別れの挨拶に来た木村
私は店の出入り口のガラスドアーに、貼り紙をしている。
『閉店のお知らせ』
平素は格別なるご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。さて、この度アミーゴ山谷店は、都合により十二月一日午前七時をもちまして閉店させて頂きます。長い間ご利用頂きまして有り難う御座いました。当店閉店後はお近くのアミーゴをご利用頂きますよう宜しくお願い申し上げます。
私は心の中で叫んだ。
「・・・、よしッ! 終わった」
事務所に戻ろうとすると呼び止める声がする。
「オーナー・・・」
振り向くと、痩せ細ったパジャマ姿の木村(糖尿病・元ヤクザ)が「微糖の缶コーヒー」を片手に持って立っていた。
私は、
「よ~お、久しぶりだねえ」
「うん。・・・オエ(俺)、もうここにはコエ(来れ)ない」
「何?」
「アヒタ(明日)、アヒ(足)を切る」
私は木村の突然のその言葉が理解出来ない。
「足を切る?」
「そう。だからもう、会えない・・・」
私は木村の『足』を見る。
指先には幾重にも包帯が巻いてある。
私は、
「どうした?」
「・・・腐った」
「クサった?」
「味噌を付けてウ(いる)」
「ミソ???」
「そう。オエ(俺)モカシ(昔)、ポン打ち過ぎだ」
木村は夢遊病者の様である。
私は、
「ポン?」
「そう」
「ポン中だ。糖尿に成ったからアヒタ(明日)、足をチョン切る。アカラ(だから)、もう、ここにはコエナイ(来れない)。・・・アバヨ(さようなら)」
そう言い残し木村は缶コーヒーを片手に去って行った。
私は呆気に取られて木村の後ろ姿を見ていた。
缶コーヒーを飲みほし、路上に投げ捨てて行く木村。
朝のアーケード街に乾いた音が響く。
「カラン、カラン、カラン」
私は事務所に戻った。
石田がロッカーをの中を片付けている。
私を見て石田が、
「今、木村が来てたでしょう」
「うん? ああ・・・」
「売り場に入らなかったっスね」
「うん」
「最後の挨拶っスか」
「うん・・・」
「まともスね」
「マトモ? ・・・うん。木村はもう来れないんだって」
「来れない? なんスかそれ?」
「明日、足を切るそうだ」
「え?・・・。指をツメルんじゃないんスか?」
「いや、糖尿病が悪化して足を切るんだ」
石田は唖然とした顔をして私を見た。
私は床に敷いてある、寝床代わりに使っていたダンボールをたたみ始める。
石田は静かにロッカーの扉を閉めながら
「・・・オーナー。この店、本当に無くなっちゃうんスか?」
「うん」
石田は淋しそうに、
「オーナーと店長は、この後どうするんスか?」
「そうだなあ。農業でもやるか」
「ノウギョウ? 百姓っスか。・・・米でも作るんスか?」
「うん?・・・うん」
「シブイっスね」
私は、
「この店で随分たくさん弁当やオムスビを捨てて来たからな。米でも作って罪滅ぼしでもしないと」
「どこでやるんスか?」
「どこか遠い田舎にでも移住するか・・・」
「ポツンと一軒家スか?」
私は疲れた様に俯く。
私は机の上の書類ケースの引き出しを開けた。
ケースの中から『白い封筒』が出て来る。
「うん? これは何だ?・・・有賀良子、あ~あッ!これは!」
石田が、
「誰っスか? 有賀良子って」
そこに静子が、おでん鍋を持って事務所に入って来る。
「このおでんの鍋って何かに使えそうね」
私は静子に封筒を見せた。
「店長! これ」
静子が驚いて、
「あッ! 忘れた」
「なんだよ~お、可哀想に」
石田が、
「なんスか、その手紙?」
私は机の上に封筒を置いた。
石田を見て、
