第21話 保健室で
私も好きになってもらう自信はまったくない。でも、好きになる自信ならあるかもしれない。ただし、自分が相手を幸せにする自信は、やっぱりない。
でも、藤堂君も自分に自信がないんだっていうことを知れて、ちょっとほっとしているような気がする。
そんな藤堂君も、好きな人の幸せを望む藤堂君も、やっぱり好きだなあって思ってしまう。
私、重症かな。
ドーナツをぺろりと2個食べてしまうのも意外だったし、アイスコーヒーにガムシロップをいれるのも意外だった。
そんなところも知れて、喜んでいる私がいる。
それに、あの陸上部の子のことも、何とも思っていないようで、安心した。
あれ?でも待てよ。もし、相手が幸せであることを望むのなら、野坂さんに彼氏がいても、野坂さんが幸せならそれでいいってこと?
私はお風呂に入りながら、そんなことをずっと考えていて、のぼせてしまった。
翌日、あまり具合がよくないのに、無理して学校に行った。
「なんだか、顔色悪いよ?穂乃ぴょん」
美枝ぽんがそう言った。
「わ、わかる?」
「わかるよ。なんで学校に来たの?休んじゃえばよかったのに」
う。だって、やっぱりなんだかんだ言いつつも、藤堂君に会いたいんだもん。
「保健室行って、休んでいたら?」
「そ、そうする」
1時限目が終わり、私は美枝ぽんについてきてもらって、保健室に行った。
「次の休み時間に、様子見に来るからね」
美枝ぽんがそう言って、戻って行った。
「熱はないようね」
養護の先生がそう言って、
「少し横になっていなさいね」
と言ってくれた。
「はい」
私はベッドに横になった。
うん。熱はない。でもきっと、貧血だ。頭がくらくらする。
いつの間にか私は眠っていたが、話し声で目を覚ました。
「先生、いつもの薬」
「また頭痛薬?あなた薬漬けになるからもう駄目よ」
「じゃ、ここで休んでいっていい?ベッド空いてる?」
「一つふさがってるけど、もう一つ空いてるわよ」
「先生も一緒に休む?」
「何をバカなこと言ってるの」
この声、まさか柏木君?!
シャ…!カーテンがいきなり開いた。
「あれ?」
「柏木君、そっちのベッドじゃなくて、窓際のほうよ、空いてるのは。ほら、早くカーテン閉めてあげて。今、気分悪くて寝てるんだから」
「起きてるよ、先生。それに、この子、俺の知り合い」
「あら。起きたの?具合どう?」
先生が柏木君の後ろから顔を出した。
「…まだ、頭がくらくらしてます」
「じゃ、もう少し寝てなさいね」
「はい」
「頭痛くて寝てたの?」
「…」
柏木君に聞かれたが、私は答えなかった。
「ほら、柏木君。休んでるんだからもう話すのやめて、そっちのベッドにあなたはいなさいよ。ちょっと私はこれから、職員室に行かないとならないから、ちゃんと寝ていなさい」
「へ~~い」
柏木君はカーテンを閉め、隣のベッドに寝転がったようだ。
「…こんなところで会うとはね」
柏木君がそうつぶやいた。
「いつになったら、部活出てくるの?結城さん」
「…」
「出られないのって、俺のせい?」
「…」
「悪かったって反省してるよ」
嘘だ。声が全然、反省してない。
「…具合悪いの、風邪?」
「もう寝るから、黙ってて」
「…いいの?俺が隣にいるのに寝ちゃって」
「え?」
「その間に襲うかもよ」
「!!!」
し、信じられない!
