第10話 次の相手?
ゴールデンウィークに突入した。柏木君はそれまで部に出てこなかったが、ゴールデンウィーク初日、ひょっこりと現れた。
「おはよ。結城さん」
「おはよう」
「あれ?絵、はかどってるじゃん。意欲出てきたんだ」
「うん」
私の絵を見て、しばらく柏木君はその場に佇んだ。
「柏木君は?衝動に駆られたものあった?」
「…ない」
なかったんだ。
「じゃ、なんで部活に来たの?ゴールデンウィークは出なくてもよかったのに」
「う~~ん、結城さんに会いにかな」
「え?」
「今日、一緒に帰らない?何時ごろまで頑張るの?」
「…昼まで。それでお昼食べたら、弓道部の見学に行くから」
「なんで?」
柏木君はとうとう、そのへんの空いてる椅子を私の横に持ってきて、座ってしまった。
「弓道の絵を描こうと思って」
「でもこれ、どう見ても風景画だよね?」
「ううん。木と人物のコラボレーション?」
「…ふうん」
柏木君はしばらく黙ってしまった。
「で、誰がモデル?」
「部長」
「モデルになってくれるって?」
「うん」
「ふうん」
本当はビデオに藤堂君もおさめてくるつもり。そして、藤堂君を描こうと思ってる。
「そっか~。イメージわいちゃったのか~~。いいな」
「え?」
「俺、なんにも浮かばないんだよね」
「中学の時はどうしてたの?」
「いろいろと家族で旅に行ったりして、その風景を描いてたかな」
「じゃ、今回もゴールデンウィーク、旅行にでも行ってきたら?」
「…そうする予定だったけど、母親が入院しちゃってさ」
「え?」
「あ、安心して。たいした病気じゃないんだ。すぐに退院してくるし。ただ、旅行までは行けないよね、さすがに」
「…そうだったんだ」
「まだ結城さんもスランプだったら、誘うつもりだったんだけどね」
「え?」
「どっか、自然を満喫できるところとか」
「…旅行?!」
「え?違うよ。日帰りで…。ああ、旅行でもいいか」
よくない、よくないって。私は無言で首を横に振った。
「あはは、冗談だって。面白いよね、結城さんってさ」
「どこが?面白くないよ。逆に一緒にいても、退屈しない?」
「え~~?しないよ。面白いよ?」
「…」
私は何も返事をせず、キャンパスに向かった。
「友達でもいいけど、付き合うのもいいかもって思えるくらい、面白いけど?」
「は?!!!」
キャンパスのほうを見ていたのに、そんなことを言われ、思い切り柏木君のほうを向いた。
グギ。
「いたた。変なこと言うから、首がグギってなった」
「あははは。やっぱり面白い」
柏木君がそんな私を見て笑った。
「も、もう。からかわないでくれる?そういうのも慣れてないんだから」
「彼氏いたことある?」
「ないよ」
「やっぱり?」
何?そのやっぱりって、なんだか失礼じゃない?
「そんなイメージある。イメージ通りでよかった」
「え?」
何それ。
「好きな奴もいないとか?」
「…」
「あれ?いるの?」
「か、関係ないでしょ?」
「赤くなってる。へえ、いるんだ」
「…」
私は柏木君のことは無視して、絵を描くことにした。
「誰?」
「…」
「俺?」
「まさかっ」
また柏木君のほうを思い切り向いた。
「あはは、やっとこっちを向いた」
「…」
この人って、なんなんだ。
「ね、じゃあ誰?」
「いいでしょ、誰でも」
「言えないような相手?」
ムカ。言いたくないだけだよ。
「聖先輩」
私はそう思わず答えた。
「なんだ~~。聖先輩か」
「聖先輩だとなんなの?」
「好きな人の範囲に入らない。そんなのアイドル追っかけてるミーハーと一緒じゃん」
「なんだか、さっきからムカってくるんですけど」
「あ、いいね。怒ってる結城さんも!」
「ええ?!」
ムカムカムカ~~。
「ここで喧嘩でもしてみる?喧嘩するほど仲のいい友達になれるかな」
バカにしてるの?この人。
「絵を描きたいから、邪魔しないで」
「…そう。な~~んだ。つまんないの」
柏木君はそう言うと、大きく伸びをして、美術室を出て行った。
「なんだったの、あの人」
それから、柏木君は美術室に戻ってこなかった。
私は昼になり、片づけをして美術室を出た。お弁当を持って食堂に行き、お弁当を広げていると、
「結城さんもここで、お昼?」
と購買のパンを持った藤堂君が来た。
「う、うん!」
いきなり藤堂君が現れたから、なんの心の準備もできてなくて、すごく驚いてしまった。
「一人でお昼なの?部の友達は?」
「柏木君?」
「…いや、女の子の友達」
「部には友達いないんだ」
「え?」
「やめちゃったから」
「そうなんだ」
そう藤堂君は静かに言うと、隣の席に座った。
うわ。隣りで食べるんだ。一気に緊張~~。って、そうじゃなくて、いろいろと話すチャンスじゃない。
「じゃ、その柏木ってやつは?」
「朝はいたけど、さっさと帰っちゃったみたい」
「ふうん。それは残念だったね」
「え?どうして?」
「昼までいたら、一緒に昼ごはん食べられたでしょ?」
「それはどうかなあ」
「え?」
「柏木君、友達とか言ってたけど、私は別に…」
「友達じゃないの?」
「うん。だって、あまり話したこともないし、今日だって話してて、私、からかわれてるだけのような気がしたし」
「…もしかして、交際を申し込まれたとか?」
「え?!」
なな、なんだ?その質問は。
「それで、友達としてなら、みたいな話になったの?」
「ち、違うよ~~~!そうじゃなくて、ただ単に、スランプ同士、話でもしようってくらいの、そんな軽い感じで」
「ああ、そうなんだ」
ドキドキ。もう、いきなり何を言ってくるんだ。第一、交際を申し込まれたんだったら、即断ってるよ。私は。
「そんな軽い感じだったら、友達になるんだね」
え?!
