第2話 気まずい空気
ドヨン…。
「ねえ、麻衣。私、どんな顔で会えばいいかな」
「藤堂君?」
「うん」
教室に向かう途中、麻衣を呼び止めて私は聞いた。気持はすっかり、ブルー。教室に行くのもすごく嫌で、今すぐ帰りたいくらいだ。
「気にしないでいたら?気にしてたらかえって向こうも、気分が滅入るかもよ」
「気にしないって、どんなふうに?」
「だから、なんにもなかったかのように、振舞ってみたら?」
「そ、そんなことできないよ」
「じゃ、どうしたいの?」
「え?」
「穂乃香は藤堂君とどうしたいの?友達にでもなりたいの?」
ブルブル!首を横に振った。
「気にしないのが1番だよ」
麻衣はそう言ったけど、もし向こうが何か言ってきたら?周りの友達が何か言ってきたら、どうしたらいいの?
教室の前でも足が止まった。もういるのかな。そっとドアから中をのぞいた。
うわ。いる!友達と何か、笑いながら話してる!
私はそっと、気づかれないように教室に入り、藤堂君から一番離れた席に座った。
「そこ?そんなはじに座るの?」
麻衣に聞かれた。
「お願い。そっとしておいて」
私がそう言うと、麻衣は、
「しょうがないなあ。じゃ、私もここに座るよ」
と私の隣の席に座ってくれた。
藤堂君は窓際の席だ。私は廊下側の一番後ろに座った。はあ。どうか、席替えをいきなりしませんようにと願いながら。
私は目立たないように、小さくなってその席にずっといた。麻衣は、知ってる子が教室に入ってくるたび、元気よく声をかけている。私は時々、藤堂君を見た。藤堂君は一回もこっちを見ないで、ずっと友達と話していた。
チャイムが鳴った。と同時くらいに、先生が入ってきた。
「ほら、席につけ!次のチャイムが鳴ったら、体育館に移動する。それまでに出欠をとるからな。名前呼ばれたら、元気よく返事をしろ」
先生は体育の先生でまだ20代。けっこう生徒から人気のある先生だ。
先生は名前を呼びだした。ア行から始まり、すぐにタ行になった。
「藤堂司」
「はい」
ドキ~~。名前を呼んで返事をしただけなのに、ものすごく焦る。
私は「ゆ」だから、出席番号は後ろのほうだ。ちら…。何気に藤堂君のほうを見た。藤堂君は窓から外を見ていて、まったく顔も見えなかった。
「結城穂乃香」
「はい」
私の声は小さかった。すると先生が、
「結城、もっと元気に返事をしろ。ちゃんと朝ご飯食べてきたのか?」
と聞いてきた。
うわ。やめてくれ。私のことはほっておいてくれ~~。クラスのみんながいっせいに私を見た。ああ、言わんこっちゃない。私は下を向いて、しばらく顔を伏せていた。
でも、どうしても気になり、また藤堂君のほうをちらっと見た。藤堂君はまだ、外を見ているようだ。
「はあ」
ため息が出た。
「暗いよ、穂乃香」
それに気がついた麻衣が、私に小声で言ってきた。
「う、だって…」
気にしないって言われても、気になるものは気になるんだもん。
「さあ、体育館に移動するぞ。廊下に並べ!」
生徒たちはみんな、ぞろぞろと廊下に出た。ドキドキ。私はさっさと麻衣の腕をつかみ、前のほうに並んだ。きっと男子なんて面倒くさがって、後ろに並ぶに決まってる。
「おい、背の順でいくぞ。我こそは小さいと思うやつが前に来い。自分はでかいと思うやつは後ろに行け」
え?