「はは。嘘だよ。今、焦った?」
この人、やっぱり、何を考えてるかわかんない。
シャ…。柏木君がカーテンをまた開けた。そして、またベッドに寝転がった。
「顔が見えてるほうが話しやすいね」
柏木君からそう言われ、わざと私は背を向けた。
「…やっぱ、俺、相当嫌われたか」
私はまだ黙っていた。
「たった一人の友達も、俺、いなくなっちゃったんだな」
「友達だなんて思ってないくせに」
「…なんでそう思う?」
「友達だったら、あんなことしない」
「大当たり」
ム!やっぱり、この人、からかってるんだ。
「友達になろうなんて、最初から思ってないよ」
「…じゃあ、もう話しかけないで。友達でもなんでもないんだから」
「まだわかんない?」
「何が?」
私はずっと後ろを向いたまま、むっとしながら答えていた。
「俺が、結城さんのこと好きだってこと」
「え?」
「いい加減気が付いてたよね?」
またからかってんの?!
「その手には乗らないから」
「何?それ」
「またからかってるんでしょ?」
「からかってる?からかったことなんてないよ。一回も」
「嘘だ」
「いい加減にこっち向かない?」
「…」
私は無視して、後ろを向いたままでいた。
「好きじゃなかったら、友達になろうだなんて言わないし、あんなこともしないよ」
「す、好きだったら、あんなことしないんじゃないの?傷つけるってわかってて、なんであんなこと」
「傷ついた?」
「…」
む、ムカつく。傷つかないわけないじゃん!
「ごめん」
「心から悪いって、思ってないくせに」
「思ってるよ。それに後悔もしてる」
「嘘だ」
「本当だけど。こっち向いて顔見てくれたらわかるんだけどな」
それでも私は背を向けたままにしていた。
「…ものすごく後悔した。部活もきっと出てこなくなるだろうなって思ったけど、ほんと、出てこなくなったし」
「……」
「ごめん」
今度のごめんは、思い切り沈んだ声だ。
「参ってるよ。もう嫌われただろうってこともわかってる。そんな嫌われるようなことをした自分に、腹が立つ」
「…」
「どうしたら、許してくれるかな」
「……」
「もう無理か」
「友達とも、もう思えないかもしれない」
「…俺のこと?」
「そう。悪いけど、ご両親のことで苦しんでいたとしても、友達が誰もいないんだとしても、私も、もう柏木君とはかかわりたくない」
「そんなに嫌われた?」
「…」
「男と付き合ったことないんだっけ?」
「ないよ」
「キスは?」
「ないよ」
「……そうか」
あ、柏木君の声が、ものすごく沈んだ。
「ごめん。本当にあの時は、俺、どうかしてた」
「…頭痛いから、私もう休みたい」
「…部活は出てきなよ」
「…」
「今日、俺、部には出ないから、一週間くらい、また海でも見に行くからさ、結城さん出てきて大丈夫だから」
「…」
私は黙って、布団を頭からかぶった。
「それと、ここからも今すぐ出て行くからさ」
柏木君はそう言うと、カーテンを閉めて保健室を出て行った。
「…」
あんなの、信じられない。好きな人にあんなことする?
絶対に私を好きだなんて嘘だ。嘘に決まってる。
私は柏木君のことが気になって、眠れなくなった。
チャイムが鳴り、しばらくすると誰かがドアをガラリと開けた。
「あれ?先生いない」
あ、美枝ぽんの声?
「穂乃ぴょん?」
カーテンがあき、美枝ぽんと麻衣が顔を出した。
「どう?具合」
そう言って2人がベッドの横に来た。ホ…。なんだか、すごく安心した。
「まだちょっと、くらくらしてる感じがあって。もう1時間くらい休むね」
「わかった。先生に言っとくよ。貧血かな?」
麻衣が聞いた。
「そうみたい」
「さっきの休み時間、来れなくてごめんね」
「え?ああ。私寝ちゃってたみたいで、さっき起きたの」
「やっぱり?2時限目の数学、プリントが終わらなくて、私も麻衣ちゃんも沼っちも休み時間までかかっちゃって。さっさと終わらせた藤堂君だけ、保健室に行かせたんだよね」
「え?!」
と、藤堂君、来たの?
