第11話 ショックな出来事
しばらく食堂でぼ~~ってしてから、弓道部に行った。
「あ、結城さん、見学?」
部長がすぐに気が付き聞いてきた。
「はい。ビデオも撮りたいんですけど」
「ああ、どうぞどうぞ」
部長はにこやかにそう言ってくれた。
私は荷物をはじっこに置き、ビデオカメラだけ持って、道場の後ろのほうに座らせてもらった。
「ビデオで撮るの?わ、緊張する」
そう突然話しかけてきた人がいた。
「め、迷惑ですか?なるべくおとなしくしていますけど…」
そう言うと、その人は私をしばらく眺め、
「ふうん、やっぱりね」
と変なことを言った。
「や、やっぱり?」
「あ、こっちの話。あ、そうだ。今の部長が引退したら、僕が部長になるんです。川野辺です。よろしく」
あ、この人が川野辺君?
「で、部長の引退後、僕がモデルになるようなこと聞いてると思うんですけど」
「はい」
「それ、藤堂じゃダメかな~~」
「え?!」
声が裏返った。
「僕が部長になるのは、弓道がうまいからじゃなくて、ただ単に中学時代、部長の経験があるだけなんだよね」
「部長の?」
「うん。あ、剣道部だったんだけどさ」
「…」
「今の部長は、弓道の腕前もすごいんだけどね。でも、僕の学年でいったら確実に藤堂がナンバー1だよ」
「そ、そうなんですか?」
「ってことで、今日は部長と藤堂のことをビデオに撮っていってくれる?」
「はい」
私は小さくうなづいた。実は、言われる前から藤堂君をビデオにおさめようと思っていたし。だけど、藤堂君だけとなると、周りのみんなが変に思うから、こうなったら部員全員を映して帰ろうと思っていたんだよね。
「あ、よかった。これで僕は緊張しなくてすむな」
川野辺君はそう言うと、笑いながらその場を去って行った。
私は藤堂君を見た。藤堂君はこっちも気にせず、集中をしているようだ。
凛々しいな。藤堂君って、なんであんなに凛としているんだろう。
他の部員も凛々しいとは思うけど、藤堂君のかもしだす静かな空気は格別だと思う。
はあ。思わずため息が漏れる。
それから、部長と藤堂君が矢を射る姿をビデオにおさめ、私は道場をあとにした。
その日から毎日、部活の後は道場に行った。お昼ご飯を藤堂君と食べれらたのは1日だけで、翌日からは弓道部のみんなも食堂に来ていたから、私は一緒に食べられなかった。
「結城さんも一緒にこっちで食べたら?」
一回、部長にそう誘われたが、
「い、いえ、いいです」
と断った。
それにしても、見学に行っているからなのか、よく弓道部の部員は私に声をかけてくる。
「結城さん、おはよう。今日も見学来るの?」
とか、
「モデル、部長と藤堂なんでしょ?かっこよく描いてやって」
とか、
「ゴールデンウィークもずっと部活?熱心だね」
とか。
弓道部には女子がいない。前はいたらしいけど、今はいないらしい。今度の新入部員も男子ばかりだ。見学には女子も来たらしいけど、色めきだっている女子だと、場が乱れるって顧問の先生が入部を断っちゃうらしい。
「結城さんみたいな人なら、うちの顧問もOKかも。ね、弓道部はいらない?」
ある日、見学に行ったらいきなり、川野辺君がそう言ってきた。
「川野辺、川野辺」
他の部員が川野辺君を呼び、こそこそと何か話している。
「ま、今のは冗談だけどね」
と川野辺君が、そのあと私にわざわざそんなことを言ってきた。
「あ、はい、わかってます」
そう言うと、川野辺君は、他の部員に悪かったってと謝りながら、道場の奥へと行ってしまった。
?私を誘ったから、怒られたのかな。
もしかして、私、実は歓迎されていないとか?
いつも、みんなして、声をかけてくれたから、歓迎してもらってると思ってたんだけどな。
「あの…」
ゴールデンウィーク最終日、私は部長の所に行き、
「見学させてもらって、本当にありがとうございました」
とお礼を言った。
「え?うん。役に立てたかな?」
「はい、そ、それで」
「うん?」
「ビデオも撮れたし、これで絵もしっかりと描けると思うので、今日で見学は最後にします」
「え?」
部長が一瞬黙り込んだ。その周りにいた部員も、私をいっせいに見た。その中には藤堂君の姿はなかった。
「結城さん、もう来ないの?」
「結城さん、いつでも来ていいんだよ」
みんながいっせいに、そう言ってきた。
「え?いえ、私は」
あれ?迷惑がられていたんじゃなかったの?
