第32話 これもデート?
藤堂君はちょっと後ろを歩いてる私を、ちらっと振り返ってこっちを見た。
「ドーナツでいいの?結城さん、甘いもの苦手じゃなかったっけ?」
「あ。大丈夫。甘くないのもおいてあるし」
「そう?他のところでもいいよ?」
「ううん。大丈夫」
いつの間にかすぐ横に、藤堂君は来ていて、ゆっくりと歩いている。
「あ、あの…」
何か話さないとと思い、とりあえず話しかけた。
「え?」
「えっと…。あの」
「うん」
何も浮かんでこない。
「ごめんね。私、緊張してるみたいで」
「…うん。大丈夫」
藤堂君はそう言って、前を向き歩いている。何が、大丈夫なんだろうか。
「結城さんは、誕生日はいつ?」
「え?」
話題をふってくれたのかな、もしかして。
「私、1月だよ」
「そうなんだ。まだまだ先だね」
「藤堂君は?」
「俺は、4月」
「え?!」
誕生日、終わってるの?
「4月何日?」
「23日」
そうだったんだ。かなり、ショック。プレゼントあげたかったな。今からじゃだめかな。駄目だよね。ああ、彼女になったら、彼の誕生日って大きなイベントごとじゃない?プレゼントをあげて、2人で祝って…。
しん。話題もなくなっちゃったし…。ちょっとだんまり歩いていると、ドーナツ屋に着いた。
「あ…、やばい」
「え?」
藤堂君が入り口の前で立ち止まった。
「あ~、見つかった」
「?」
ドーナツ屋のドアが開き、
「藤堂じゃん!」
と川野辺君が出てきた。お店の奥のほうを見たら、弓道部の2年生がみんないて、こっちを見ている。
「なんだよ。用事があるって言うから何かと思ったら、結城さんとデート?」
で、デート?違う、違うと、私は顔を横に振ったが、藤堂君は下を向いて、
「お前たちがいるんだったら、別の所に行くよ」
とぼそって言った。
「え?いいよ、邪魔はしないから。なんなら、俺ら、もう出て行こうか?」
「いいって…。結城さん、あそこのコーヒーショップでもいい?」
「うん。全然いいよ」
「え?ちょっと、藤堂」
「お前ら、絶対にひやかすだろ。じゃあな、川野辺」
藤堂君はそう言うと、さっさと歩き出した。私は川野辺君にちょこっとお辞儀をして、藤堂君のあとをついて行った。
「あ~あ、寄るなら寄るって言ってくれよなあ…」
藤堂君がぼそってそう言った。
コーヒーショップに着いた。席にカバンを置いてから、カウンターに行き、コーヒーやパンを買った。
あれ?そういえば、川野辺君、デートだなんて言ってたのに、藤堂君、否定しなかったな。
なんで?
藤堂君は、パンをパクパク食べだした。
「明日、みんなにひやかされない?」
「え?」
「弓道部の…」
「ひやかされるかもなあ」
「…デートなんかじゃないって、はっきり言ってみるとか…」
「え?」
あれ?藤堂君の目が丸くなった。なんでびっくりしてるの?
「…そ、そうか」
藤堂君は下を向いた。
「こういうのは、デートって言わないんだ…」
え!?
あれれ?
これ、デート?
藤堂君はもくもくと、パンを食べている。
「…こ、こういうのも、デート?」
私は思い切って聞いてみた。
「…」
藤堂君はちらっと私を見た。
「あ…。私、男の人と付き合ったこともないし、あまりよくわかんなくて。ごめんね」
「謝らなくていいよ、俺だって付き合うの初めてだし」
そう言って藤堂君はアイスコーヒーを一口飲むと、
「結城さんが思うデートって、どういうの?」
と聞いてきた。
「えっと。休みの日にどっかで待ち合わせをして、2人でどこかに出かけたり…」
「…」
藤堂君はまた下を向いた。そして、少しすると、
「じゃあ、今度、弓道部が休みの時に…」
とぼそってそう言った。
え?それって、デートのこと?
