第26話 ポーカーフェイス?
お昼休み、食堂にみんなで向かった。廊下を出て歩いていると、何気なく藤堂君が私の横にすっと寄ってきた。
「結城さん…」
ちょっと話しにくそうにしている。
「な、なに?」
「さっきの、クラスのやつらに言った迷惑ってのは、その、結城さんが迷惑ってわけじゃないから」
「あ…」
あのことか。
「うん、大丈夫。わかってるし」
「え?」
藤堂君はさっきまでうつむき加減だったのに、隣にいる私の顔を見た。
「藤堂君って、人が傷つくことを言ったりしたりしないんだって、わかってるから大丈夫」
「…」
藤堂君は黙り込んだ。そしてちょっと照れたようにまたうつむいた。
「俺、結城さんのことを知らない間に傷つけてないかな。昨日も、道場で、俺傷つけるようなこと言っちゃったと思うんだけどな」
「…ううん。大丈夫」
「俺さ、気が利かないし、言葉で説明したりするの苦手っていうか、言葉が足りなかったり、逆に言わないでいいこと言ってたりするから、傷ついたならその都度言ってくれて構わないからさ」
「え?」
「…そのたび、ちゃんと謝るから」
キュン…。あれ?今の言葉でなんだか、胸が締め付けられちゃった。
「だ、大丈夫。藤堂君、本当に優しいもん」
か~~~。顔がほてる。藤堂君がこっちを見たのがわかったけど、私は藤堂君の顔が見れなくなった。
「先輩!」
もうすぐ食堂というところで、野坂さんが元気に藤堂君に駆け寄ってきた。
「あ~~。本当に怪我してる!」
「よう。どうしたの?こんなところで」
藤堂君が聞いた。
「どうしたじゃないです!今朝、先輩の教室に行ったら、先輩が怪我して多分病院に寄ってるんじゃないかって聞いて、私、びっくりしちゃって!大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫だよ。たいしたことないからさ」
「私、何も知りませんでしたよ」
「…え?」
藤堂君はきょとんとした顔をした。でも、野坂さんはふくれっ面をしている。きっと、どうして教えてくれなかったんだって、そう言いたいのかもしれない。
「お昼食べるのも大変じゃないですか?もう~~。言ってください。私、いろいろと手伝いますから!」
「いいよ。大丈夫だから、家でも一人でなんでもしてるし」
「だ、だけど!片手じゃ大変なことだってありますよね?私、こういう時に先輩の役に立てるよう、先輩の高校に来てるんですから」
え?な、何それ。
「私が大変だったとき、いっぱい先輩に助けてもらったから、恩返しに来てるんですからね。それ、先輩も知ってますよね!」
「…野坂さん。そのことだけど、そんなに恩を感じなくてもいいからさ」
「駄目です。私、本当に先輩がいなかったら、今こうして元気に陸上も続けていられなかったと思うし」
「…う~~ん。でも、あれはなんていうか…」
藤堂君が困っている。いったい、何があったのかな。
野坂さんが私をちらっと見た。
「クラスメイトですか?」
「ああ。他の連中はもう、とっとと食堂に入ってるかな」
「他って?」
「いつも何人かで食べてるんだ。あ、その中に気のいいやつがいて、そいつに何か困ったことがあったら言うからさ、大丈夫だよ。野坂さんはクラスに戻って」
「……」
野坂さんが納得いかないって顔で、藤堂君を見た。
「彼氏も待ってるんじゃないの?一緒に食べるんだろ?」
「彼氏なんていませんよ。私」
野坂さんが怒りながらそう言った。
「あれ?」
藤堂君は不思議そうな顔をして、
「じゃ、クラスメイトだったのかな?」
と独り言のように言った。
「藤堂先輩は、彼女いませんよね」
「うん」
「まだ、彼女できてないですよね?」
「…うん」
それを聞くと、野坂さんはほっとした顔になり、
「それじゃ、もし何か私の手伝えることがあったら、メールしてくださいね」
と言い、廊下を足早に歩いて行った。
「メール…」
いいな。藤堂君のメアド知ってるんだ。
「あ、メールって言っても、ほとんど連絡事項くらいで」