「なあ、藤堂。お前モデルになったんだろ?これから腕もあがるだろうし、今よりもいいとこ、見てもらいたいだろ?」
部員の一人がそう藤堂君に言った。藤堂君は、静かに片づけをしている最中だった。
「…でも、絵を描く時間があるから、そうそう見学する時間も取れないんじゃないのかな」
静かに藤堂君はみんなを見てそう言うと、また黙々と片づけを始めてしまった。
「あ、そうか。絵を描く時間、なくなっても困るもんね」
川野辺君がそう、ぼそって言った。
「じゃあ、これで私、失礼します」
「うん。でも、時間が空いたらいつでも来てくれていいから」
部長が最後にそう言ってくれた。
道場を出て、私は美術室に戻ろうとして、ビデオカメラのケースを忘れてきたことに気が付いた。
「なんだか、戻りにくいけど、もう見学行かないしな…」
私はそうつぶやきながら、道場に戻った。
「あの…」
中に入ろうとすると、道場の中がやけにさわがしく、
「いいのかよ。藤堂」
とか、
「お前、もっと声かけたり、いろいろと積極的に出たらよかったのに」
とか、そんな声が聞こえてきた。
え?
「いいんだよ。お前ら、俺に気を使い過ぎだよ」
「だってさ、俺らが葉っぱかけたから、お前ふられたじゃん?ちょっとは責任感じてるんだよ、俺ら」
え?
もしかして、私のこと?
「だから、もういいんだって。ふられた時点で終わってたんだから」
藤堂君が、ぶっきらぼうにそう言ってるのが聞こえた。
「でもさ、あれは俺らがまずかったって。つい調子に乗って、ダンスに誘えだの、文化祭一緒に回ろうって言ってこいだの、いろいろとお前に言ったりしたから」
「…でも、それを真に受けて行ったのは俺だし、お前らが責任感じることなんてないから」
やっぱり、私のことだ~~。じゃ、なに?責任感じて部員のみんなはあんなに私に、見学に来てって誘っていたってこと?
「でも、チャンスだったろ?なんでもっと、積極的に」
川野辺君がそう言いかけた時、
「いいんだって!もう忘れたんだから。昔のことをそんなに蒸し返すようなこと言うなよ。迷惑だ」
と突然藤堂君が切れた。
私は一瞬にして頭が真っ白になった。
がくがくと足が震えたが、どうにかその場を去って、美術室に戻った。そして弓道部のみんなと会わないですむよう、さっさと帰り支度を済ませ、走りながら校舎を出た。
怒ってた。あんな藤堂君初めて見た。
私のことは何も思ってないどころか、あんなふうに言われること自体、迷惑なんだ。
もしかして、次の相手がもういるんじゃないの?
それか、私のことを知って、私のことなんか、嫌いになっちゃったんじゃないの?
そのまま私は、駅まで全力疾走した。涙が出そうになるのを、必死にこらえながら。
翌日、ゴールデンウィーク明け、私は遅刻ぎりぎりの時間に教室に入った。そして静かに自分の席に着いた。
「おはよう、穂乃ぴょん。寝坊?」
「ううん」
「あれ?元気ないね。具合悪いの?」
「美枝ぽん、あとで話聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
私は藤堂君を見ることができないでいた。そして授業中もずっと、窓の外を見ていた。ああ、今日も何て綺麗な青空なんだ。それがかえって、空しいよ。
お昼、藤堂君とは一緒になりたくなくて、そっと沼田君を廊下に呼んだ。
「ゴールデンウィーク、どうだった?」
沼田君が聞いてきた。
「ちょっと、落ち込んでる」
「え?」
「話、聞いてほしいけど、沼田君一人でお昼来れるかな」
「いいよ、藤堂は弓道部の連中と食べてもらうよ」
「うん」
私はそれだけ沼田君に言ってから、肩を落とし、美枝ぽんと食堂に向かった。
「穂乃香」
その後ろから、麻衣が声をかけてきた。
「どうだった?ゴールデンウィークって、あれ?顔沈んでるね」
「うん。落ちてる」
「お昼私も一緒に食べるよ」
麻衣も一緒に食堂についてきてくれた。
「は~~~~~~~~~」
