炊き出しに並んだ男
私は今日も事務所で静子に気合を入れられた。
「アンタがしっかりしないから、この店もだらしなくなっちゃうんの! 分かるでしょ、まったく」
静子は私にアタり散らしている。
「分かってるよ・・・」
「ッたく。腹が立つわね」
と静子。
静子は怒りながら事務所を出て行く。
一人になった私は、
「あ~あ、嫌だ嫌だ。こんな店、ホントウにイヤだ」
私は独り言を言いながら今日もストコンで商品を発注しているのである。
するとまた疲労と心労で睡魔が襲って来る。
暫くすると静子が、発注台帳を取りに事務所に戻って来る。
私がうとうとしていると、
「あッ! また寝てる。あんた! アンタッ!」
「うん? あッ、つい考え事をしてしまった。ごめん、ゴメン」
「なに言ってんの。この前みたいな発注ミスはしないでよ」
「この前?」
「オ・ニ・ギ・リッ!」
「オニギリ? ああ、鮭の。あれはビックリしたな。鮭が七、昆布六って入力したつもりが、鮭七六って打ち込んじゃったヤツ。あんな事も有るんだねえ。ハハハ」
「笑ってる場合ですか」
「スイマセン! しかし、あんなにオニギリが来るなんて。オニギリに追いかけられてる夢まで見たぞ」
「アンタは本当に極楽トンボね。あの後、アタシがどれだけ苦労した事か」
「いや~、僕はシーさんが居なくてはダメだな」
「なに言ってんの! しっかり個数確認してよ」
私は静子のその一言で理性のバランスが音を立てて崩れて行った。
私が突然、怒鳴ってしまった。
「ウルサイッ! 僕はもう限界だ。ロボットじゃないんだぞ! こんな訳の分からない街で商売なんてやってられるか! ハエだ、万引きだ、ピンボケ老人に、人質強盗。それに先月は『お目見え強盗』。挙句のはてには覚せい剤事件。この次はいったい何が起こるんだ! 自分の時間も作れない、ゆっくり日々の人間観察レポートをまとめていると疲れが先に立って寝てしまう。コレなら懲役でも喰らって受刑者達の観察レポートをまとめていた方がよっぽどマシだった。僕は明日から店には来ないからな。君、一人でやれ!」
静子も思い詰めたものをここぞとばかりに吐きだした。
「? 何言ってんの。アナタは自分がいつも正しいと思ってる。ここに来るお客さん達をよ~く見なさい。皆それなりに精一杯生きてるのよ。その事を研究しにこの仕事にチャレンジしたんじゃないの。そう云う人達が・・・。こんな店だけど、この店を頼りにして楽しみに買い物に来るんじゃない。まあ、黙って持って行く人も居るけど。でも、アンタだって少しは頼りにされているのよ。バイトの子達だって、ああ見えてもアナタの事が好きで、アナタを信じて付いて来てるんじゃない。情け無い、ッたく!」
静子はこらえていた涙が目から溢れ出て来る。
「うるさいッ! 僕はこの店に居ると気が変になる。僕は新しい道を行く」
「そう。行ってらっしゃい」
「? 良いんだね。こんな仕事もオマエも大嫌いだ!」
「じゃ、別れましょう」
「ナヌッ!」
騒がしい事務所をそっと覗きに来る石田。
「あの~・・・」
静子は石田をきつい目で睨んで、
「なにッ!」
「あッ、いや。今、咲子さんの妹が荷物を取りに来てるんス」
「咲子さんの妹? うちは洗濯物の一時預かり所じゃない!って言っときなさいッ!」
静子が怒鳴る。
石田はしおらしく、
「・・・ハイ」
静子は「咲子さんの忘れ物」と書いてあるダンボール箱をロッカーの上から引きずり下ろしながら、
「何でアタシがこんな事しなくっちゃいけないの。どうしてこの店は変な客しか来ないんでしょう。もうッ!」
私は、静子が咲子婆さんの洗濯物をたたんでいる姿を見て、
「ああ、嫌だ。もうダメだ! ちょっと外に出て来る」
私は事務所を飛び出した。
静子はそれを見て、
「公園に行くの?」
「うるさいッ!」
「明日は新商品の展示会ですからね!」
「わかってる。バカーーーッ!」
その声を残して、私は公園に走って行った。
公園では落ちこぼれたあの少年達が集まってサッカーをしている。
少年の一人が私を見て、
「あッ、モモチーだ! バイトー!」
私は、
「うるさい、バカッ!」
吉松のブルーテントの中が賑やかである。
テントの中では私と吉松、それともう一人の仲間?が楽しそうに缶詰めを突き合っている。
私は、
「大将は達は良いよなあ」
「ハハハハ、そう見えるか? でもよ~、見た目はそう見えるが、ここでこう云う生活もこれで大変なんだぞ」
「そ~お?」
「そうだよ。ワシ等は明日なんて無いんだ。今日一日、精一杯生きるだけだ」
吉松はテントの中に作った床の間を指差し、
「アレが、ワシ等の座右の銘だ」
私は吉松のユビを指した方を見る。
良く整理された廃棄物(燃えないゴミ)で作った床の間?である。
そこにはこのテント小屋には不似合いな「掛け軸(拾い物)」が掛っている。