藤堂君が私の独り言を聞いて、いきなり慌てたようにそう言った。
「連絡事項って?なんの?」
「時々中学校の、陸上部に顔を出してるんだ。野坂さんもだけど、他にも数人で。後輩たちと一緒に走ったりしてて、それで、いつ行くかとか、何時に集合かとか、そういう連絡事項」
「今でも中学の陸上部に行ってるの?」
「うん。あ、たまにだよ」
なんだ。そうか。それで今でも野坂さんと、ああやって話したりしてるのか。ちょっとほっとしたりして。って、でも、あの子が藤堂君を好きなのは、確実だなって今日わかっちゃったな。彼氏もいないみたいだし。
「司っち、穂乃ぴょん、ここ!」
食堂に入って、みんなを探してると、沼田君が手をあげてそう叫んでるのが聞こえた。
「遅かったじゃん」
沼田君が言った。あれ?みんなまだ、食べないで待っててくれたんだ。
「ちょっと後輩につかまってて」
「野坂さんって子?」
「うん」
「朝も来てたっけ。怪我して病院にいってると思うって言ったら、真っ青になって涙目になって」
「あ。それ伝えたの、沼田だったんだ」
「うん。で、たいした怪我じゃないからとか、慌てて言おうとしたんだけどさ、私、何も知りませんでした。酷いって言って、駆けて行っちゃったから、俺、ちゃんと説明もできなくって」
「酷い?」
それを横で聞いてた美枝ぽんが、不思議そうな顔で聞いた。
「う~~ん。あの子、いったい何?単なる後輩じゃないの?司っち」
沼田君が聞いた。
「後輩だよ」
「あ、でも、恩返しにこの高校に来たって…。それってどういう意味?」
私はさっきのことを思い出し、藤堂君に聞いてみた。
「恩返し~?なんか司っち、あの子を助けたかなんかしたの?」
麻衣が目を丸くして聞いた。
もうみんなは、お弁当を広げ食べだしていた。藤堂君はちょっと、片手でお弁当をいれた袋を開けるのに、苦戦している。それ、手伝ってもいいのかな。私は自分のお弁当も広げないで、じっと藤堂君の手元を見ていた。
それに藤堂君が気がつき、
「あ、開けてもらってもいいかな」
と聞いてきた。
「え?うん。もちろん」
私は藤堂君のお弁当の袋を開け、お弁当を出した。それから、箸箱からお箸も出して、お弁当の上に乗せた。
「ありがとう」
藤堂君が静かにそう私に言った。
うわ。ありがとうって言われた。それに、開けてって私に頼んできた。嬉しい!
私は真っ赤になり、自分のお弁当を広げだした。その時、視線を感じて顔をあげると、前に並んで座ってる美枝ぽんも沼田君も麻衣も、私のことを見ながら、にんまりとしていた。
今の、見られてたんだ。それもきっと、私が赤くなって喜んでるのも。
藤堂君をちらっと見た。藤堂君はみんなの表情も私の顔が赤いのも気が付いていないようで、お弁当のふたを片手で開け、ご飯を食べだしていた。
「あ、そ、それで、恩返しって?」
私はみんながまだ、にんまりとして私を見ているので、藤堂君にそう話を振った。
「ああ、そうそう。話の途中だったっけ。で、何があったの?司っち」
麻衣が藤堂君に聞いた。
「中学の時ね、あの子陸上部に1年で入ってきて、はじめはみんなとも仲良くやってて良かったんだけど、中3の先輩に気に入られちゃってから、いじめにあっちゃったんだよね」
「え?なんで?」
沼田君が聞いた。
「その先輩ってのが、わりと人気のあった人でさ」
「それだけでいじめ?」
麻衣が聞いた。
「ああ、その先輩、聖先輩ともつるんでたんだ。その先輩に廊下で会っても、野坂さんは話しかけられてて、そんときに聖先輩も一緒にいて、仲良く話したりしてたから、やっかむ子が多かったんだよ」
そうなんだ。聖先輩と仲良く話しただけで、いじめられちゃうんだ。怖いな。
「部が終わってから、一人で泣いてたことがあって、そこにたまたま居合わせちゃって。なんかほおって帰れなくなったっていうか」
「優しくしてあげちゃったんだ。藤堂君」
美枝ぽんがそうぽつりと言った。
「優しくっていうか、ただ、陸上部、続けんの?って聞いただけだよ。野坂さん、涙をふいて、やめないって言ったから、どうやって走ったら速く走れるかとか、アドバイスをしただけなんだけど」
