オーナーは元大学の教授
もうすぐお昼である。
石田さんは揚げたてのドーナツ、コロッケ、から揚げ、フライドポテトをホットケースに陳列しながら、
「オーナー遅いっスねえ。どこへ行ったんでしよう」
静子は売り場の時計を見て、
「ッたく、お昼だって云うのに・・・」
石田さんは面接の時から気になっていたオーナーの経歴を、もう一度静子に尋ねてみる。
「店長、オーナーって何やってた人なんスすか?」
「教授ッ!」
石田さんは驚いて、
「キョッ、キョウジュ! ウッソ~」
静子の言葉を真に受けた石田さん。
「教授ってアタマ良いンでしょう? 何でこんな所に来たんスか?」
「研究しに!」
「研究って何を?」
「ここに住む人達」
石田さんは更に驚いて、
「ここに住む人達ってプー太郎の研究スか ? でもプー太郎って研究するとこ有るんスか?」
「有るみたいよ。行動とか生活、食べ物、何を目的に生きて居るのか」
石田さんはフライドポテトを一本取って試食して、
「そんな事、アタシの方がよっぽど知ってまスよ」
静子は石田さんを見て、
「でも文字には書けないでしょう」
「そりゃ・・・書けないけど、絵には描けますよ。漫画だけど」
「研究者と云う仕事は文字にしなくてはいけないのよ」
石田さんは少し考えて、
「今まで文字にした仕事って有るんスか?」
静子は天井を見上げ、百地の今迄の活動(テーマ・実践的社会学研究)を思い出し、
「う~ん・・・。まず国会議員秘書・団地の清掃・遺跡発掘・葬式屋補助・養護学校の運転手・魚屋かな?」
「サカナヤ!?」
石田さんはフライドポテトを口に咥えて静子を凝視する。
静子が、
「ヘンでしょう。そんな仕事に付き合わせる私の身にもなって成ってちょうだい」
石田さんが、
「オーナーってそんな凄い人だったんスか?」
静子は首を傾げ、
「凄い? う、う、う〜、凄い人・・・」
そこに、太って髪を思いっ切り刈上げた『経営指導担当の大石』がダストボックスの上の『雉トラ(招き猫)』の頭を軽く撫でて、店に入って来る。
「店長、お疲れ様です」
「あ、大石さん! ご苦労様です」
「お昼の応援に来ました」
「わ~、助かります」
「何か変わった事、遭りましたか?」
「変わった事ですか? いえ、今の所は・・・」
「イマノトコロ?」
「いや、こちらの話です」
「で、教授は?」
「それがさっき店の周りを視察して来るって出て行ったきり戻って来ないんですよ。まったく、何処に行っちゃったんでしょうね」
「そうですか。ま、ソレもまた研究でしょう。その内戻って来ますよ」
石田さんは大石の刈り上がった髪型を見て、
「大石さん、床屋に行ったんスか」
「うん」
「・・・何か変」
「うるさいッ! 仕事しろ」
大石は静子を見て、
「で、どうです。良い店でしょう」
石田さんは思わず噴出し、
「プッ、大石さん。この店が良い店だったら、アミーゴに悪い店なんて無いんじゃないスか」
「オマエ、よくそんな事言えるな。客層じゃなくて売り上げだ」
静子がレジキーを操作して、この時間までの『平均客単価』を見てみる。
「・・・そうですねえ。確かに客単価は良いですね」
「でしょう、そこですよ。そこを見ないと。夕方はもっと上がりますよ。楽しみですねえ」
石田さんがまたキツイ一言。
「アタシは客層だと思うけどな」
大石は生意気な石田さんを見て、
「オマエは黙ってろ!」
フクレ面の石田さん。
お昼前に好みの弁当を確保しょうと、客がチラホラ店に入って来る。
徐々にレジに客が並び始める。
「いらっしゃいませ~」
大石がバックルームに入って行く。
暫くして、着替えた大石が売り場に出て来る。
意外とユニホームが似合う大石である。
レジカウンターに立って、
「いらっしゃいませー。どうぞ、こちらえ」
石田さんがまた心配そうに静子を見て、
「店長、オーナーどこへ行ったんでしょう」
静子が怒って、
「いいッ! あんな極楽トンボ。まったく頼りにならないんだから」
一回目の客の波が去って、石田さんが急いで売り場に出て商品を整えている。
私は自転車を店の前に停めた。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が私を見ている。
私は店内に入って、売り場の石田さんに、
「いや~あ、まいったまいった。石田さん、自転車ありがとう。でも危ないねえ。あの自転車、ブレーキを掛けたらツンノメリそうに成ったぞ」
石田さんは振り向きもせずに一言。
「慣れれば平気っスよ」
私は元気良く、
「その通りッ! 慣れれば何でも大丈夫! 人生も病も店の経営もだ」
カウンターから静子がキツイ目で私を睨んでいた。
「・・・どこに行ってたの?」
「いや、そこの公園で話し込んじゃった。それで缶詰めをゴッソウになっちゃったんだよ。そうしたら、その缶詰め、ウチの店で買ったんだって。ハハハハ、お得意サンだよ。彼等は僕達より美味い物を食べている」
すると売り場の奥から大石が笑顔で出て来る。
「教授」
私は驚いて、
「おお?!ビックリした。何だ大石さん、来てたんですか。忙しいですか?」
大石はニッコリ笑って、
「は~い。とっても。で、教授はどちらへ?」
「まいっちゃいましたよ。吉松さんが離してくれないんですよ」
「ヨシマツさん?」
「そうなんですよ。そこの公園に住んでる大将です」
「タイシヨウ?」
「何だかウチのお店のお得意サンみたいなんですよ」
大石が納得したように、
「ああ、ブルーテントの人ですか?」
「ブルーテント? ああ、住居ですか? そうです。テント生活者です」
と、静子がカウンターから出て来て優しく私に、
「アナタ、ちょっとお話が有るの。事務所に行きましょう」
「え? 何か」
「いいから、ちょっと!」
石田さんは大石の傍に寄り、
「ヒヒヒ、面白く成りそうすね」
「ウルサイッ! オマエは仕事しろ」
暫くして私はユニホームに着替へて売り場に出て来た。
頬が少し赤く成っている。
「ヨ~シッ! 頑張るぞ」
大石は私の頬を見て心配そうに、
「オーナー、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。これくらい」
「これくらい?」
だがその日は中々、二度目の客の波が来ない。
私の気合が空回りして、大欠伸をしながら、
「あ~あ。大石さん、こんなもんですかねえ」
大石は私に、夢と希望を持たせる様に、
「いやいや、まだまだ。ねえ、石田」
「ええ? そうスねえ。客なんて気まぐれっスから。その内、来るでしょう」
すると一人、お客が店に入って来る。
と、それに続いて突然、二度目の波が押し寄せてくる。
レジに並ぶ客達。
カップ麺のお湯の順番を待つ客。
一瞬の大波である。
カウンターの奥から客の声が。
「ポットのお湯が無いよ~」
静子が元気良く、
「はーい、すいません。直ぐ入れま~す」
大石が、
「ありがとう御座いま~す。またお越し下さいませ~」
つづく




