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ドヤ街

 客足が止まった店内。

私は手持ち無沙汰に店の雑誌を立ち読みしていた。

ふと顔を上げると、通りを傘の先に風呂敷をぶら提げた男が歩いて行く。

男は雨でもないのに、よく洗った真っ赤なゴム長靴を履いている。

私は何気なくその男の格好を観ていた。


店の周囲の環境が気に成って来る。


 「店長。僕、チョットその辺を『視察』してくる」

 「シサツ?」

 「うん。見学だ」

 「見学って、これから忙しく成るのよ」

 「分かってる。あッ、そうだ。石田さん」

 「はい」

 「自転車貸してくれる」

 「良いっスよ。でもあのチャリ、後ろのブレーキ利かないっスよ」

 「危ないなあ~。ツンノメルんじゃないの」

 「慣れれば平気ですよ」

 「ナレね~え。・・・じゃ、直ぐ戻ってくるから」


私は自転車にマタガり、フラフラと店を出て行った。

 

 ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が私を見ている。


私の後ろ姿を心配そうに見ている静子。


 「・・・大丈夫かしら」


石田さんは以前から『気になっていた事』を静子に聞いた。


 「店長。オーナーって、前は何やってたンすか?」

 「え?・・・自由業よ」

 「ジユウギヨウ?」

 「いろんな事をヤッテ来た人ってこと」

 「じゃ、プー太郎みたいですね」

 「プー太郎?」


静子は店の前の路上に寝ている、自由人を見る。

するとドアーチャイムが鳴り、小太りで背が低い職人風の男が下駄ゲタを鳴らして店に入って来る。


 「カタカタカタ」


静子が、


 「いらっしゃいませ~」

 「カタ、カタ」


下駄の音が店内に響く。

石田さんはその男をチラッと見て、品出しの為にバックルームに入って行った。

男はカウンターの前の新聞挿しからスポーツ新聞(東スポ)を一枚抜いて静子の前に持ってくる。


 「いらっしゃいませ。百八十円になります」


男は始めて見る熟女(静子)に視線が定まらない。

目はロンパリである。

そして軽い挨拶言葉を静子に交わす。


 「さ、寒いやねえ。やんなっちゃうねぇ。山は大雪だってよ」


静子は昔、何処かで聞いたような語り口調に、


 「えッ? あ、そうですか」


男は指先に小銭コゼニをつまんで静子の眼の前に出す。

静子は男の仕草シグサを見て、両手の平を広げ男の眼の前へ差し出す。

男は静子を見詰めながら、手の平に一枚ずつ小銭を落として行く。

静子は奇妙な代金の渡し方をする人だなと思いながら、


 「確かに。ありがとう御座います。またお越し下さいませ」


すると男は、あのロンパリの眼で恥ずかしそうに静子を見て、


 「あッ・・・ど、どうも」


店を出て行く。

男は店の外で立ち止まり、振り向いて静子を見る。

そして、『スケベぽい笑み』を静子に投げかける。

静子は何と無く変な客と思いながら目を伏せる。


 外のダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が寝むそうに膨らみ、男を見ている。


これがドヤ街のごく自然な住人の風景である。

                               つづく

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