「…優しいじゃん」
麻衣が藤堂君のことをひやかす感じで、そう言った。
「いや、ほんと、アドバイスだけ。そのあとも、みんなが帰った後で、ちょっと練習に付き合ったりしてただけで」
「いじめは?なくなったの?」
私は気になり聞いてみた。
「先輩が部を引退したらね。みんながみんな、野坂さんをいじめてたわけじゃなくて、一部の連中がやってただけなんだけど、それを止めもせず、傍観してただけの1年がいてさ。まあ、いじめをしてた連中も、先輩が引退したら、部を辞めたり、出てこなくなったりして、いじめる人もいなくなったら、野坂さんも残った1年とうまくやっていけるようになって…」
「先輩目当てで入ったってわけか」
美枝ぽんがそう言った。沼田君が、
「じゃ、そのことで、野坂さんは恩返しがしたいって言ってるんだ」
と藤堂君に聞いた。
「うん。俺、特に何かをしたわけでもないんだけどね」
「…優しくされたから、自分は特別だとか、藤堂君に好かれてるって思ってたり」
「え?」
美枝ぽんが言った言葉に、ちょっと藤堂君が驚いている。
「優しくって言っても、ほんと、そんな優しい言葉なんて俺、かけてないけど?」
「だけど、本人からしてみたら、十分優しくされたって思ったんじゃないの?」
麻衣までがそう言いだした。
「…」
藤堂君は黙り込んだ。あ、もしかすると、部の仲間だからっていう、そういう意識でしただけなんじゃないのかな。藤堂君は。
「難しいな」
藤堂君はぽつりと言った。
「何が?」
沼田君がパンにかじりつきながら聞いた。
「沼田はさ、言ってたよね?いつもいい人で終わるとか、友達どまりなんだって」
「う、うん」
沼田君はそれを美枝ぽんが聞いてるのが、ちょっと気になっているようだ。美枝ぽんの顔色をうかがっている。
「俺は、女子の友達も少ない。あまり女子とは話さないし。どう接していいかもわかんないし。だけど、たまに気が合ったり、話しやすかったり、野坂さんみたいに慕ってくれる後輩もいて」
「うん」
「優しくなんてした覚えもないし、普通に接してるつもりなのに、期待させることが多いみたいで」
「期待?」
ドキン。思わず私は聞いてしまった。
「コクられて断って、泣かれたこともあったし」
え!コクられたこと、あるの?!!
「回りが勝手に付き合ってるって、噂になった時もあったし」
「今の穂乃ぴょんとみたいな噂?」
沼田君がそう言うと、麻衣が、
「沼っち。そのことはもう言わないの!」
ときつく沼田君を怒った。
「あ、ごめん」
沼田君が私のほうをちらっと見て、謝った。
「…その時はどうしたの?やっぱり、さっきみたいに、みんなに噂するのはやめてくれって言ったの?」
美枝ぽんが聞いた。
「いや、別に何も。でも、相手に好きな奴がいたみたいで、その子の友達が噂を一生懸命に否定してて、俺、あとで責められたっていうか」
「その相手の子に?」
「いや、その友達に」
「それで、さっき、あんなふうにみんなに言ったの?」
美枝ぽんが聞いた。
「…うん。結城さん、好きな人がいるのに、俺と噂があったりしたら、困るでしょ?」
藤堂君がそう言うと、みんながいっせいに、目を丸くして私を見た。好きな人ってのは、藤堂君のことじゃんって、そうみんなの目が訴えている。いや、訴えられても困るんだけど…。
「藤堂君の場合は、あまり女子と話さないから、たまに話したり仲良くしてると、目立っちゃうんだよ」
美枝ぽんがいきなりそう言った。
「え?」
藤堂君が聞き返した。
「それに、いつもポーカーフェイスで、そっけない感じがするから、ちょっと優しくされただけでも、ギャップっていうのかな。あれ?優しいところもあるんだ、なんて思っちゃうんじゃないの?」
「ああ、それ、あるかもな。女ってギャップに弱いんでしょ?」
沼田君が誰にともなく、そう聞いた。