「俺、重たかったよね」
え?!
「ち、違うの。柏木君だって、男の人が苦手だからあまり話せないって言ったの」
「そうしたら?」
藤堂君が私のほうを見て、聞いてきた。うわ。目が合うだけでも、ドキドキする。
「そ、そうしたら、男子が苦手だっていうのも、克服するためにも友達になろうって、うまいこと言っちゃって…。その…」
「…苦手なの、克服したかったの?結城さん」
「え?別に」
私は黙り込んで、下を向いた。藤堂君は私をしばらく見ていたけど、パンの袋を開けて食べだした。
「…だけど、麻衣とか羨ましいとは思ってたかな」
「え?」
私が突然話し出したからか、藤堂君はちょっとびっくりしてる。
「誰とでも話せるのって、いいなって。私は女子ならそんなに構えないんだけど、どうしても男子とだと何を話していいかもわからなくなるし、話すこともなくって…。ちょっとそんな自分、好きじゃないって言うか」
「…男の友達、欲しかったとか?」
「ううん。そういうわけじゃ」
あれ、待てよ。今、そうなの。友達欲しいから、友達になってって言う絶好のチャンス?
「…俺も、女子苦手だよ。なんの話をしていいか、わかんないからあまり話さない」
「そ、そうなの?」
「…でも、いいんじゃないかな」
「え?」
「別にそれでも」
「……」
そう言われたら、もう友達になってって言えなくなっちゃうよ。
「…沼田みたいに、誰とでも仲良くなれるやつっているじゃん?」
「え?うん」
「結城さん、沼田となら話せるみたいだし、いつの間にか仲良くなって、友達になっていくんじゃないかな」
「…ぬ、沼田君とってこと?」
「うん」
ガクリ。沼田君と友達になりたいわけでもないし、仲良しになりたいわけでもないの。私は、藤堂君と友達になりたいだけで。
「で、でもね、もし、この人と友達になりたいって人がいるとしたら、どうしたらいいのかな」
そんなことを私は言っていた。言ってから、あ、変なこと聞いちゃったって後悔した。
「それ、聖先輩?」
「え?違うよ。聖先輩は雲の上の人だし。そんなの望んでないし」
「…じゃ、他にそういうやつがいるってこと?」
「…」
し、失敗だ。やっぱり変なことを聞いた。
「い、今のはたとえ話で、特に誰がってことじゃ…」
私はしどろもどろになった。
「…それ、友達になりたいんじゃなくて、付き合いたいってこと?」
「だ、だから!たとえ話だってば」
う、思わず声がでかくなってる、私。絶対に不自然だよね。
「…さあ。俺にもわかんない。なにしろ、わかんないから悩んで、で、失敗した実績もあるし」
「え?」
「……」
藤堂君は黙って、パンを食べだした。
えっと。今の私のこと、かな。
パンを食べ終わると藤堂君は、コーヒー牛乳をごくごくと飲み、そして、
「失敗した俺が言っても、説得力ないかもしれないけど、でも、あとで思ったんだ」
と静かに話し出した。
「え?」
「いきなり知らないやつに声をかけられても、そりゃ困るだけだろうなって」
やっぱり、私のこと?
「だから、自然と話せたり、だんだんと自分のことを知ってもらっていったほうが良かったんだろうなって」
「…自然、と?」
「うん。次はそうしようって思ったよ」
次?次ってもしかして、好きな子できたの?!
「だから、もし友達になりたいって思うやつがいるなら、話しかけてみたりしたらどうかな」
「…」
「ちょっと勇気いるけどね」
「…」
だ、駄目だ。気になる。次って何?次って…。
「と、藤堂君、あの…」
駄目だ。次の人が現れたの?とはさすがに聞けない。
私が黙ると藤堂君はしばらく黙って、私の話すのを待っている。
「これから、見学しに行ってもいい?」
私は次の誰かのことを聞けず、そんなことを聞いていた。
「いいよ、部長もいいって言ってた。ビデオで撮るんでしょ?」
「うん」
「じゃ、俺も着替えとかあるし、行くね」
「うん」
藤堂君は静かに席を立ち、そのまま食堂を出て行った。
次って…。私の頭はその言葉をずっと、繰り返していた。