みつめる
お店はこじんまりとしていてカウンター席のみ。
小さめにジャズがかけられている。
カウンターの内側でマスターだろうか?男性がグラスと布を手にしていた。
磨いていたのだろうか?今は手が止まっている・・・・
・・・白い手。
白魚のような手・・・とはこういう手の事をいうのだろうか?
・・・・女性に対する褒め言葉かもしれないが。
指は細く長い・・・まるでピアニストのようだ。
左手の人差し指、第一関節のあたりに絆創膏が貼ってある。
「おや、初めてののお客様ですね・・・・いらっしゃいませ。」
トクン・・・なぜか胸が鳴る。
ジャズに合うとても心地の良い声のせいだろうか・・・?
マスターの顔に目を移す
透き通るような白い肌、細い切れ長の目・・・少し長めの黒い髪、前髪で目がやや隠れ気味
薄めで淡いピンクの唇・・・微笑んでいる・・・
なぜか、妙に色っぽい・・・
男性に対して、色っぽいという表現をするなんて初めてだが他に言葉が出てこない。
『綺麗だ・・・』
ずっとみつめていたくなってしまう。
「どうしました・・・?どうぞ席にお着きください」
私はマスターに見とれていて席に着くのを忘れていた
「あ・・・はい」
そうに言ってマスターの顔を見た瞬間
マスターと目が合う
バチン!!!
胸が鳴る・・・なぜか鼓動が早くなる・・・
「私 JULYのマスターでございます。以後お見知り置きを・・・」
そうに言いながら、お絞りとお水を差しだす。
その手つきがとても滑らかで美しい・・・
「私、バーって初めてで・・・てか、こんな服装でごめんなさい」
BARにパーカーでくるお客さんなんているのだろうか?
すごく恥ずかしくなってきた
「お客様の服装は自由でございます。ここは私の作るお酒を楽しんでいただく場所。
服装など、こだわる必要ございません」
優しい笑顔でそうに答えてくれる・・・
振られたばかりの私には、その優しい笑顔と言葉が心にしみる
マスターの声は私の心にすっとなじんでくる心地の良い声だ。
「こちら、メニューになります。」
そうにいいながら黒い表紙のメニューを渡してくれた
軽く目を通すが・・・アルコールの種類がさっぱりわからない。
「やばい・・・・完璧に場違いだわ・・・」
そんなことを考えていたら
「なにか・・お好きな果物とかございますか?」
ふいにマスターが質問してくる・・・
「ふぇ・・・?」
急な質問だったので変な声がでてしまった・・・ほんと恥ずかしいな私・・・
「お好きな果物の入ったアルコールをお作りしますよ?
あと、アルコールはお強いですか?」
「オレンジ好きです・・・アルコールはそんなに強くないかな?
でも、今日は強いお酒が飲みたいです・・・・失恋したし・・・」
・・・・失恋したは言う必要なかったな。
心の中で自分にツッコミをいれる。
「・・・・失恋ですか?」
・・・そりゃ聞き返すよね。
「はい・・・さっき、彼氏に振られたんです。」
「・・・・・」
マスターが無言になる。
あぁ・・・こんな事言うんじゃなかった・・・空気が重い
さっきまで鼓動が早かったのが嘘みたいに落ち着いてしまった。
「今日は私の失恋記念日なんです!だから、なにか強めのお酒作っていただけますか・・・?」
と、少しとぼけた感じで言ってみた。
私はへこんでない!けっこう元気だと思わせたくて・・・
マスターは腕を組み右手を顎にそえてなにか考えているようだ。
その考えている姿もさまになっている・・・
しばらく考え込んでいたマスターがチラっと私の方をみて
さっそうと出入り口へと進んでいく。
カランコローンと扉が開く音がしてマスターが出て行った。
「えぇ?!」
そしてすぐ戻って来たマスターは手になにかもっている・・・
『OPEN』と書かれたプレートだ。
『えぇ!?私が変な事言ったから気分を害して今日はお店を閉めてしまうの?!
謝らなきゃ!!!』
マスターはプレートをテーブルの隅に置き私の方へ歩いてくる。
「ごめんなさい!嫌な思いをさせるつもりはなかったんです!」
と言おうとしたら先にマスターが口を開く
「実は私も今日が記念日なのです。
記念日同士・・・今日は私と二人きりでお付き合いいただけませんか・・・?」
右手を胸に添えながらマスターが私にお辞儀する。
「え・・・記念日???マスターも???」
「はい、私もです。」
マスターが顔を上げ私の目を見つめながら言う・・・
「今日はあなたと出会えた・・・・大切な記念日なのです。」