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手品師だった男

 人間、あんまり忙しいのもナンである。

二十四時間、三百六十五日休み無し。

事務所で私はストコンキーを叩く指を止め、深いため息を吐いた。


 「あ~あ。・・・コレじゃあ懲役チョウエキの方がマシだなあ~」


 それはある日の昼下がりの事だった。

石田は新しく搬入された漫画雑誌を棚に埋めている。

私は新しい週刊誌を立ち読みしていた。

静子がレジカウンターを拭いて居ると、そこにいつもきまってこの時間に店にやって来る、身なりの整った『白髪の老紳士』がやって来る。

静子が、


 「いらっしゃいませー」


老紳士はいつものように大き目の紙袋を手に持ち、奥のチルドコナーに向かう。

静子は以前からこの老紳士が気に成っていた。


 「イッちゃん! ちょっと」

 「ハ~イ」

 「悪いけど、レジ見てて」


石田がレジに来る。


 「どうかしたんスか」

 「え? ちょっと・・・」


静子はバックルームに入って行った。


 静子はバックルームのマジックミラーに貼り付き、老紳士を観ている。

老紳士はあの紙袋を床に置いて、いつも買って行く「漬物」を右手に取る。

そしていつもの様にもう一つを左手に。

・・・暫らく見比べて一つを元の場所に戻す。

老紳士は漬物を一つ持ってカウンターに向かう。

静子は勘違いかと思いつつも、売り場に出てもう一度その老紳士が戻した漬物を見る。


 「あら?・・・無い」


確かに今、冷蔵ケースの棚に戻したあの漬物が無い。


 「・・・あッ! あの袋」。


静子は急いで店の入り口に先回りをした。

何気ない素振り(ソブリ)で雑誌を整理している静子。

それとは知らず老紳士はレジを済ませ、そそくさと店を出て行く。

すかさず静子は老紳士を追いかけた。

そして、


 「お客さ~ん!」


と、声を掛ける

老紳士は驚いてその場に立ち尽くす。

静子が追いついて、


 「お客さん、今、お買い求めになった商品」


老紳士は表情を変えず、


 「え? あ~あ、この漬け物ですか?」

 「そうです」


老紳士はニッコリと笑い、


 「ここの刻み昆布の入った白菜の漬け物は実に美味しい。だからこの店の前を通るたびにツイ、買っちゃうんです。ハハハ・・・」


静子は丁寧に、


 「有難う御座います。でも、もう一つ同じモノがその袋に入っていませんか?」


老紳士の顔が一瞬、蒼ざめる。


 「え?」


静子の厳しい言葉が、


 「ちょっとすいません。袋の中を改めさせて頂きます」


老紳士は悪びれず、


 「あらまあ。どうぞ、どうぞ」


すると、袋の一番上からパック入りの『漬物』が顔を出す。

静子は、


 「この漬物は?」

 「あ~あ、それは今買った物です」

 「その下の、この漬け物は?」


静子はもう一個の漬け物を取り出す。


 「それは違う店で購入しました。何か?」

 「いえ、ちょっと気に成ったものですから」


老紳士が突然、怒り始める。


 「アナタ、変な言い掛かりを付けないで下さい。訴えますよ!」


静子は冷静に、


 「いや、それは別に良いんですけど。確か~、うちの商品は~、容器の後ろにマジックで~・・・シルシが~・・・付けて有るんです・・・」


静子が二番目に取り出した漬け物パックの裏側を老紳士に見せる。


 「アラ~ア? コレ! これ付いてますよ。ほら・・・」


静子は老紳士に漬け物パックを見せる。

老紳士は何も言えなくなり、倒れ込むように傍の電柱に身体を崩す。

静子は焦って、


「あッ、どうしました? しっかりして下さい! 石田さん、石田さ~んッ! オーナーを呼んで~」


叫ぶ静子。

店の前にたむろする路上生活者達が、静子を見ている。

すると石田が店から飛び出して来て、二人を見る。


 「あ、ヤッベ~!」


静子は石田に、


 「早くオーナーを呼んでッ!」

 「はいッ!」


私は石田に呼ばれ、眠い目を擦りながら売り場に出て来た。


 「なに~、疲れてるのに~」

 「年寄りが表で倒れました」

 「倒れた?」


私は表に出て電柱の傍にうずくまる老人を見た。


 「あ、どうした! お爺さん! しっかりしろッ! オイッ!」


私は急いで駆け寄った。

石田も後に続く。


「とにかく事務所へ。石田さん、救急車!」

 「はいッ!」


 事務所で老紳士が椅子に座って俯いている。

静子と私が老紳士を見詰めている。

静子が、


 「お爺さん、何であんな事したの? アナタ、今回だけじゃないでしょう」


老紳士は黙って、床の一点を見詰めている。

静子はあの万引き少年の時の職務尋問の様に、