掛け軸には墨で『一球入魂』と書いてある。
私はソレを見て、
「・・・ほ~う・・・一球入魂か~・・・」
と感心する。
吉松が、
「あれは今年の正月、皆で相談して気合入れて書いたんだ。なあ、中井くん」
すると、段ボールに寄り掛かって片膝を立てて座っていた男(新入居者)が、
「です~」
よく店に納豆とシラスを買いに来る男である。
男は名前を『中井』と云うらしい。
中井は「栃木訛り」である。
私は中井を見て、
「書初めですか」
「デス!」
吉松が中井の肩を叩き、
「あッ、そうだ! 今度、この中井くんが念願叶って待望のサラリーマンに成るんだよ。アンタも祝ってやってくれないか」
私は驚いて、
「え~えッ! 就職が決まったんですか? そりゃあメデタイ。で、中井くんも例の『派遣切り』の残党かな?」
「ハケンギリ? あ~。まあ、デス」
「どんな仕事やってたんですか?」
中井は言いずらそうに、
「派遣です」
「だから、どんな仕事を?」
「え? あの~・・・築地で・・・、魚屋です」
「サカナ屋? 魚屋の派遣ですか」
中井は俯いてしまう。
吉松が、
「もう聞かんといてやれヤ。なあ、中井くん。中井くんは精一杯やったんだ。ハローワークにだって百八回も通ってやっと、この幸運を勝ち取ったんだ」
吉松は掛け軸の隣の教会から配られたカレンダーを見た。
私もつられてカレンダーを見た。
中井がボソッと一言。
「母ちゃんが病気なもんで・・・薬代がどうしても・・・」
私は驚いて、
「ビョウキッ!・・・そうですかあ~・・・」
私は中井をジッと見詰める。
壁のカレンダーに目をやると、「ハロ」・「面」・「×」 、「ハロ」・「面」・「×」、「ハロ」・「面」・「×」・・・。
と無数に書いてある。
吉松が、
「見ろあれ。百八回だぞ。除夜の鐘じゃあるまいし、なあ。思い出すなあ、君と最初に出合ったあの時の事・・・」
中井は思わず目に涙。
吉松が、
「アレはこの公園だったな。そこの教会主催の第三百回目の炊き出しパーティーの時だった」
「・・・デス~」
「君は確か一番最後に並ん居たんだ」
「デス、デス~」
「そして、あの日は君の所まで炊き出しが回らなかったんだ」
「あ~あ。デス!」
「ワシはそれを見て、あんまり可哀想なんでこのハウスに呼んだんだ。ナッ」
中井は黙ってしまう。
吉松は話しを続ける。
「で、サバの缶詰めと焼酎、メシをご馳走した。・・・だっけ?」
中井は俯きながら目に涙して、
「ありがとうございます」
吉松が、
「いろんな事が遭ったなあ」
「はい。デス・・・」
「それが、来週から花のサラリーマンだ。七倍だぞ! 七倍もの難関を突破する強運が中井くんにはまだ残されていたんだ。あん時は君の前で炊き出しが切れてしまった。が、神父の言う『神は見捨て給う』だ! 姿、形じゃないって言ってんだ。希望を持つッ! なあ、中井ッ!」
と吉松が中井の肩をまた力強く叩いた。
中井は急に元気を取り戻し、
「デス。・・・デスッ!」
吉松は酔っている。
吉松は私に焼酎の熱燗を進める。
「飲めッ! 社長」
「ハッ?」
「今日はアンタとゆっくり語りたい」
と吉松は紙コップを突き出す。
私は言いづらそうに、
「いや、今日は。この後、夜勤なんですよ」
「夜勤? キミはあんなプー太郎相手の恐ろしい仕事をまだ続けて行くつもりかッ!」
「いや、まあ、それは・・・。で、そうですか。それはそれはメデタイ」
私は中井を見て、
「で、今度はどんな仕事を?」
中井はハニカミながら、
「清掃業務です」
私は驚いて、
「清掃業務?」
「はい。浅草寺の草取りと参道のゴミ収集です」
「草取りとゴミ収集ッ!」
私は驚き、缶詰めの鮭を喉に詰まらせる。
「ゴホ! えッ、え~え? 」
私は五年前のあの『壮年の蹉跌』時代の団地の清掃業務の事が急に頭を過ぎる。
すると吉松が突然、私を見詰めて、
「ところでヨ、アンタん所の店のある場所にホテルが建つって云うのは本当かい」
私はその一言に驚き、
「ホテル?」
「なんだ、聞いてないのか。町内の人は皆知っているぞ。隣りの米屋も立ち退きだってよ」
「えッ!」
つづく
*お目見え強盗(警察用語)
内側から職員、社員、アルバイトに成りすまし職場に入り込み金庫やレジ、ロッカー等から金品を盗み取って行く詐欺強盗」。
亀戸店や港区のコンビニ、その他のコンビニから合計八百万もの金を盗んで「高輪署より指名手配」された男が『この店』で逮捕された。
私は高輪警察署から表彰状をお渡したいと連絡が入るが、店が忙しく出席出来ず。
やむを得ず、高輪署の捜査課長がこの店まで「表彰状」を持参。
私は片手で受け取って、カウンターの隅に置き忘れていた。
二ヶ月後、林が「客の忘れ物です」と言って私にこの表彰状を渡してくれた。