重いため息をつきながら、私は食堂に入った。そして、藤堂君とは顔を合わせたくなくて、食堂の隅の席に座った。たいてい、中庭が見えるあたりの席に、弓道部のみんなは座っている。この席なら、だいぶ離れているから、藤堂君に見られることもないし、話しを聞かれることもない。
「見学に行って、いったん道場を出て忘れ物に気が付いて、また戻ったんだ」
「うん」
私はそこで藤堂君が何を言ったか、それを美枝ぽんと麻衣に話した。
「え?じゃ、藤堂君をふったのって、穂乃ぴょんなの?」
美枝ぽんに驚かれた。
「うん…」
「そうだったの~~!」
相当な驚きようだ。
「だけど、藤堂君の中じゃもう、終わってるんだよね」
私が暗くそう言うと、美枝ぽんも暗い顔をして、
「そうだったんだ」
とぽつりと言った。
「お!こんな隅にいるから、わかんなかったよ」
そこに沼田君が来た。
「沼っち、司っちは?」
「もう弓道部の連中のところに、行ってるんじゃないかな」
「そっか」
麻衣が小声で聞いたからか、沼田君も声を潜めていた。
「で、なんで落ち込んでるの?ゴールデンウィーク、頑張るんじゃなかったの?穂乃ぴょん」
さっそく沼田君はそう切り出してきた。
「見学、毎日行ってたよ。最初の日なんて、一緒にお昼も食べれたし」
「進展したってこと?」
「…ううん。まったく」
「なんだよ、それ~~」
「だって…」
私はしばらく黙り込んだ。
「なんだ、もうこのへんしか空いてないよ、聖」
「ああ、いいよ。そこで」
え?うわ。聖先輩だ。隣りのテーブルに来ちゃった。
「あち~。はしゃいで走り回るんじゃなかった」
「ほんと、聖も基樹も、あほだよな」
「葉一、あほって言うな!」
あ、聖先輩が友達のこと、こついてる…。それからあはははって、すんごい爽やかに笑ってる。
こんな近くで見れちゃった。…でも、私の心はブルーのままだ。
「はあ」
「重いため息だな」
沼田君に言われた。
「そうだった。まだ美枝ぴょんと麻衣にも話してなかったっけ。お昼を一緒に食べた時、藤堂君から言われたんだ」
私は藤堂君との会話を、3人に話し出した。
「藤堂君に友達になろうって言えなかった。でも、友達になりたいって思ってる人がいるとしたら、どうしたらいい?って聞いちゃったの」
「回りくどい言い方したんだな」
グサ。もう沼田君たまに、傷つくこと言う…。
「沼っち、黙って聞いてな」
麻衣がそう言ってくれた。ナイスフォローだ。いつもながら。
「それで?」
美枝ぽんが聞いてきた。
「どうしたらいいか、俺もわからないって言ってた。なにしろ、友達になろうとして、失敗した実績もあるしって…」
「コクった相手にふられたってことか。なに、あいつ、友達になってくださいなんて回りくどいこと言ったのか?」
「だから、沼っち、しばらく黙ってな!」
もう一回麻衣が沼田君に、そう言って黙らせた。
「お口チャックだよ、沼っち」
美枝ぽんにまでそう言われ、沼田君は黙り込んだ。
「でも、自然と話せるようになっていったら、自然と友達になれるんだよなって…。だから、次はそうしようって思ってるって言われた」
「へえ…」
沼田君が何かを言おうとしたけど、麻衣と美枝ぽんに睨まれ、黙り込んだ。
「…それって、もしかして、好きな人が今いるってことなのかなって、そう思っちゃって…」
「え?なんで?」
美枝ぽんが聞いてきた。
「だって、次はそうしようだなんて、次の相手がいるから思うことじゃないのかな」
「それはわからないじゃない。ただ単に、次はそうしようって思っただけかもよ」
麻衣がそう言った。
「そ、そうかな。次がもういるんじゃないかな」
「ああ!暗いな、穂乃ぴょん!なんでもっと、前向きに考えられないんだよ!」
黙っていた沼田君が、しびれを切らしたのか口を開いた。
「次の相手ってもしかして、私のことかしら、くらいに思っていたらいいだろ?」
「…私じゃないよ」
「なんで?そんなのわかんないじゃん」
「わかるよ」
「なんでだよ?!」
「だって、ふったのって私だから!」
沼田君が大きな声になったから、私までムキになってしまった。