「で、戻ってきて、穂乃香、気分良くなってた?って聞いたら、寝てたからわかんないって」
「う、藤堂君、来たんだ。あ~~、なんだ~~。起きてたらよかった。あ!まさか、寝てるところを見られたかな?」
「先生に聞いたら、寝てると思うって言われたって。そう藤堂君言ってたから、そのまま顔も見ず、帰ってきたんじゃないかな」
「でも、ギリギリまで戻ってこなかったよね?藤堂君」
「どっか、寄ってたんじゃないの?」
「そっか。寝顔は見られずに済んだんだよね。は~~~~」
藤堂君が来てくれるなんて、思ってもみなかった。
「あ、もしかしてプリントができてないっていうのは、みんなの作戦?」
「そう言いたいところだけど、本当にできてなかったの」
「難しかった?どうしよう、私」
「あとで、藤堂君に聞いたら?藤堂君さらっとやってのけてたから」
「う、うん。でも、教えてくれるかな」
「教えてくれるでしょ。藤堂君、優しそうだし」
「……」
そうだよね。友達としてならいくらでも、なんでもしてくれそうだ。友達としてならね…。
「じゃ、そろそろ行くね。次の休み時間には、沼っちでも迎えに来させるから」
「え?」
美枝ぽんがそれを聞き、顔を引きつらせた。
「あ、駄目か。じゃ、司っちだ」
「そうだよ。もう、麻衣ちゃんってば。沼っちが迎えに来るより、藤堂君が来たほうが穂乃ぴょんだって、嬉しいんだから」
「だよね。ごめん、ごめん」
そう言いながら2人は保健室を出て行った。
「藤堂君が来たほうが、緊張するってば」
私は独り言を言っていた。
しばらくすると先生が戻ってきた。
「あれれ~?柏木君は?」
と、言いながら先生がカーテンを開けた。
「多分、教室…」
「それはないな。どっかでさては、さぼってるな」
「え?」
「ちょっとね、最近まともに、授業にも出てないのよね。学校に来るだけでもましだけど、あの子、高校卒業できるかな」
「なんでですか?」
「あ、ちょっとね。まあいろいろと、あるわけなのよ。それより結城さんはどう?そろそろ授業に戻れそう?」
「はい。午後からなら」
「お昼は食べられそう?」
「はい、なんとか」
「そう。じゃ、もう少し休んでお昼休みになったら、戻りなさいね」
「はい」
先生がカーテンを引こうとしたので、私は先生に、
「あの…。2時限目終わってから、誰か来ましたか?私寝ちゃっててわかんないんですけど」
と思い切って聞いてみた。
「ああ、来たわよ。弓道部の藤堂君。彼氏?」
「く、クラスメイトです!」
「そうなの?保健委員でもないし、なんで結城さんのこと心配そうに見に来たのかって、私、勝手に彼氏なのかと思っちゃった。じゃ、悪かったかな。結城さんに」
「え?な、何がですか?」
「寝てると思うから、起こさないよう中に入って様子見てって、藤堂君のことカーテンの中に押し込んじゃったの。だって、カーテン閉まってる前で、なんだかおろおろしてたから、藤堂君」
「…え?」
「中の様子を見たそうにしてるし、彼氏なんだから、ま、いっかって」
え~~~~!!!!!
「か、か、彼氏じゃないです」
「ごめん、ごめん。でも、かなり心配してたけどなあ」
「と、友達です。他のみんなが数学のプリントに追われてて、代表で見に来たみたいで。だから、別に、その…」
「そうなの?じゃ、あとで謝っておいて。勝手に彼氏と勘違いしたこと」
私から?冗談…。そんなこと言えないよ。
「あ、またあとで来るかもしれないから、先生から言ってください」
「そう?え?じゃ、迎えにも来てくれるってこと?やっぱり、彼氏なんじゃ」
「違います」
「くすくす。そんなに否定しなくたって。返って怪しいわ。そうか。結城さんのほうは藤堂君のことが…」
「い、いいですから、もう~~。私、休みますから!」
「はいはい」
先生はくすくす笑いながら、カーテンを閉めた。
それにしても!!寝顔きっと見られたんだ。恥ずかしい!よだれ垂らしてたとか、大口開けて寝てたとか、いびきをかいて寝てたとか、ないよね?!!!
