第20話 恋下手?
沼田君と、今日はお茶にしようかと言って、ドーナツ屋に入った。沼田君は、さっさとドーナツ屋にいると、藤堂君にメールした。
「来れたら来いよ」
と書いて送ってたけど、来るのかな。そもそも、甘いドーナツなんて藤堂君は食べるんだろうか。
「沼田君は甘いもの好きなの?」
「俺?そんなでもないけど、落ち込むと、甘いもの食べたくなるんだよね」
「一緒だ」
そう言いながら、ドーナツを食べ、
「美味しい。ちょっと救われた」
と2人でつぶやいた。
「司っちって、穂乃ぴょんに好かれてるってこと、まったくわかってないよな」
「…だろうね」
「もうちょっとさ、アピールしたら?」
「どうやって?」
「う~ん。どうやってって言われても、わかんないけど」
「沼田君こそ、美枝ぽんが好きだってこと、藤堂君ですら気づいていなかったよ」
「司っち、そういうの鈍そうじゃん」
「私だって、気づかなかった」
「え?」
「まったく、はたから見てたらわかんないよ」
「そ、そうなんだ」
「あまり話しかけてもいないし」
「そりゃ、緊張するからさ」
「沼田君でも?」
「するよ。たまに、ズキッて突き刺さること言われちゃうし」
「美枝ぽんから?それでも、好きなんでしょ?」
「うん。あ、俺ってもしかして、M?」
「M?」
「マゾ?」
「え~~。そ、そうなのかな?」
「まあ、いいや。それよりもだ。どうアピールするかだよな」
「うん」
アイスコーヒーを沼田君は飲み、私はアイスティを飲んだ。そして同時にため息をついた。
「やっぱ、コクってみるかな」
「え?」
「そうしないと、なんにも始まらないかもしれないし」
「うん。沼田君、告白しなよ」
だって、両思いなんだもん。大丈夫だよ。っていうのは、心の中で言ったけど。
「じゃ、穂乃ぴょんもコクれよ」
「私?!」
声が裏返った。
「無理、無理。だってわかるでしょ?どうとも思われてないって」
「穂乃ぴょんが告白したら、変わってくるかもよ」
「悪い風に変わったら?」
「悪いってどんな?」
「たとえば、もう話もできなくなるとか」
「まさか」
「わ、わかんないよ。避けられたりとか」
「それはないんじゃないの?」
「…でも、今の関係は駄目になるかも」
「悪いほうばかりに目を向けないで、いいほうに目を向けようよ。もしうまくいけば、付き合えるんだよ?」
「…そ、そんなこと考えられないよ」
「なんで?」
「なんでって、やっぱり、自信ないし」
「…まあ、そういう気持ちもわからないでもないよなあ。でも、思い切ってコクってみるのもいいと思うよ?」
ドスン…。突然、沼田君の隣の席に、カバンが投げられた。
「え?」
私と沼田君が同時に顔をあげると、
「ドーナツ買ってくる」
と藤堂君がそう言って、カウンターのほうに歩いて行った。
「い、いつの間に来たのかな」
「さあ」
まったく気が付かなかった。ああ、驚いた。
あれ?もしや私たちの会話、聞いてたかな。いや、聞こえてないよね。
藤堂君はドーナツとアイスコーヒーをトレイに乗せ、席に来て、テーブルにトレイを乗せると、カバンを今度は床に置き、沼田君の隣に座った。
「藤堂君でも、ドーナツ食べるの?」
私が聞くと、
「え?食べるけど、なんで?」
と、藤堂君が聞いてきた。
「甘いもの、苦手なイメージがあって」
「俺?いや、けっこうよく食べるよ」
そうなんだ。見かけによらないものだな。
「部の連中とも来るしさ」
「みんなで?」
「うん」
へえ…。
藤堂君はお腹が空いていたのか、黙ってもくもくと食べだした。
「一つで足りるの?」
沼田君が聞いた。
「あ~、足りそうもなかったら、あとで買ってくる」
藤堂君はぶっきらぼうにそう言った。
「そういえばさ、俺、今日あの子のこと見かけたよ」
「誰?」
「朝、教室来るじゃん。陸上部の…」
「ああ、野坂さん」
「野坂さんっていうの?6時限目、実験室に移動したじゃん。俺、先生に頼まれて、実験室の鍵を取りに行ったらさ、ちょうどいたんだよね、廊下に…」
「ふうん」
「男と一緒だった」
男?あの可愛い藤堂君の後輩の子だよね。
「彼氏だろ?」
「え?あの子、彼氏いるの?」
「さあ、でも、いるんじゃないの?」
藤堂君は、そう答えると、アイスコーヒーをゴクっと飲んで、
「やっぱ、もう一個買ってくる」
とカウンターに行ってしまった。
「…。穂乃ぴょん」
沼田君が小声で、
「司っち、あの野坂って子のことは、なんとも思ってないみたいだな」
と言ってきた。
「え?」
「あんだけ、どうでもいい感じで話してるんだから、きっとなんでもないんだよ」
ああ、それを確認するために、あの子の話を持ち出したの?
