第15話 優しさ
朝、鏡を見たら目が真っ赤。わ~。すごいブス顔だ。
学校に着くと、ぼ~~っとしながら、教室に入った。
「おはよ、穂乃ぴょん」
いきなり沼田君が声をかけてきた。でも、ちょっと元気のない声だ。
「あれ?穂乃ぴょんも元気ないね」
沼田君が言ってきた。
「沼田君もなんかあったの?」
「…まあね」
美枝ぽんのことかな。って思っていたら、すぐ横に藤堂君が来ていて、私はびっくりしてしまった。
「お、おはよう」
あ、声裏返ったかも。
「おはよう」
藤堂君はすごく静かに返事をした。そして私の顔をちらっと見ると、そのまま自分の席に行ってしまった。
白紙。友達。いったい、喜んでいいのか、悲しんでいいのか。まったくわからない。
クラ。寝不足だからか、頭がクラクラしてきた。
「おはよう。穂乃ぴょん」
自分の席に行くと、もう席についてた美枝ぽんが声をかけてきた。
「おはよう」
「あれ?なんだか暗くない?それに目、真っ赤。もしかして昨日泣いた?」
「ううん。寝不足なだけ」
「寝れなかったの?悩み事?」
「…あとで話を聞いて」
「うん」
私はまたお昼に、他の誰かに聞かれないよう中庭に、美枝ぽんと麻衣を連れて行った。沼田君は麻衣が誘ったらしいが、あとから来ると言ってたらしい。
「どうした~?また司っちからなんか言われた?」
麻衣が聞いてきた。
「うん」
「なんて?」
「あの告白、白紙にしてほしいって」
「え?!」
2人が固まった。
「そっか。忘れてどころか、なかったことにしてってことか」
麻衣がそう言った。美枝ぽんは何も言わず、ただ私の背中をなぜた。
あれ?なんか、慰められてる?
「でも、友達になってくれるって」
「え?!」
また二人は大きな声で聞き返した。
「友達にはなってもいいってこと?」
麻衣が聞いてきた。
「うん」
「…ふうん」
美枝ぽんが納得いかないような顔で、そう言った。そこに息を切らして、沼田君が走ってきた。
「あ~~。穂乃ぴょん」
なんだか、私を同情するような目で見てない?
「とうとう、司っちから、告白、無いものにしてくれって言われたんだって?」
「え?なんでそれ知ってるの?」
「本人が言ってた」
「ええ?司っちが?」
私よりも麻衣のほうが驚いている。
「今日穂乃ぴょん、様子変だったよねって言ったらさ、昨日の帰り一緒にご飯食べて、その時に言った言葉で、困らせたかもって司っちが言ってて」
「で?」
美枝ぽんが沼田君ににじり寄って聞いた。
「そんで、何を言っちゃったのかって聞いたら、お前には教えられないって言われてさ」
「で?!」
今度は麻衣がにじり寄った。
「う~~ん、司っちの様子も変だし、つい言っちまったんだ。俺、司っちが穂乃ぴょんにふられたこと知ってるよって」
「なんで、そんなこと言ったの?」
麻衣が怒った。でも、その横で美枝ぽんが、
「で、なんて藤堂君は言ったわけ?」
と冷静に聞いた。
「…えっと。その…」
沼田君がいきなり、しどろもどろになった。
「ちょっと、はっきり言いなよ」
麻衣がすごんだ。
「そうしたら、昨日そのことはもう、白紙にしてくれって結城さんには言ってあるからって、そう司っちが言っててさ」
「…」
麻衣と美枝ぽんが同時に私を、暗い目で見た。
「そっか~~~」
ため息交じりにそう言ったのは、麻衣だ。
「なんか、ごめん」
「え?」
沼田君がいきなり謝った。
「頑張れとかあれこれ言ったけど、司っちとはさ、もう温度差があるんだな」
「温度差?」
「いくら穂乃ぴょんが頑張っても、駄目なものは駄目なんだって、俺も今日の司っちの話を聞いて、ようやく納得した」
「……」
「すっぱり、あきらめて、他の人好きになることを俺は勧めるよ」
「…と、藤堂君、そんなにテンション低く言ってたの?」
「うん。なんだか、暗い顔してたけど?」
「…」
ひゅ~~~~~。いきなり胸にぽっかりと穴が開き、風が吹き抜けて行った。さ、寒い。
暗くなりながら、午後の授業を受けた。でも、なんにも頭に入ってこなかった。前を向くと藤堂君の横顔が視界に入るから、なるべく机の教科書か、窓の外を見ていた。
ああ、桜の木、あんなに葉っぱが濃い緑に変わっちゃった。
重い足取りで、美術室に放課後向かった。
キャンパスの前に座っても、私はずっとぼけっとキャンバスを眺めていた。柏木君は、今日もまた絵をものすごい集中力で描いている。ちょっと、怖いくらいの迫力がある。