「お、中西麻衣。お前は小さいもんな。我先に先頭に来てえらいぞ」
「先生、それ褒められても、嬉しくないかも」
麻衣がだるそうな声で、先生にそう言った。
「おや?結城穂乃香。お前はもっと後ろだろ?小さいふりしても駄目だぞ」
「う…」
先生に背中をどんと押され、私は渋々後ろを向いた。
藤堂君は?あ、一番後ろのほうにいる。よかった。私はそこまで大きくないし、真ん中あたりにいたらいいよね。
「男子で一番でかいのは、お前ら、バスケ部の連中だろ?ほら、後ろに行け」
真ん中あたりで、ごちゃっとしていた男子に先生が声をかけ、後ろに行かせてしまった。
「お前らは、もう少し前だ」
そして、1番後ろのほうにいた、藤堂君を移動させている。
うわ、やめて。前のほうに来ないで…。
ドキドキ。私は前を向いたまま、後ろがもう見れなかった。いったい、藤堂君はどのあたりまで、前に来たんだろうか。
ああ、こんな思いをいつまでしなくっちゃならないんだろうか。顔、合わせたくないよ。え~~ん、気まずいよ。
「出発するぞ」
先生が先頭に立ってそう言った。その後ろをみんな、かったるそうにぞろぞろとついていった。
「なあ、藤堂。今度の養護の先生知ってる?」
ドキ~~~。すぐ後ろのほうで、そんな会話が聞こえてきた。藤堂君が、すぐ後ろにいるってこと?
「知らない」
この声、藤堂君?
「若いんだってさ。前は50代のおばさんだったけど」
「ふうん」
「20代半ばらしいよ。それも、すごいグラマーなんだって」
「…」
「藤堂、聞いてる?」
「え?ああ、聞いてるよ」
「お前、よく部活で指怪我して、保健室の世話になるじゃん。どうする?いきなり誘惑してきたら」
「誰が?」
「だから、養護の先生だよ」
「それはないだろ」
「わかんないぜ~~」
「ないよ。俺になんか。聖先輩だったらわかんないけど」
「あ~~、でも、聖先輩は保健室行かないだろ」
「怪我しないから?」
「いや、保健室も病院も、ついでに薬も注射も嫌いだって噂、お前知らないの?」
「聖先輩が?」
「どんなに具合が悪くても、絶対に保健室には行かないらしい」
「ふうん」
そうなんだ。聖先輩って、病院嫌いなんだ。って、違う、そこはあまり関係ないよ。それよりも、すぐ後ろに藤堂君がいるってことのほうが、私には一大事。
どうしよう。絶対に後ろ向けない。ああ、やばいな。右手と右足が同時に出そうになってた。
「藤堂って、興味ないの?そういうの」
「う~~ん、あんまり」
「お前変わってるもんな」
「俺?」
「ちょっとじじくさいしな」
「俺が?」
「江戸時代なら、立派な侍にでもなってるんじゃないの?」
「なんだよ、それ」
「女なんか、まったく興味なし?弓道しか頭にないとか?」
「そ、そんなことはないけど…」
あ、藤堂君が困ってる。
「そういえば、俺、1年の時、お前がふられたって噂聞いたことあるよ。誰にだかは知らないけど、あれって本当?」
「…」
それ、私だよね?うわ~~~。
「なあ、藤堂、どうなんだよ」
「もう忘れた」
「え?」
「かなり前のことだし」
「ええ?1年の時のことだよ?もうどうでもいいってこと?」
「…だから、もう忘れた」
ズドン…。
い、いや、引きずっていられるよりもいいかも。そうだよ。忘れてくれてたほうが助かるってもんだよ。だけど、なんか、傷つく…。
「もうどうでもいいのか。まあ、引きずっててもしょうがないもんな。じゃあ、俺と一緒にこの夏、海にでも行かない?」
「は?なんで海?」
「聖先輩って、海でナンパしたらしいよ」
「え?あのクールな聖先輩が?」
「あ、逆ナンだったかな?」
「まさか、嘘だろ」
…ナンパ?聖先輩が?嘘。
「だから、俺らも行こうぜ!他校の女の子、いいじゃん」
「…興味ない。夏休みも部活だし」
「お前、そんなだから、ふられたんだよ!」
し~~~~~ん。その声がでかくて、一瞬ざわついていたその場が静まり返った。
「あ、あ、わりい」
それに気が付いたのか、言ったほうが謝った。えっと、何て名前だっけ?なんだか、失礼なやつだけど。
そのあと、まったく藤堂君は話をしなくなった。
はあ。重い。なんだか、空気がとっても重い。重い空気を引きずりながら体育館に入ると、なんだか、女子が色めき立っていた。
「聖先輩だ~~。かっこいい~~」
え?どこ?どこ?!