そこに藤堂君が戻ってきた。
「沼田は一つで足りるの?」
「うん。そんなに俺、甘いもの得意じゃないし」
「え?あ、そうか。結城さんがドーナツ、好きだったとか?」
「ううん、別に」
「あれ?じゃ、なんでここに入ったの?」
「なんか、甘いものでも食って、心の傷を癒したくなって」
「…そっか。八代さんに言われたことが、そんなに傷ついたのか」
藤堂君はそう言うと、ドーナツを食べだした。
「お前って、そういうこと無頓着そうだよね。司っち」
「無頓着って?」
「あまり、そういうこと言われても、傷つきそうもない」
「俺が?」
「うん。気にしないんじゃないの?」
「……」
藤堂君は黙り込んだ。今のはさすがに、藤堂君に失礼じゃないのかな。
「そうかもな。それに考えなしでものを言ってるしな」
藤堂君はぽつりとそう言うと、私のほうを見て、
「今日は、その、軽はずみなこと言ってごめん」
と謝ってきた。
「え?」
「沼田と付き合ったらいいとか、そういうこと軽く言っちゃって」
ズキ。やっぱり、軽く言ってたんだ。う。謝られても傷つく。
「…沼田が八代さんを好きだなんて、まったくわかんなかったし、それに…」
しばらく藤堂君は黙った。3人の中で変な空気が一瞬流れた。
「…それに、なんだよ、司っち」
変な空気に気が付いたのか、沼田君が聞いた。
「あ、いや。結城さんに好きな人がいるのも、気づけなくて。俺って、そういうのやっぱり、無頓着なんだろうなって思ってさ」
藤堂君はそう言うと、視線を下げた。そしてまた、黙り込んだ。
「…」
その好きな人っていうのは、藤堂君のことなんだよ。私は心の中で言ってみた。言ってみたら、なんだか空しくなった。だって、まったく私の気持ちは、藤堂君に届いていないんだもん。
「俺、水もらってくる」
アイスコーヒーが空になった沼田君がそう言って、席を立った。すると、藤堂君はすかさず私を見て、
「告白するの?」
と突然聞いてきた。
「え?」
「あ、ごめん。さっき、聞こえちゃって」
やっぱり、聞いてたのか。
私はグルグル首を横に振った。
「なんで?」
「む、無理なの。どう見てもふられるのわかってるの」
私は下を向いたまま、そう言った。
「…聖先輩じゃないんだよね?」
「…うん」
ああ、沼田君が今日、口を滑らせたから、聖先輩じゃない人が好きなんだってばれちゃったじゃないか。
「…自信、ないの?」
「うん」
「…そっか」
藤堂君は静かにそう言った。
沼田君が、私や藤堂君の分の水まで持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
私は水を受け取った。藤堂君も水を受け取り、水を少し飲んだ。
「は~あ」
沼田君は椅子に座ると、ため息をついた。
「世の中さ、両思いになってるやつって、どんくらいいるんだろうね」
「え?」
「それに、どうしたら両思いになんてなれるんだろうね」
「沼田君って、付き合ったことあるの?」
「ないよ。いつも、ふられるか、片思いのまま終わるか、のパターン」
「そうなの?一回も?」
「うん。なんで?付き合ったことあるように見える?」
「見える」
私がそう言うと、藤堂君もうなづいた。
「友達どまりなんだよ、いつも。いい人なんだけどね、で終わるんだ」
「そっか~」
そうなのか。話しやすいし、一緒にいて楽しいだろうし、だけどそれって、友達にはなりやすいけどって、そういうことなのかな。
「穂乃ぴょんは?」
「ないよ」
「中学も?」
「うん。一回もない。やっぱり、片思いで終わるパターンが多いの」
「司っちは」
「ない」
「だろうね」
沼田君がそうきっぱりと言った。
「だろうねって、予想ついてたってこと?」
藤堂君が聞いた。
「うん。女の子と話すのも苦手だろうなって」
「まあね」
藤堂君は小さくうなづいた。
「なんだよ、ここにいる全員が、恋べたなのかよ」
「何、それ」