5時を過ぎた。他の部員はみんな片づけをして、美術室を出て行き、ぼ~~っとしている私と柏木君だけが残った。
「またスランプか?」
先生が聞いてきた。
「ちょっと…」
私はなんて言っていいかわからず、言葉を濁した。
「またいつでも、気分転換していいからな。じゃ、職員会議があるから、これで行くぞ。最後のやつは鍵閉めて職員室に戻しておけよ」
「はい」
柏木君が返事をした。先生は美術室を出て行った。
柏木君は片づけを終え、私の横に来た。私も重い気持ちのまま、片づけをした。
「また、えらく沈んでる?」
「わかる?」
「なんかめちゃくちゃ暗い。どよんってしてる」
「…そう?」
「嫌なことって、絵を描く原動力にはならないの?」
「え?」
私は思わず、柏木君を見た。
「ならない?なんか思いをぶつけたいってならない?」
「柏木君、嫌なことあったの?あ、そういえば、衝撃的なことがあったって」
「うん」
「な、なに?何があったの?」
「母さんと父さんの離婚」
「え?入院してたって言ってたけど、違ったの?」
「してたよ。流産して」
「赤ちゃん?それで離婚?」
「いんや。母さんの浮気がばれて離婚。父さんとの子じゃないんだ」
……。うわ。本当だ。すごい衝撃的すぎる出来事。
「海、風が強い日にね、すごい荒れてて。俺の気持ちみたいだなって思った」
「…」
「で、それが描きたくなった。どこにもぶつけられないから、絵にぶつけようってさ」
「…柏木君って、兄弟は?」
「姉がいる」
「お姉さんと柏木君は、どっちにつくの?」
「姉は母さん。俺は父さん」
「ばらばらになるの?」
「ああ、いいんだ。俺、姉とはもともと仲悪いし」
「…」
「母さんとも仲悪かったし」
「そ、そうなの?」
「あまり、家にいない母親だったから」
「……」
「姉はもう、働いてる。だから、母さんと暮らしても、母さんも働くしどうにかやっていけるんじゃない?」
「浮気相手は?」
「逃げたってさ」
「逃げた?」
「子供できた時点で。向こうにも家族いたみたいだし」
「ひどいね。お母さんつらいね」
「そう?自業自得でしょ?浮気したんだから」
「…」
柏木君、まるで何もなかったかのように、平然とした顔してるんだ。なんで?なんでもっとつらそうな顔してないの?
「どこにもぶつけられないって、怒りを?それとも悲しみ?」
「さあ。どっちかな」
柏木君はそう言うとしばらく黙った。
「……か、柏木君って、友達は?」
「俺?別に。特に親しくしてるやつっていないな。クラスでも浮いてるし」
「それじゃ、話せる相手いないの?」
「話?別に。いなくてもいいし」
「……」
本当に?
「わ、私は友達だったよね?」
「うん」
「じゃ、私には話してもいいけど」
「だから、こうやって話してる」
「そうじゃなくて、もっと心の中って言うか、辛いとかそういうこと」
「…うそ」
「え?」
「そんなこと結城さんの前で、吐きだしてもいいの?」
「え?う、うん」
「ふ…」
柏木君が、鼻で笑った。
「な、なに?」
「無理でしょ。そんなこと結城さんにはできないよ」
「なんで?」
「男苦手でしょ?そんな結城さんに、受け止められるわけないじゃん」
「わ、わかんないよ?そんなの」
「それに、友達なんて生半可なもので、受け止めようなんてそんなの、無理に決まってるだろ?」
ムカ。今のムカついた。
「なんでそういうふうに言うの?無理だって決めつけるのよ」
「じゃ、本当に受け止められる?俺が辛すぎて、結城さんを抱いても、結城さんをめちゃくちゃにしても、それでも受け止められる?」
え?!
「できるのかよっ」
柏木君がすごんだ。そしていきなり、抱きしめてきた。
「ちょ、やめて」
「無理かどうか、やってみなけりゃわからないっていうなら、俺、ぶつけるよ」
「柏木君?」
「結城さんに、俺のつらい気持ち、ぶつけていいっていうなら、このまんまここで」
「やめて!」
私は抵抗した。でも、柏木君の腕の強さが強くて、抱きしめられてる腕を払いのけることもできない。
ようやく、柏木君が手をどけた。と思ったら、今度は顔を両手で持って、キスをしようとしてきた。
「やだ!」
両手で柏木君の胸を思い切り押した。でも、びくともしない。
「やめて!」
ドカッ!!