「え、え~~~?!」
沼田君がものすごい大きな声で、驚いた。その声で一瞬、ざわついてた食堂が静まり返った。
「し~~。声でかいって」
麻衣が沼田君の口をふさいでそう言った。
周りにいるみんながいっせいにこっちを向いたが、私たちが静かになったからか、またみんな思い思いに話を始めた。
「沼っちのあほ。せっかく司っちの席から離れたところに座ったのに、あんな大声出したら、ここにいるのばれちゃうじゃん」
麻衣がそう言った。
「え?なんでばれたら駄目なの?」
「駄目じゃないけど、話は聞かれたら困るでしょ?」
「話までは聞かれないって。こんな離れてるんだから」
麻衣の言葉に、沼田君はしれっとした顔でそう答えた。そして、私のほうをおもむろに向き、
「それってさ、簡単なことだろ?穂乃ぴょんが司っちに、好きになりました。付き合うのOKですって言えば済むことじゃないの?」
と、これまたしれっとした顔で言ってきた。
「は~~~~?」
麻衣と美枝ぽんが同時に呆れた顔をして、沼田君の顔を見た。
「え?なんで?簡単なことだろ?」
「話聞いてた?沼っち」
美枝ぽんが聞いた。
「司っちはね、もうなんとも思ってないって、そう弓道部の連中にも言ってたんだってよ」
「え?穂乃ぴょんの前でそんなこと言ったの?あいつ」
「ううん。私がいない時、っていうか、私偶然聞いちゃったの」
「…盗み聞き?」
「うん」
「なんとも思ってないって?いきなり言ってたわけ?」
「弓道部のみんな、私にやたら見学に来てって言ってたの、藤堂君のためだったみたいで」
「なるほど。弓道部のやつらは、司っちが穂乃ぴょんにふられたの知ってたのか」
「知ってるも何も、コクって来いってはっぱかけたの、あいつらみたいだよ」
麻衣がそう言った。
「それで、ふられちゃったから、自分らにも責任があるって思って、いろいろと協力しようとしてたみたいで」
「なるほどね。で、もしかして司っち、もうなんとも思ってないから、そういうことするな、みたいなことを言ったとか?」
「大当たり。すごいね、司っちのことわかってるじゃん」
麻衣がなぜか、沼田君を褒めた。
「迷惑だとまで、言ってたって」
美枝ぽんがそう、小さな声で付け加えた。
「あれま…」
沼田君は一瞬、同情するような目で私を見た。
「もう駄目だよね。友達にもなれないよ」
私が重くそう言うと、沼田君は私のほうに顔を近づけ、
「だから、なんでそう後ろ向きなわけ?頑張るんじゃなかったのかよ」
とちょっとキレ気味に言った。
「頑張るも何も、迷惑だって言ってたんだよ?」
「それは、弓道部の連中にたいしてだろ?」
「私のことも、そう思ってるかもしれないじゃない」
「はあ?そう言われたのかよ」
「い、言われてないけど」
「じゃ、なんでそんなこと思うわけ?」
「だって、なんにももう思ってないって」
「だったら、また好きになってもらえるよう、努力したらいいだろ?なんにもしないで、なんでそんな暗くなってるんだよ!」
「声でかいって、沼っち」
美枝ぽんが、沼田君の腕をつかんでそう言った。でも、沼田君はその手をふりほどいて、
「穂乃ぴょん、そんなだから駄目なんだよ。好かれたくないの?もし好かれたいなら、それなりの努力しろよ!自分を変えようとしてみろよ!」
と、さらに大きな声でそう言った。
その声で、周りの人がまた私たちを見た。でも、私はそんなことよりも、なんだか、沼田君に腹が立ってきていて、
「どうせ、私は根暗だよ!そんなのわかってるよ!変えたくたって、変わらないこともわかってるよ!」
とさけびながら、思い切り立ち上がった。と、その拍子に、テーブルが思い切り斜めになり、テーブルの隅に置いてあった沼田君の水が、隣のテーブル席まですっとんで行ってしまった。
ビシャ!
「うわ!つめて!」
…。うそ!聖先輩にかかった?
うわ。最悪~~~~。
もう、沼田君にはひどいこと言われるし、聖先輩に水、ひっかけちゃうし、藤堂君とは友達にもなれないし、なんでこうも最悪なことが続いていくわけ?