 「お爺さん、名前は?」


老紳士は観念したかのように急に姿勢を正して、


 「はい! 藤田平八郎、八五歳、独身です」


静子は呆れた顔で、


 「独身はいいんですけど。・・・八五歳にしてはお若いですね。何か身分を証明出来る物はお持ちですか?」


藤田は改まって、


 「はいッ! 有りません。・・・あッ、有りました!」

 「? どっちですか」

 「有ります。年金手帳が」

 「年金手帳? ああ、確かに証明は出来ますね」


藤田は突然、静子の手を握って、


 「すいません。もうヤメますから許して下さい」

 「ヤメル?」


私は、


 「八五歳にも成って万引きですか・・・困ったものだ」


そう言い残し、私はひとまず売り場に戻って行った。


藤田は俯きながら、


 「面目ない。ワタシは病気なんです」


静子が、


 「ビョウキ? どこか悪いんですか?」

 「すぐ手が出ちゃうんです。この手、この手が! 本~当に、悪いんです」


藤田が自分の手の甲を叩きながら咽び泣く。

泣きながら「奇妙な事」を話し始める。


 「・・・アタシ、むかし浅草演芸場で手品師をやってまして・・・」


静子が机上のノートに書き取って行く。


 「・・・で、それと手は関係あるんですか?」


藤田は涙を浮かべながら突然、手の甲を翻し手の平から千円札を出す。

静子は驚いて、


 「えッ! どこから出したんですか? そのお金」


すると握った手の中からもう一枚出て来る。

静子は真剣に手を見ている。


私は売り場から戻って来た。


藤田の手のひらの千円札を見ている静子を見て、


 「どおしたの?」


すると藤田は私に、


 「ハイ、店長サンにも」


握った手から千円札が出て来る。

私はそれを見て、


 「何ですか? それ」


静子が、


 「何だかこの方、むかし浅草演舞場で『手品師』をやってたそうなの。手がひとりでに動いちゃうんですて」


私は、


 「それと万引きと関係あるの?」

 「だからこの手が悪いんですって」

 「そんなの理由にならないだろう」


藤田は天井を見て、また涙を流し始める。


 「ああ、私はもうダメだ・・・。あの世で妻に顔向け出来ない。本当にダメな男なんです。死ンだ方がましだ」


そう言いながら、また思い切り手の甲を叩き始める。

すると手のひらから数枚千円札が床に落ちて来る。

私はそれを見て、


 「不思議ですねえ・・・どうなってるンだろう。・・・でもそこまで自分を責めなくても良いンじゃないですか?」


藤田が、


 「いや、許される事では有りません。どこへでも突き出して下さい。如何なる仕打ち、罰も受ける覚悟です」


 暫らくして店の前に救急車が静かに停まる。

路上生活者達が興味深そうに観ている。


後部のドアーが開き、中からストレッチャーを引き出す救急隊員。

ストレッチャーが店の中へ。

後からもう一人の救急隊員が、黒いハードケースを持って店に入る。

店の周りに野次馬(路上生活者)が集まって来る。

救急隊員はカウンターの石田を見て、


 「奥ですか?」


石田がニコっと笑い、


 「そうっス」

 「じゃ失礼します」


と救急隊員達が事務所に入って行く。

売り場にはストレッチャーが置いてある。


 救急隊員が事務所に入ると静かな室内に一瞬戸惑い、


 「あれ? こちらで良いんですよね」


私は、


 「あ、すいません。忙しいところ」

 「で、救急の方は?」


静子が藤田を指さし、


 「この方なんですけど・・・」


私は藤田の顔を見て、


 「元気に成ったみたいですね」


隊員が安心した様に、


 「あ、そうですか」


隊員の一人が藤田の傍に膝まずいて、血圧計を取り出す。


 「念のため、血圧を測りましょう。ジャッ、腕をまくって下さい」


藤田は腕をまくり血圧を測ってもらう。

隊員は藤田を観て、


 「大丈夫ですか? 頭が痛いとか吐き気がするとか?」


藤田は何も喋らない。

隊員は静子に、


 「で、どういう状況でした?」

 「それが、あまりの動揺で目眩メマイがしたらしいんです」

 「ドウヨウ?」


静子は藤田を見て、


 「・・・万引きがバレテしまって」


隊員が驚いて、


 「えッ!」


藤田は突然、隊員にすがり付き、


 「いや、私は病気です。とても悪い病気なんです。連れて行って下さい」


隊員達は呆れた顔で、


 「お客さん、困るんですよ。最近こういうケースが多くて。歩けるんでしょう?」


藤田はまたメソメソと泣き出して、


 「歩けます。大丈夫です。あ~あ、また大勢の人に大変な迷惑を掛けてしまった。私はもうダメです。すいません。本当に、すいません」