藤堂君が沼田君の言うことに、眉をひそめて聞き返した。
「だから、恋するのが下手ってこと」
「下手とか上手とかあるの?」
藤堂君は私が前に、質問したのと同じことを質問した。
「あるだろ?上手くやってるやつもいると思うよ?」
「たとえば?」
「恋の駆け引きがうまいとかさ」
「…」
藤堂君が黙り込んだ。
「司っちは、まったくそういうの駄目だろうね」
「駆け引きのかけかたもわからない」
「だよね。俺の場合はさ、駆け引きしてるように見えて、まったくできてないってことが多いからな」
「…駆け引きなんて必要か?」
藤堂君が聞いた。
「必要な時もあるんじゃないの?じゃなきゃどうするんだよ。真っ向勝負とか?」
「いや、勝負事とも違うんじゃないかなって思って」
「だったら、なんだよ。どうしたら思いが通じるってわけ?」
「通じる?」
「そうだよ。駆け引きもしない。真っ向勝負もしない。じゃ、どうやって思いを告げたり、相手を振り向かせるのさ」
「…振り向かせる?」
「あれ?司っち、そういうこと考えたことないわけ?」
「…」
藤堂君が考え込んだ。
「好きな子ができたら、振り向いてほしいだろ?やっぱり」
「自分のことを好きになってもらいたいってことだよな?」
「うん」
「……」
藤堂君はしばらく考え込んで、
「そうだな。そうなったら嬉しいけど」
とぽつりと言った。
「そうだろ?」
「だけど…」
「だけど?」
「まずは、相手に幸せになってほしいっていうか、そういうのも望むけどな」
え?!
私も沼田君も、同時に驚いた。
「おかしいかな、俺」
それを見て、藤堂君が聞いてきた。
「おかしくはないけど、でもさ、どうせ幸せになってもらうなら、自分で幸せにしたくないか?」
「え?」
今度は藤堂君が驚いている。
「自分といて、笑顔でいるのを見れたり、自分といて相手が幸せだって言ってくれたら、嬉しくないか?」
「そりゃあ、それが何より嬉しいよ」
「だろ?」
「…そっか。それはあまり、考えたことがなかった」
「は?」
藤堂君の言葉に、また沼田君が驚いている。私も今、びっくりして目が点になっている。
「俺が幸せにできるって、思ってないのかもな。ああ、じゃ、俺も自信がないのかな」
藤堂君はそう言うと、黙り込んだ。
「なるほどね。司っちでも、自信がないのか。俺と同じなんだ」
ドキドキ。さっきから聞いてると、藤堂君は好きな子が今いて、その子のことを言ってるように聞こえちゃう。
「自信なんてないよ。俺も」
藤堂君が苦笑いをして、静かにそう言った。
「一緒か」
沼田君はまた、ぼそってそうつぶやいた。
「結局は、恋上手かどうかって、自分に自信があるかないかの差なのかなあ」
沼田君がそう言うと、藤堂君はしばらくしてから口を開いた。
「やっぱり、下手も上手もないだろ。それに、誰かを好きになるってことは、自信も関係ないのかもしれないし」
「え?どういうことだよ。司っち」
沼田君が聞いた。私も聞きたいよ、どういうこと?
「好きになってもらう自信は、俺もあまりないよ。だけど、好きでいる自信ならあるかな」
え?
「好きでいる自信?ってなんだよ」
沼田君が聞いた。
「そのまんまだよ。相手をどれだけ好きか。誠実に思ってるか。そういうことだよ」
「…そういう自信なら、司っちはあるわけ?」
「…うん」
「相手を誠実に好きだって言える自信ってこと?それって、相手を自分が幸せにする自信とつながらないの?相手を傷つけたりしないとか、泣かせないとかさ」
「…………」
藤堂君はまた、黙り込んだ。そして、顔を下に向けたまま、
「そっか、そういうことで言ったら、俺、まったく駄目なんだな」
とつぶやいた。
駄目って?
今、好きな子に対して、傷つけたり、泣かせるようなことしたの?
っていうか、やっぱり、好きな子がいるってことだよね。
ドヨン。またきっと、この3人の周りは、暗い空気が放たれているんだろうなあ。