柏木君が私から離れ、床に思い切り転がった。え?何?何が起きたの?
「お前、何してるんだよ!」
藤堂君?
「いって~~~。思い切り殴りやがった。こいつ」
柏木君はそう言って、床から立ち上がった。
「何してるんだよ。結城さん、嫌がってただろ」
「…こいつから俺に、しかけてきたんだよ」
「違う!」
私は今にも泣きそうになりながら、震える声でそう叫んだ。
手も震えてる。ものすごく怖かった。
「今度、手出してみろよ。ただじゃおかないからな」
藤堂君がものすごい怖い声でそう言った。
「なんで?お前、結城さんの彼氏でもなんでもないんだろ?ただのクラスメイトだろ?」
「俺は、嫌がってるのに、そうやって力任せにどうにかしようとするようなやつ、許せないんだよ」
「だから、さっきから言ってるだろ?こいつのほうが、俺が辛いことあって、自分でよかったら慰めてあげるって言ったんだよ!」
違う。そんなこと言ってない。ただ、話を聞くって言っただけ。でも、声が震えて何も言葉が出ない。
でも、違うの。藤堂君。
「結城さん、送ってくよ。もう片づけは済んだ?」
コクン。藤堂君の言葉に私はうなづいた。
「立てる?一緒に昇降口行こう」
「うん」
藤堂君は優しくそう言ってくれて、私のことを立たせてくれた。
ヘナ…。あ、腰に力が入らない。
「大丈夫?」
「う、うん」
藤堂君が背中に腕を回し、私を支えながら歩き出した。
「なんだよ。そいつにはそんなに抱きかかえられても平気なわけ?」
後ろから柏木君の声がした。
藤堂君はその言葉を無視して、私を抱えながら美術室を出た。
「なんなんだよ!思わせぶりなこと言ってきたのは、そっちだろ?でも、結局なんにもできなかったじゃないか」
「…」
「だったら、始めから生半可なこと言うなよ!」
柏木君が吐き捨てるようにそう言った。
私はまだ、足が震えている。でも、背中に回した藤堂君の腕のぬくもりが優しくて、今にも涙がどっと溢れそうになっていた。
昇降口に着き、私は靴に履きかえた。
「大丈夫?」
「うん」
どうにか一人でも歩けそうだ。
「カバン持とうか?」
「ううん。大丈夫」
藤堂君は横にぴたりと寄り添い、歩幅を合わせ歩き出した。
「他の部員は?」
「もう帰った。俺は顧問の先生や部長と話があったから、残ってたんだ」
「そう…」
「あいつ、柏木、なんであんなに荒れてたんだ?」
「親が離婚したって」
「…それで?それであんなこと結城さんに?」
「相談にのるみたいなことを、私が言ったから」
「それであんなことしてくるのかよ。最低だな」
「…」
私は黙り込んで、またちょっと足が震えだした。
「ごめん。もう蒸し返さないよ」
「うん」
藤堂君は黙った。でも、優しさが隣から伝わってくる。
「藤堂君」
「ん?」
「さっきは助けてくれてありがとう」
「え?」
「藤堂君が来てくれなかったら、私」
「…うん。ちょうど通りかかってよかった」
藤堂君はそう言うと、はあってため息をした。
「しばらく部は休む」
私がぽつりとそう言うと、
「うん、そうしたほうがいいかもね」
と藤堂君は優しく言った。
駅に着いた。
「家まで送るよ」
「ううん、大丈夫」
「でも、まだ結城さん、震えてるよ?」
あ、本当だ。今度は手が震えている。
「だ、大丈夫。逆方面だし」
「いいよ。藤沢でしょ?そんなに遠くないよ」
「でも」
「いいから」
藤堂君はそう言って、改札を通り抜け、今入ってきた電車に私と乗った。
「ごめんね。迷惑かけて」
「迷惑じゃないよ」
「でも」
「友達になったんだよね?俺ら」
「う、うん」
「じゃ、こんなことたいしたことじゃない。家に送っていくくらいのこと、いくらでもするよ」
「…」
今、心の中がほわってした。
藤堂君。きっと他の友達のことも、いつも大事にしてるんだ。その大事な友達の中に、私も仲間入りできたんだ。
嬉しい。
ああ、なんだ。告白が白紙になろうと、今、友達としてでも、ちゃんと大事に思ってくれてる。それだけでいいじゃない、私。
ガタンガタン。電車の中で藤堂君は一言も発しなかった。でも、藤堂君の優しさやあったかさは感じ取れて、私はほっと安心することができた。