「あ、どっか、行きたいところある?」
「私?」
あ、声が裏返った。藤堂君がその声を聞いて顔をあげた。
「あの…。そうだな。えっと」
「そういえば、前に沼田が、江の島水族館に結城さんが行きたがってるって言ってたっけ。そこにする?」
「うん」
私はコクンとうなずいた。
「じゃあ、そうだな。来週の日曜が確か、弓道部が休みだったはず」
うわ~~~い。デートだ。
「でも、美術部はあるのかな」
「ううん。あっても出ない」
「え?いいの?」
「うん、全然大丈夫」
嬉しい。江の島水族館に2人で行けるんだ。デートだ。あ、顔が熱い。今、赤いかも…。
「もしかして、結城さん、喜んでる?」
「え?」
ドキ。
「か、顔、赤い?」
「うん。それに、嬉しそうだ」
か~~。ますます顔が熱くなった。
「…コホン」
藤堂君が下を向き、咳ばらいをした。
「?」
「へ、変なことを聞いてもいいかな」
「え?」
「緊張してるってさっき、言ってたよね」
「うん」
「でも、今ももしかして、喜んでいたりする?」
「え?」
藤堂君は私の目をじっと見てきた。うわ~~。もっと顔が熱くなっていくよ。
「う、うん。緊張してるけど、う、嬉しい」
私は消えそうな声でそう答えた。
「…そっか」
藤堂君もぼそってそう言うと、アイスコーヒーをゴクゴクと飲んだ。
私もアイスティをゴクンと飲んだ。そしてまた、しばらく2人して下を向き、黙っていた。
照れる。なんだかよくわかんないけど、照れちゃう。
そもそも、私は付き合うっていうのがよくわかっていないかもな…。
「ああ、腹減った」
と、隣のテーブルにカップルがやってきた。うちの学校の生徒だ。でも知らない顔だから学年は違うのかな。
そして、パンを食べながら、仲よさそうに話し出した。たまに、男のほうが、女の子のおでこをつつく。そうすると女の子が、もう~~って言いながら嬉しそうに笑う。
うひゃあ。これがもしや、「付き合っている」という状態なのか?でも、とてもじゃないけど、こんな仲よさそうにできないよ。
あ。うそ。テーブルの上で手をつないじゃった。うひゃあ。周りの人がいるのに、平気なんだ~~。
ドキドキ。それを見て意識しないようにしようとしても、なんだか意識してしまって、ドキドキしてる。
「あ、そうだ。結城さん、野坂さんが作ったクッキー食べる?」
「ううん」
「あ、甘いの苦手なんだっけ」
「そうじゃなくて、野坂さんに悪いから」
「え?」
「藤堂君のために作ったクッキーでしょ?」
「…」
藤堂君はまた、私の顔をじっと見た。あれ?変なことを言ったかな。
「こういうの、もらわないほうが良かったかな」
「え?ううん」
「そう…」
藤堂君がまた、下を向いた。あれ?もらわないでと言ったほうがよかったのかな。
「なんだよ~~」
隣の男が今度は、女の子の頭をくしゃくしゃってしている。女の子は赤くなって、
「子ども扱いしないで」
とちょっと口をとがらせた。でも、なんだか嬉しそうだ。男のほうも、かなり鼻の下のびてるし。
しん…。それに比べて、こっちはまた、し~~んってなっている。
ゴク。アイスティを飲んだ。飲み込む音がやたらと響く。
私のまん前に藤堂君がいる。嬉しいけど、緊張する。緊張でパンが喉を通らなくて、さっきから私は、パンをアイスティで流し込んでいる。
はあ…。なんでこうも、緊張しちゃうんだろう。なんで隣の女の子は、あんなに彼氏と仲よさそうにできるのかな。
そもそも、男子が苦手なんだからしょうがないのかな。でも、これが沼田君だったら、そんなに緊張もしないよな。やっぱり、藤堂君だからだよね。
ちら。藤堂君を見てみた。あれ?外を見てる。
私も窓の外を見てみた。すると弓道部のみんなが、店の中をのぞいていて、藤堂君と私のほうを見て、何か言っている。
藤堂君は、すぐに窓から目線をテーブルのほうに移した。何か言われていたのにもかかわらず、思い切りシカトするつもりのようだ。
すると弓道部のみんなは、ぞろぞろと駅に向かって歩き出した。
「今日、ついばらしちゃって」
藤堂君が下を向いたまま、ぼそって言った。
「え?」
「結城さんがOKしてくれたっていうのを」
「え?」
みんなもう、付き合ってるの、知ってるのか。
「昨日、ちょっと遅くまで残ってた部のやつがいたみたいで、結城さんが俺にしがみついてるところを、目撃したみたいでさ。今日、部室に行ったら、いきなりとっつかまって聞かれちゃったから…、ついばらしちゃった」
「ごめん。私が怖がってしがみついたりしなかったら…」
ばれなかったのに~~。
「いいよ。いつかばれることだったし。っていうか、隠しておくつもりもなかったんだけどさ」
「え?」
「ただ、しばらくはひやかされるかも…。今日もさんざん言われたし」
「なんて?」
「…いや、うまくいってよかったなって…」
そうなんだ。あ、藤堂君、照れてる?耳赤い。
私も下を向いた。ああ、また二人して照れあってる。こんなで、付き合ってるって言えるのかなあ。
お店を出た。駅はすぐ目の前で、改札を通るとすぐに、藤堂君の電車が来て、藤堂君は電車に乗った。
「じゃあ…」
それだけ藤堂君は言うと、ドアが閉まった。
う。なんか、あっけなくない?
