二本目
昨日の摩訶不思議な出来事は幻覚だとして、今日も今日とて換気扇の前で煙草に火をつける。
「いやああああああ! だから換気扇消して! 消してください! 聞こえてますか? ていうか聞いてますか?」
幻覚はまだ続いているらしい。そういえば声も聞こえるから、これは幻聴も含んでいるのかもしれない。これは禁煙せよという神からのメッセージであろうか。
「ええい、くらえ!」
換気扇に景気良く吸い込まれていた煙が、いきなり私の鼻めがけて殺到してきた。喫煙者でも副流煙をまともに吸いこんだらたまらない。私は激しくせき込み、侵入してきた煙を追い出す。観念して換気扇も止める。
「話を聞かないからです」
「それにしてもやり方がえげつない」
「ちなみに今ので願い事に使う魔力を使ってしまいました。願い事は三本目からにしてください」少女の形をした煙が、さらりと嫌なことを言った気もするが、ここは我慢してこの摩訶不思議な存在との対話を試みる。
「その願い事なんだが、悪いことに使ってはいけないというルールはないのか?」
「ありません。でもそんな願い事をされたら軽蔑します」
「構うものか」
「何か良からぬことを企んでますね」
私は通っている大学にて、読書好きが時々集まってぐだぐだと喋るだけという読書サークル『読書愛好会』に所属している。
一年前、私が『読書愛好会』に入部して間もない頃にそれは起こった。それまで分化系サークルのノリで花見を楽しんでいた、同じ新入生の中島という男が、私の読書について傲然と批判をし始めたのだ。曰く、ライトノベルなんぞを読んでいると頭が悪くなる。そして自分は新品の本でないと読む気になれないし古本ばかり漁っていると業界に悪影響である、と。私は普通の本もライトノベルも平等に扱う(そもそも区分けするべきものではない)人間であり、中島の言うような古本ばかり漁る人間である。よろしいならば論争だ。入部早々、いや入部前から侃々諤々の口喧嘩が始まるかとも思われたが、その日は先輩に諌められた。以来、私と中島は仲直りするわけでもなく、レールのようにいつまでも平行を保って交わることはなかった。
そうだ、奴が後生大事に抱えている蔵書を、古本屋の特売コーナーに時々置いてあるような煙草臭い本にしてやろうか。この、煙草の精を名乗る存在でもそのくらいは出来るだろう。読書処女主義とでも言うべき曲がった性根を叩きなおす良い機会である。
「……あなたの考えは読ませてもらいました」
「そんな時だけ超人的な能力使うのは止めてもらえないか。というか人の考え読めるのか」
「あなたも読書好きなら本の大切さが分かるはずです。あなたの考えはまるで、復讐の対象ではなくその身近な人間に危害を及ぼす下衆な悪役の考えです。あと人の考えはあなたのものしか読めません」
「ぐ……確かに正論だ……」
「それでも実行すると仰るのなら、やりますけど」
「そう言われるとやりにくい。お前最初に会ったときと印象変わったな」
「愛想を振りまき続けるのは不得意なもので」
「ああ、いるいるそういう人」
「私の本性よりも、その中島という人に直接私が突入してですね……」
「そっちの方がえげつないだろう」