「沼っちの場合はいつも明るくて優しいから、それが誰に対してもそうだから、みんな安心もしてるし、自分にだけって思わないから、噂も立たないし、好かれてるっていうのもわかんないのかもねえ」
麻衣が、ご飯を食べながら冷静にそんなことを言っている。
「じゃ、俺もポーカーフェイスでいたらよかったのかな」
沼田君がそう言って、ちょっと顔をむすっとしてみた。
「あはは、似合わない」
美枝ぽんが笑った。沼田君はそれを見て、ちょっと顔を引きつらせた。
「沼っちは沼っちの良さがあるんだもん。それをわかってくれる人がいたら、それでいいじゃん」
美枝ぽんがそう言ってから、
「私みたいに?」
とにこっとして、沼田君に顔を近づけた。
「え?あ、ああ。うん」
沼田君が真っ赤になって、顔を下げた。
「うわ。沼っち、照れてる、照れてる」
麻衣がそれを見てからかった。
「う、うっせ~~~」
沼田君はまだ、下を向いたまま、そう恥ずかしそうに言った。
「沼っちって、意外とシャイなんだよね?私、最近それを知ったの」
美枝ぽんがそう言ってから、また沼田君に顔を近づけ、
「そういうのって、あまり他の子知らないよね?」
とそう聞いた。
「し、知らないも何も、俺、特に照れるような場面に遭遇してなかったっていうか」
「美枝ぽんの前だから、照れちゃうんでしょ?」
麻衣がそうつっこんだ。
「う…」
沼田君が何にも言えなくなっている。
「そっか、美枝ぽんの前でだけなんだ。じゃ、そういう照れてる沼っちを見れるのって、私だけの特典なんだね」
と美枝ぽんはにこにこしながら、沼田君に言った。沼田君はますます顔を赤くして、うつむいてしまった。
あれれ。本当だ。こんな沼田君はなかなかお目にかかれないかも。
「…沼田は、素直だよな」
いきなり藤堂君がそう言った。
「え?」
沼田君は赤くなったまま、藤堂君を見た。
「なんか、そういうのも羨ましいな」
「え?俺が?」
藤堂君の言葉に沼田君は驚いている。
「俺は別に、好きでこんな仏頂面してるわけじゃなくって、意識しないでもこんなになっちゃうからさ。嬉しくても、どんな顔をしていいかもわかんないから、いつもムッとしてるとか、怒ってるって思われることもあるしさ」
「ええ?!」
私が驚いて、声をあげてしまった。
「な、何?結城さん」
その声と驚いた私の顔を見て、藤堂君が私を見て聞いてきた。
「だって、藤堂君、怒ってるように見えないし、仏頂面なんてしてないよ」
「え?」
「いつも優しい顔してるもん」
「……」
藤堂君が、一瞬フリーズしたが、私から視線を外し、下を向いて耳を赤くした。
「あ、藤堂君も照れるんだ」
それを見て、美枝ぽんがぽつりとそう言った。
「初めて見る。司っちの照れてるところ」
沼田君もそう言った。
「へえ。司っちでも、顔赤くなるんだ」
麻衣までがそう言った。藤堂君は一回咳払いをすると、顔をあげて、
「別に。照れてるんじゃなくて、驚いただけだから」
と、ものすごい無表情な顔でそう言った。
「あ。いつものポーカーフェイスに戻った」
沼田君がそれを見て、ぽつりと言った。
本当だ。もう、顔も赤くない。
でも、私、何度も見たことあるよ。藤堂君の照れた表情。赤くなったり、照れくさそうに笑ったりして、可愛いなって思ってたもの。
あれ?それ、みんな気づいてなかったの?
それから藤堂君は、無心にご飯を食べだした。前に並んでいる3人は、わいわいと話しながら食べている。
私は黙々と、ご飯を食べていた。すると視線を感じた。あ、藤堂君が私を見てた?ちらっと藤堂君を見ると、目が合ってしまい、藤堂君はぱっと視線を外した。その時にもわかってしまった。藤堂君、耳が赤くなってる。
あれれ?なんで?
いつも、ポーカーフェイスで、何を考えてるかもわからない藤堂君。そんなイメージだったのに、今では、照れてる藤堂君も、すごく優しい藤堂君も知ってしまっていて、私はもっともっと藤堂君が好きになってるっていうことも、自覚していた。
そして、もっと知りたいなって、そう思ってる。藤堂君の横に座りながらそんなことを思って、ドキドキしていた。