うなだれる藤田。

隊員がテーブルの上に書類を広げる。

そして藤田と静子、私を見て、


 「あの~、一応現場に来たと云う事で、この店の住所と責任者の名前、それと立会人。立会人はオタク(静子)ですか? 」

 「あ、はい」

 「じゃ、ここにアナタの名前を書いてくれますか」


すると藤田が、


 「ハイッ! 分かりました。藤田平八郎、八五歳! 独身です」


隊員が、


 「いや、フジタさん。ち、ちょっと待って下さい。立会人の方が先。アナタの名前と住所はここ! 一番下に書いてください」


藤田が、


 「あッ、すいません。本当に迷惑ばっかりかけて」


隊員が、


 「それと、こちらに立会人の住所と電話番号も」

 「あ、はい。ここですね」


書類に名前を書き始める静子。

隊員の一人が、


 「フジタさん、もうお歳なんですからあまり無理しない方が良いですよ」


藤田は急に椅子から立ち上がり、


 「すいません。本当に面目ない」


隊員が、


 「じゃ、ここに名前住所電話番号、生年月日を書いて」


藤田は素晴らしく綺麗な字で見聞書に記名して行く。

隊員が書類をケースに入れて、


 「ジャ、これで失礼します」


私と静子が椅子を立って、


 「お騒がせして本当に申し訳ありません」


私は恐縮しながら隊員達に、缶コーヒーを入れたコンビニ袋を渡す。

隊員が恐縮して、


 「あ、すいません。店長サンも大変ですねえ」


私は救急隊員と一緒に事務所を出て行く。

私の『嘆きの声』が通路に響く。


 「まったくやんなっちゃいますよ。あんなのバッカッ!」


 静かになった事務所内に藤田と静子が残る。

すると藤田がまた突然、大泣きを始める。


 「ワー、私はどうしたら良いんだ」


静子は困り果て、


 「分かりました。じゃ、この紙に『もう万引きはやりません』と書いて下さい。それから住所と氏名、年齢も一緒に書いて下さい。そこに貼っときますから」


藤田が静子の指差した壁を見る。

壁には数枚の万引き加害者の名前と反省文の書かれた紙が貼ってある。

藤田は驚いて、


 「えッ!こんなに私と同じ病気の方が?」


静子が、


 「困ったもんですよ」


すると藤田は、背広の内ポケットから大きな『ワニ革の財布』を取り出し、おもむろに五千円札を一枚取り出す。


 「あの~・・・、少ないですけどコレで」


静子が驚いて、


 「何ですか?これは」

 「いや、これはほんの罪滅ぼしです」

 「ツミホロボシ? あのフジタさん。私、お爺さんを見ているとオカシイと思うんです」

 「何かお気に障りましたか?」

 「何で二百六十円の物を盗って五千円も出すんですか? お金はお持ちじゃないですか。何で万引きなんてするんですか?」

 「だから、手が・・・。ほんの気持ちですから取っといて下さいな」

 「キモチ?・・・はっきり言って気持ち悪いです。帰って下さい! で、うちの店には出来るだけ来ないで下さい」


 私は事務所に戻って来た。

藤田を見て、


 「どうしました?」


藤田が私を見て、


 「いや~、ご主人! 大変、タイヘン、お騒がせしました。このと~り、このト~リです」


藤田は私に深々と頭を下げ、五千円札を両手で高く献上する。

私は、


 「何ですか? これは」

 「罪滅ぼしです。これは『本物のお金』ですから」


静子が怒って、


 「フジタさん! いい加減にして下さい。今度は警察を呼びますよ! 帰って下さい」


藤田は突然気合の入った旧軍隊式敬礼をして、


 「はい! 失礼しました。藤田平八郎、帰ります!」


私は藤田を見て優しく微笑み、


 「藤田さん。・・・また来なさいよ」


藤田は目を丸くして、


 「えッ? 良いんですか?」


私は、


 「・・・昆布入りの白菜の漬け物が好きなんでしょう。二つ買って行きなさい」


藤田はまた、大粒の涙を流し私に握手を求めて来た。

私は小指を突き出す。

藤田はそれを見て、


 「? 何ですか? それは」

 「手品です」

 「テジナ? ご主人も手品が好きで?」

 「違いますよ。指切りです!」

 「あ~あ、・・・分りました。約束します! この店では絶対に病気にはなりません! 針、千本でも万本でも飲みます」


藤田は私ときつく指切りをする。


 「フジタさん。長生きしなさい」

 「はい! 頑張ります。すいませんでした」

 「また見せて下さいな」

 「ハイッ!」


藤田は元気良く帰って行く。

                          つづく

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