電車の中の藤堂君は、私のほうを見ていたけど、手をふるわけでもなく、笑うわけでもなく。私もただただ、電車を見送った。
夕飯を食べ終え、お風呂から出て、宿題をするために机に向かった。
ブルル…。携帯が振動して、藤堂君かと思ってすぐに開くと、麻衣だった。
>司っちと初デート、どうだった?
え?やっぱり、今日のもデートなの?
>パン食べて、おしまい。
そう返事をした。
>何それ?
麻衣から、拍子抜けをしたっていう感じのメールと絵文字がやってきた。
「だって、本当にそれだけだし…」
私はぼそっと、独り言を言った。
藤堂君から、メールだって来ない。
じ~~。私は携帯をじっと見つめた。メールしてみる?してみない?
でも、なんてメールする?今何してるの?とか?そんなの、うざったいメールだよね?
今日は、ありがとうとか?楽しかった、とか?緊張で結局あんまり話せなくって、それなのに楽しかったなんて、変なメールだよね。
じゃあ、今日は緊張したってメールする?って、変だよね?なんだ、そりゃってメールだよね。
「は~~~」
結局、なんてメールしていいかもわかんない。
ああ、もしかして藤堂君もなんてメールしていいかわかんなくって、悩んでてくれないとか?
っていうのは、かなり自分勝手な空想だよね。藤堂君は、別に私にメールなんてしたいとも思ってないのかもしれないんだし。
あ~~。ほんと、今、何してるの?
私は宿題をしようとして、ペンを手にした。だけど、藤堂君のことが気になって、まったく勉強が進まない。
宿題終わった?実験のレポート、なかなかできないよ。
な~~んて、送ってみる?それも、うざいかなあ。でも、でも、藤堂君からメールがほしいよ~~。
えい!思い切って送ってみた。なんて返事が来るだろう。
5分経過。10分経過。
ああ!送らなきゃよかった。返事が来なかったら、私相当へこむかも。
レポート用紙と教科書、ノートを目の前にして、なんにもできないでいる。時間ばかりが気になり、時間がたつとともに、気持ちがどんどんめり込んでいく。
ブルル…。
「うわあ」
携帯が振動して、思わず飛び上がりそうになった。
ドキドキ。藤堂君からかな?
携帯を開くと藤堂君からで、
>終わったよ。結城さんはどのへんで、苦戦してるの?
と返事が書いてあった。
く、くれた!メール!それも質問してくれた!って、苦戦も何も、まだほとんど書けてないの。どうしよう。
>最初の出だしだけ書いたけど、そのあとどう書いていいんだか。
こんなメールしたら、相当なあほだと思われるかな。だけど、本当に書けてないし…。
えい!送信した。
>電話今、大丈夫?
ええ?!
>うん。平気。
待って。電話してくれるの?
ブルル…。藤堂君が電話をくれた。
「も、もしもし」
「結城さん?メールよりも電話のほうが説明しやすいと思ってさ。で、書きだして、どの辺まで書けたの?」
ひゃ~。ひゃ~。藤堂君から電話!
私はドキドキしながら、レポートの書けたところを伝えた。すると、藤堂君は、そのあとどんなことに注意して書いたらいいかとか、要点とかを説明してくれた。
「ありがとう。ごめんね遅くにメールしちゃって」
「ううん。全然。たいてい俺、12時ころまで起きてるし、またわかんなくなったら、電話くれてもかまわないから」
「ありがとう」
「じゃ、続き頑張ってね」
「うん」
電話を切った。藤堂君、優しい!思い切ってメールしてよかった。なんか、恋人同士の会話なんて、どこにもなかったけど、でも、嬉しい。
藤堂君なら、もしかしてもしかすると、うざいなんて思わず、メールを返してくれるのかな。
レポートを書き終え、時計を見たら11時を回っていた。だけど、まだ起きてるんだよね?
>レポート終わったよ。本当にありがとう。助かった。
そうメールを送った。5分して、
>どういたしまして。
と、それだけの返信が来た。
ああ、返信をしてくれるのはすごく嬉しい。だけど、一言なんだな。いつも…。
>おやすみなさい。
もう一回返事が欲しくてメールした。するとすぐに、
>おやすみなさい。
と返信が来た。
やっぱり、それだけかあ。
私はなんとなく、風に当たりたくなって、ベランダに出た。するとすごく綺麗な満月が、夜空に浮かんでいた。
>藤堂君、満月だよ。すごく綺麗。
思わず、そう送ってしまってから、あ、こんなことでメールして、あほだったかな。さっき、おやすみなさいってメールしちゃったのに、と後悔した。
ドキドキ。返信来るかな。すると、
>本当だ。満月だね。
という返信が来た。よ、良かった。返してくれた。
夜空をまた見上げた。藤堂君も見てるんだよね。
また明日ね、藤堂君。夜空を見上げながら私は、心の中でそうつぶやいた。