「コレは有賀さんの姉さんからの手紙だ」
「有賀の姉さん? あの蒸発した有賀っスか?」
「そう」
「ヤバイ手紙じゃないスか?」
「そうかな?」
「開けてみましょうか」
静子が、
「だめよ。そう云う事は犯罪よ」
石田は机の上の封筒を取る。
「あれ? これ口が開いてるジャン」
私は驚いて、
「え~ッ、 誰が開けたんだろう?」
石田が、
「夜勤っスよ、きっと」
「ダメだな~あ、ッたく」
「誰かが先に読んでンだから犯罪じゃないっスよね」
石田は封筒から便箋を取り出す。
私はそれを見て、
「あッ!」
石田は便箋を広げ読み始める。
『ゼンリャク!ヒロシへ。十二日にも来たんだけど、おらんかったね。足の怪我は順調に治っとん? 風呂はどうしとる? 父ちゃんから博にって、内緒で五万円送って来たけん、渡そう思ってね。父ちゃん、ああ見えてもお前んこつ、いっちょん心配しとんよ。たまには、電話くらいしてやらにゃいけんよ。姉ちゃんは来月嫁に行くけん。姉ちゃん、お前んこつが心配でならんたい。今度、出て来たら絶対にクスリなんかに手を出したらいけんよ。もし、そげな事ばしたら、姉ちゃんはアンタに代わって死ぬけんね。皆は博んこつ親不孝もんち言うちょるが、姉ちゃんだけはアンタの見方よ。牢屋に入っても、姉ちゃんや父ちゃんに手紙ば書くんよ。姉ちゃんいつでも会いに行ってやるけんね。父ちゃんは、あげなカラダに成ってしもうたけど、アタマだけはしっかりしとる。二度と父ちゃんに心配掛けるような事をしたらいかんよ。この手紙ば読んだら必ず姉ちゃんに電話くれるように。身体に充分気をつけて、風邪をひかないようにね。じゃ、良子』
石田がため息を吐いて、
「あ~あ、やっと読めた。どこの言葉っスかコレは?」
私は目に涙を溜めながら、
「博多弁たい」
石田は私を見て、
「オーナー、泣いてんスか」
「いや、思い出してな・・・」
石田が、
「何を? でもこの手紙、随分、『ン』て言葉が入ってますね。何スか、このクスリっちゅうのは?」
私は、
「クスリ? あ、それは・・・」
すると石田は最後の一枚の便箋を開いた。
「アレ? ここにも何か書いてある。読みま~す!『追伸 郵便局の口座に十二日付けで、五万円を入れました。大切に使いなさい』。何だ、これだけ? 以上ッ!」
私は俯いて一言も喋れない。
静子は涙を拭きながら、
「イッちゃんて読むのが上手ね」
私はあの時の事を思い出しコブシを握りしめ、
「ヒロシもバカなヤツだ。もう少し早くこの店で会えていたら、僕がアイツの人生を変えてやったのに」
石田は二人の感激度に、
「そ~すか? アタシってそんなに読むのがウマイっスか? で、このクスリって?」
静子は急いで取り繕って、
「あッ!クスリね。 それは有賀くん、風邪薬飲み過ぎて肝臓を壊したの」
石田は驚いて、
「ええ! それで突然店に来なくなったんスか? 林から聞いたんスけど、有賀さん女にフラレて蒸発したって言ってましたよ。それが何で牢屋なんスか?」
私は石田から便箋を取り上げ、
「あ~あ、ここの行ね。これは・・・前後の文章から察するに、牢屋じゃなくって病院だな。多分、間違えたんだろう」
石田は怪訝な顔で、
「タブン? そ~すか。しかしヤバイくないっスか? このマチガエ」
静子が、
「ヤバいわよ。イッちゃんも飲み過ぎには気を付けてね」
「え?・・・ハイ」
静子は私を見て、
「その手紙どうしましょう」
「どうしましょうって言っても・・・、アイツは入ちゃってるしなあ」
石田は驚いて、
「ハイってる?」
合点の行かない顔で二人を見る石田。
つづく
*ヒロポン(メタンフェタミン)昔の「覚せい剤」である。




