「でも、何?そんなに女子が苦手なやつが、なんでまたいきなりコクってきたんだろうね」
と芳美は、私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「それ、藤堂君に言われた」
「え?」
「あまり、深い意味はなかったんだって」
「告白にってこと?」
2人が同時に聞いてきた。
「うん」
「なんじゃ、そりゃ」
芳美が言った。
「まさか、からかったとか?」
また芳美が言った。
「そんなキャラじゃないよ」
麻衣がそう言った。私もそれは思う。
「なんだったんだろうね」
芳美がまた、水の入ったコップを手でゆっくりと回しながらそう言った。
カラン。水の中の氷が音を立てた。
私にもわからない。でも、藤堂君が今は、なんとも思っていないんだよねって、それだけはわかってることだ。
「よし、とにかく!」
いきなり麻衣は、また私の手を握り、
「どんどん穂乃香から、話しかけなよ。司っちって、話しかけられる分には、いいみたいだよ。私が話しかけても、答えてくれてるしさ」
と言ってきた。
「でも、何を話していいかがわかんないの。だから、2人でいてもだんまりになっちゃう」
「じゃ、興味のあることでも、ふってみたら?」
「興味?何に興味があるのかもわからないのに?」
「ああ、なんだか、映画好きみたいだよ。そんな話を沼っちとよくしてる」
「映画?なんの?」
「時代劇とか?侍の出てくる映画、そんな話ばっかり。たとえば、7人の侍は渋かったよな~~とか」
「し、7人の侍?」
どんな映画?!
「よし、それを借りてきて早速観て、その話題をふってみたら?」
芳美がそう言ってきた。
「わかるかな、その映画を観て、私…」
「そうだよね~~。あ、そうだ。穂乃香が好きなものって何?それと共通点があればいいんじゃないの?」
芳美がそう言った。
「私は、食べることとか」
「あ!司っち、そば好きだって言ってた」
「え?」
そば?
「沼っちと今度、手打ちの蕎麦屋に行こうって、そんな話をしていたよ」
「手打ちのそば?」
「う、う~~~~ん。渋いね」
芳美がうなった。私も横で、うなりたい気分になった。
でも!仲良くなるには、そうだよね。相手が好きなこととか、そういう話題をふらなきゃ!向こうだって、いい加減、いつもだんまりになるんじゃ、嫌になっちゃうよね。
よし!
「わ。私頑張ってみる!」
「よっしゃ。応援するから」
「私も」
また3人で手を握り合い、目を輝かせた。
よかった。話して。一人だといつまでも、暗くじめじめとしていただろうな、私。
それから、ようやく2人は自分らの彼氏の話をし始めて、私たちは楽しくご飯の続きを食べた。
聞いていたら、めちゃくちゃ羨ましくなった。2人とも、彼とうまくいってるんだな。
よし、私も、頑張る。まずは、友達から!
藤堂君に「友達でも駄目かな」って言われて、断った。
あの時に戻って、やり直したい。
「友達、いいです。友達、なります」
今、そう言ったとしても、引いちゃうかな?
だから、自然と仲良く話せる、そんなふうになれたら、それでいいから。
いや、本当はもっと仲良くなって、毎日2人で帰れたら。
いや、本当はこれから来る夏休みとか、クリスマスとかそんなイベントも一緒にいられたら。
でも、まずは友達から。そう思いながら私は家に帰ってきた。
明日から、頑張るぞ~~~~。なんて、寝る前にガッツポーズもしてみたりした。