それに、迎えに来るの、本当に藤堂君なのかな。ああ!寝顔を見られたとしたら、顔を合わすのも恥ずかしいのに!
チャイムが鳴った。ドキン!と、とりあえず、髪くらい整えておこう。私はベッドの横の壁にある鏡を見て、髪を手でなでつけた。
それから目やにが付いてないかとか、確認をした。
ガラ…。ドアが開いて、
「失礼します」
と藤堂君の声がした。うひゃ~~~、やっぱり藤堂君!
「結城さん、お迎え来たわよ~~」
先生が私を呼んだ。
「はい」
カーテンを開けて、私は出て行った。う。なんだか藤堂君の顔が見れないよ。
「具合もう、大丈夫なの?」
藤堂君が聞いてきた。
「う、うん。もう大丈夫だから、一人でも戻れた…」
「ああ、でも、八代さんと中西さんに、また具合悪くなったら大変だし、迎えに行ってって、すんごいすごまれて…」
そうだったんだ。自分の意思で来てくれたわけじゃないのね。
そうだ。さっき、来てくれたのだって、みんなが来れないから来てくれただけで…。麻衣や美枝ぽんが来れたら、藤堂君が来ることはなかったんだよね。
「じゃ、結城さん。もし具合が悪くなったらまた、藤堂君に連れて来てもらいなさいよ」
「え?」
「ね?藤堂君。頼んだわよ!」
「え?あ、はい」
先生!だから、彼氏でもなんでもないのに。
「あ、そうそう。結城さんに怒られちゃったの。カーテンの中に、結城さんが寝てるのに、藤堂君いれちゃったでしょ?彼氏だとてっきり、思い込んじゃったのよねえ。でも、違ってたのね。藤堂君にも悪いことしたわね」
「え?い、いいえ」
藤堂君は、顔を思い切り引きつらせ、そう言った。そして、失礼しますと言って、一緒に保健室を出た。
「…さっき、まさかと思うけど、起きてた?」
「え?」
「俺が、見に行った時。ぐっすり寝てると思ったんだけど」
ドキン!やっぱり、寝顔見られたよね。わあああ。恥ずかしい。
「ね、寝てたよ」
「あれ?じゃ、なんで俺が見に行ったこと知ってるの?あ、先生が言ってた?」
「美枝ぽんと麻衣が、さっき言ってたから」
「そうか。勝手に見に入ってごめんね。先生に押し込まれても、断って出たら良かったね、俺」
「……」
何も言えない。なんて言っていいかわかんないよ。私、変な顔で寝てなかった?なんて、聞くこともできない。
「具合よくなって、良かったね」
「うん」
「先生が貧血だろうって。もう大丈夫?」
「うん…。あ、わざわざ来てくれて、本当にありがとう」
横を並んで歩いてるのも恥ずかしい。今もまだ顔が見れない。でも、横にいるだけで、すごく嬉しい。さっきからドキドキしてて、胸の高鳴りがおさまらない。
でも、不思議なんだ。それでも、安心していられるんだ。なんなんだろうな。この空気…。
「食堂にみんないるって。結城さんのお弁当は八代さんが持って行ってくれてるよ」
「そうなの?」
「だから、食堂にこのまま行っちゃおうか。あ、ご飯は?食べられそう?」
「うん」
「じゃ、行こう」
「うん」
藤堂君の声も、話し方も優しい。ちらっと藤堂君を見た。すると藤堂君もこっちを見た。うわ。それも優しい目で。
か~~~。顔がいきなり熱くなる。優しい藤堂君に、私は戸惑ってる。
一喜一憂だ。優しくされただけで、こんなにも喜んでる。この廊下が永遠に続いてくれないかななんて、思っている。
しばらく2人で黙って歩いた。ゆっくりとした歩調で歩いてくれる藤堂君。きっと気遣ってくれてる…。
藤堂君が好きな人が、羨ましい。でも、今はこうやって優しくしてもらえて、それだけでも私は幸せだった。