いた!友達とふざけあって笑ってる。ああ、笑顔が超まぶじい。やっぱりいいな、聖先輩。
「穂乃香、穂乃香」
隣から声がした。
「あ、芳美~」
「違うクラスになっちゃったね」
「うん、残念だよ」
「麻衣とは一緒でしょ?」
「うん」
「寂しいけど、私、今年は彼氏と同じクラスだから、ちょっと今浮かれてるの」
「え?そうなの?いいなあ」
「ね、穂乃香。ここから聖先輩見えるね」
「うん」
「今日もかっこいいね」
「うん」
「彼女がいても、まだバレンタインにチョコあげたり、アタックしてる子いるらしいよ」
「そうなんだ」
「穂乃香も一回、コクってみたら?」
「私?!」
あ、やばい。声がでかくなった。
「私は無理」
「ふられてもいいじゃん。そうしたらすっきりと忘れられるかもよ。で、新しい彼氏見つけたら?」
「…」
あ、今の。藤堂君後ろにいたんだよね。聞かれてたかも!
って、別にいいか。関係ないもんね、もう。私のことも忘れたって言ってたし。
「聖先輩には、可愛い彼女いるもん」
「そうだけど」
「いいよ、芳美。聖先輩のことはもう、本当にいいの」
「そう言ってるくせに、暗いよ?ずっと」
「う…」
それ、聖先輩に彼女がいるってだけが、原因じゃないんだ。麻衣にも芳美にも彼氏ができたのに、私にいないってのが、1番ブルーになってる原因かな。
そのうえ、藤堂君と同じクラス。それもまた、暗い原因かも。
始業式が終わり、みんな後ろを向いてぞろぞろと歩き出した。
私はドキドキしながら後ろを向いた。すぐ後ろに藤堂君がいた。もう後ろを向いていて、後ろ姿しか見えなかったけど、こんなに近くにいたんだって思ったら、なんだか、また気分が落ち込んできた。
気が重い。朝からずっと、気が重い。そんな気持ちのまま、教室に戻ってくると、さらに気が重くなることを先生が言った。
「さて、今は勝手に好きなところに座ってると思うが、お互いの名前を覚えるまで、出席番号順に座ってもらうぞ。さ、移動だ、移動。こっち側から、番号順に座れ」
「え~~~~?」
「たるい~~」
そう言いながらも、みんな荷物を持って席を立った。
えっと、えっと。藤堂君とは近くになることはないと思うけど、いったいどこの席になるの?私。
私は固まっていて、しばらくその場を動かないでいた。
「穂乃香、席離れちゃうね」
「麻衣、何番だっけ?出席番号」
「私は、21番。穂乃香は?」
「私、36番」
「俺、22だけど、前は誰?もしかして藤堂?」
そう言う男子がいた。
「あ、私が21番」
麻衣がそう言って手を挙げた。
「俺は20番だよ」
藤堂君が、麻衣のほうに来ながらそう言った。
うわわ。私は慌てて荷物を持って、麻衣の後ろから小さくなり、窓際の席に移動した。
焦った。もう少しで、すぐそばまで藤堂君が来るところだった。
「藤堂君が前?後ろが沼田君だっけ?」
「そう、よっしくね」
そんな会話が聞こえてきた。ああ、麻衣の前が藤堂君なのか。これじゃもう、麻衣の席に遊びに行くこともできなくなっちゃったな。う、さらに暗くなった。
私は窓際の席になった。窓から外を見ると、見事な桜の木がよく見えた。
あ、もしかしてさっき、藤堂君は桜の木を見ていたんだろうか。
はあ。思わずため息が漏れた。ちら…。藤堂君のほうを見た。藤堂君はただ、静かに前を向いていた。
横顔、あんなだったかな。鼻、けっこう高いんだ。
ふ…。藤堂君が視線をこっちに向けた。
わ!私は慌てて、外のほうを向いた。あ、やばい。今、思い切り避けたみたいになっちゃったかな。
それとも、見てるのばれたかな。
ああ、明日からも、どうやってこのクラスで、私は過ごしていったらいいんだろう。
その日1日私は、気まずい気持ちでずっと過ごしていた。




